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第023話、神々の盤上:後編【エピローグ】


【SIDE:アントニウス狂王】


 表の宴会場の裏。

 王だった者は路地裏を歩く。

 目つきの悪い顔に覇気はなく、こけた頬はいっそ、敗残兵のようにさえ見える。


 魔術による花火すらも空を彩る中。

 やり直し、新しい街へとなろうとしている前向きな民たちを横目に。

 アントニウス狂王は歓喜に揺れる民を見て、とある男を探していた。

 その名はダイン。

 そう、男は息子を探していたのだ。


「蘇った者がいるのだ、我が子も、我が子もかならず、どこかに……」


 いる筈だと、声が漏れる。

 その虚ろな顔を尖らせ、街を徘徊する。

 その姿にもはや王者の貫禄はない。


「ダイン……、ああダイン。余の唯一愛した女が遺した、愛しき子よ」


 男の中でその愛情は本物だったのだろう。

 だからこそ、質が悪かった。

 狂王は思う。


 息子ダインは路地裏が好きだった。

 それは、気に入った女や殺したい男がいれば、その場で連れ去ることが容易いから。

 悪い子だと思った。

 けれど、娼婦の子だからと正式に子として認められず、それがあの子を狂わせた。


 だから、それは親のせい。

 震える口が、狂乱した瞳と連動して小刻みに揺れる。


「ダインよ、お前は悪くない。悪くないのだよ」


 男は路地裏の果て。

 やがて、複数の猫と出逢った。

 ヴェルザの街の新しき住人である。


 この街に棲みついた猫が皆、回復の力を持っていることは既に知れ渡っている。

 だから王は言った。


「王命である! 我が子を、ダインを蘇らせよ! 早く、余は王ぞ! アントニウス英雄王ぞ!」


 唾が散るほどの怒声だった。

 けれどネコは知らん顔。

 それでもネコは好奇心の強い生き物。

 噂好きの猫もいたのだろう。


 路地裏猫会議を繰り広げる一匹が、王に顔を向けていた。

 長い髯を揺らし、路地裏の闇の中からネコが言う。


『おまえの息子、ダインは蘇らないよ』

「なにゆえ!?」

『だって、死んでいないなら、蘇りようがないからさ』

「死んでいない!? ならば、あの胴体は!」


 不敵に微笑むネコが言う。


『”アレ”はイエスタデイ様の怒りを買ったからさ――首だけはちゃんと生きてるよ? ただし、おまえの息子の胴体アレは生き続ける死体みたいなもの。今頃、ダンジョン内で徘徊してるんじゃないかな。経験値がいっぱいつまった、冒険者殺しダインの動く胴体。冒険者からも、魔物からも経験値稼ぎに狙われる、一種のボーナスエンカウント。ずっと逃げ続けてるらしいよ、胴体だけが。自分がしてきたことをされているだけ、仕方ないよね?』

「な……っ、そのような……」

『安心しなよ、生首が生きている限り、胴体は何度もダンジョンで蘇る。きっと、初級冒険者が最初のレベルアップに利用する、便利な魔物に認定されるんじゃないかな? これで序盤は安全にレベル上げができるんだ、これは彼の贖罪。悪い事をしたのなら、その分いい事をしないとね』


 ぶにゃははははははははは!

 路地裏会議で集まる猫が、一斉に嗤いだす。

 息子の状況を察したのだろう。

 膝から崩れ落ちた王が、路地裏のタイルを叩き。


「くそうっ、くそ! なぜだ! なぜ、余は、息子を愛していた、ただそれだけだったはずなのに!」


 叫びに、白けた顔をしネコが言う。


『知らないよ。ネコ相手に何を言ってるのかな?』

『そもそも』

『対価もなしに僕らに話しかけようなんて、頭が高いよね?』

『頭、が高い♪ あ、それ♪ 頭、が高い♪』


 パチパチパチと肉球で音頭をとって、はしゃいでいる。

 ネコ達が残酷に嗤ったのだ。

 それもそのはずだ。

 ネコは既にこの街の住人。人間達から、ダインと王の話を聞いていた。


 たとえば王の息子に内臓を抉られ死んだ者もいた。死にゆく体すら辱められ、嬲られた者もいた。

 妻を殺された者がいた。息子を殺された者がいた。

 殺された者がいた。殺された者がいた。


 魔猫はそんな彼らの心の傷を癒す、ヒーラーとしての役目も果たしている。


 だから傷つき心までも汚染された彼らに寄り添って、存分にそのモフ身をスリスリさせ――傷ついた心を治し続ける。

 ネコは新しい家族となった人間たちから、愚かな親子の話を聞き、酷いと思ったのだ。


 だから同時にこうも思った。

 狂王は要らないな、僕らには要らないな。

 と。

 遊んでいい獲物、追いこんでいい獲物。そんな存在に、ネコはかなり強気になる。

 それがネコの、可愛いだけではない、狩猟者としての一面。


 連日連夜の宴会場の猫が、人間達とモフモフな関係を築く中。

 路地裏の猫が言う。


『ああ、そうだ。生きている生首はイエスタデイ様がアイテムとして所持しているらしいよ。頭を地面につけて、土下座しお願いしてみたらどうかな? 返してくださいって。たぶん、無理だろうけどね』


 ぶにゃははははとネコが嗤う。

 その声が止まったことに気付かず。

 汚れた路地裏の地面を、王の指が掻く。

 地表を、血と涙で掻きむしる勢いで、王が言う。


「頼む、息子を……っ、あの子を余から奪わんでくれっ」

『そう言って、泣いた者がどれだけいるか――汝は知っていた筈だ』


 朗々たる声がした。

 狂王は、びくりと背を揺らし頭を上げる。


 いつのまにか整列していたのは、ネコの群れ。

 騎士団よりも正しく主君を敬う形で敬礼する魔猫の道。

 その中央に、ソレはいた。


 息子を殺した。

 ラグドール。

 魔猫イエスタデイ=ワンス=モア。


「貴様か……っ、貴様が余の息子を!」

『いかにも――』


 ネコの口が、神々しい言葉を告げる。


『汝ら人間エリア全ての魂を駒とし、盤上で戯れ生きる汝らを眺め、時に汝らの競い合いを賭けとし、時に不快ならば駒から脱落させる。汝ら盤上の駒の流れを、悠久なる時の慰めとする獣神。汝らが四星獣と呼びし一柱。過去を司りし故、四星の長たる始まりの魔猫』


 魔猫達を騎士と見立てた列の奥。

 悠然とソレは名乗りを上げた。


『我が名はイエスタデイ。イエスタデイ=ワンス=モア。控えよ、人類。神の御前みまえであるぞ』


 アントニウス狂王は、ぐぎぎぎっと歯を食いしばった。

 これが息子を殺した。

 いや、殺す以上の目に遭わせている。


 それでも。


「頼む、どうか、どうか――ダインを返してくれ。この通り、この通りだっ」


 地に頭をこすりつける王を見て、魔猫の瞳が細く締まっていく。


『ほう、たとえ恨みある相手だとしても、憎悪で心が煮えたぎっていても――息子への救済を求める心が勝るか。その心だけは認めてやろう』

「では!」

『逸るな。これを見るがよい』


 肉球の先から浮かべたのは、数字と共に、マイナス方向に振られた長い長いゲージ。

 鑑定を使用した際、体力をゲージとして示す技術と似ている。

 王は思ったのだろう。


「これは、いったい……何の数字であるか」

『これこそが人間の業。カルマと呼ばれし罪を数値化したモノよ』


 そのゲージの持ち主の名は。

 ダイン。


『冒険者殺しダインの数値は極大のマイナス、内訳は説明するまでもあるまい? 語らば夜が明けてしまうほどに膨大である』

「これが、これがなんだというのだ!」

『汝の願い聞いてやらんでもない。ただし――これをせめてゼロにしてみせよ』


 魔猫の騎士たちを控えさせ。

 四星獣が一柱は淡々と語る。


『この数字、ひとつひとつが汝の息子に殺された人の――絶望なのだ。失ったもの、亡くなったもの。心や財産、地位や名声。死んだことにより、そしてその死すら握りつぶされ絶望した家族もいるだろう。家族ではないとしても、殺された魂の中に愛する者がいたやもしれぬ。それらすべてが、貴様の息子によって奪われた幸福である』


 故にこそ、と神は地に伏す狂王に命ずる。


『補填してみせよ。その者らを幸せにしてみせよ。許されてみせよ、せめてこのマイナスがゼロになるほどに。貴様が息子に代わり善行を積んでみせよ。さすれば、この永遠に生き苦しみ続ける冒険者、悪人ダインの魂、汝にくれてやるわ』


 マイナスの数字は、計り知れない。

 たとえ一生を掛けたとしても――。


「そのようなこと、無理に決まっておろう!」

『いかにも――』


 ネコはやがて巨大な雷雲のように膨れ上がっていく。

 本来の姿、ダンジョン塔よりも遥か天より盤上を眺める、神としての姿を取り戻したのだろう。

 外道を見下ろし、神が言う。


『人の生涯、全てを賭したとしても償えぬ罪を汝と汝の息子が起こした。王の身でありながら、民を守る立場でありながら。汝は法を犯した。民を裏切り続けた。もはや取り返しがつかぬ、そういう事であろう』

「違う条件にせよ。余は王であるぞ! 英雄王、この地を三度も救った――っ」

『もうよい――』


 神のケモノが。

 宣告する。


『我ら四柱全てが承諾した。我らが盤上に、汝のような駒は要らぬ』

「ま、待ってくれ、余は――」

『せめて最後に人の役となれ。盲愛せし息子と共に、永遠に――さまよい続けるがいい』


 神の瞳が、狂王を睨みつけた。

 王の瞳に、落ちぶれた自身の姿が見える。

 それは巨大なネコの瞳に反射する、自分自身。


 心まで醜い男の顔だった。


 そこで。

 王の意識は途絶えた。

 永遠に――。





 ▽▽▽






 ▽▽






 ▽







 ヴェルザの街にようこそ!

 ここはギルド、”ネコのあくび亭”。

 冒険者登録ですか、ご依頼ですか?

 はい、冒険者登録ですね!

 ヴェルザの街のダンジョン塔では、最初にじっくりとしたレベル上げを推奨しております。

 ええ、はい。

 一階から五階の初心者エリアに、ボーナスエンカウントがあるんです。

 いつのまにか発生した、人型の魔物がいるんですが――ええ、そうなんですよ!

 経験値がいっぱいなのに、無限に湧き続けて、しかも! 聞いてくださいよ、初心者さん! なぜか全能力が一のまま上限になっているようで。

 はい、はい!

 ダンジョン塔の攻略は死と隣り合わせですから、しっかりレベル上げしてくださいね。

 相手は二体の魔物なんですけど、なんだかこの街の救世主みたいで。

 とても役に立ってくれているんです!

 あの魔物のおかげで、うちは死者が少ないんですよ~!

 なぜか新しい王様になった幼女大司祭様は、複雑そうな顔をなさるのですが。

 あ、あと、街の猫は絶対に襲っちゃダメですよ?

 厳禁です、マジでガチで永久追放されるんで、そこだけはお気を付けを。


 はい、はい!

 それでは登録お疲れさまでした!

 あなたが良き冒険者となることを願っております!




 【終】



『お知らせ』

▽ヴェルザの街:冒険者殺し編は以上となります。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


※明日から次章更新開始予定となっております。

※更新時間はおそらく13:20~20:00、基本一日一回の更新となります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ面白かったです! イエスタディの呪文が可愛すぎておかしくて、これはそのまま作者様の愛らしさになるのかなと思って作者様にも好感を笑笑 第二章行ってきます
[良い点] 元狂王が息子と多分ずっと一緒に居られる様になったこと イエスタデイは優しいね? [一言] 新作あって嬉しいです! 別の猫ちゃんの物語が見れてこれからの楽しみが増えました イエスタデイやや、…
[一言] 悲しいなあ、救済のワンチャンがあったのにふいにして マギちゃんをさらに悲しませることになって。 王様土下座できたんだからもっとがんばってよ~ イエスタにゃんは結構シビア? 悪党でもほとんど…
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