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第022話、神々の盤上:前編【ヴェルザの街】


 【SIDE:ヴェルザの街】


 儀式は順調だった。

 酒とグルメが追加され――。

 感謝を述べる街の人々が、それぞれ魔猫イエスタデイに頭を下げ、貢ぎ物を献上するという誓いの儀式。


 多くの人間が礼拝にやってきて、ふわふわ毛布も山と積まれていく。

 肉球でもみもみ。

 頬で毛布の感触を確かめ、ニヒィ! とご満悦なる神。

 だが――。

 飽きやすいのもネコのサガ。途中で魔猫イエスタデイも飽きてきて。

 毛布を抱えこんで横になり、くわぁぁぁっと大あくび。

 肉球を舐め始め。

 もう感謝はこれくらいでいいから、汝らも飲め飲め! と無礼講。


 街は本当の意味での大宴会となっていたのである。


 魔猫達がどの人間の家に寄生しようか、ギラーンっと目を輝かせる中。

 護衛対象であり、同行していた魔女姫キジジ=ジキキが魔猫イエスタデイに言う。


「お疲れさまでした、見事なお手前で――わたし、蘇生魔術なんて生まれて初めて見ましたわ」

『にゃーっはっはっは! そうであろう、そうであろう。存分に褒めると良かろうて!』


 笑う魔猫に手を振る少女は、先ほど蘇生された子ども。

 魔猫イエスタデイは陽気に手を振り返していた。


「それで――イエスタデイ様。いったい、このネコたちは……もふもふで可愛いという事だけは分かるのですが、いつのまに……召喚なさったのですか?」

『いや、我の眷属ではあるが召喚も命令もしとらんぞ。おそらくはネコを崇める街になると聞き、塔から降りてきたのだろうて。現金なやつらよの~』

「ダンジョン塔から、ですか?」

『おう、そうであるが。どうしたのだ?』


 肉球で掴んだブドウをむっちゅむっちゅ♪

 皮ごと喰らい蠢かす口を見て。

 更なる博識を求めてキジジ=ジキキの口が動く。


「ネコがダンジョン塔に住んでいるとは、あまり聞いたことがないのですが」

『それもそのはずだ。人類がまだ誰も辿り着いていない場所におるからな』

「辿り着いていない場所……ですか」

『ルール違反になるのでな、これ以上は語れぬ。姫よ、そなたも人類であるのならばダンジョン塔を攻略せよ。むろん、汝自身ではなくても構わぬがな』

「ルール違反……ですか……興味深いですね。ということは、あなたのような神が何か取り決めをし、この世界を見下ろしているということになるのでしょうね」


 答えてくれる気配はない。

 キジジ=ジキキは考え、話題を変えた。


「それで、気のせいではないと思うのですが。ダンジョン塔から次々と追加のネコが、その、山のように降りて来ているようなのですが……これはいったい」

『ぶにゃははははは! なーにを言っておる。そなたはそれを伝えるためにヴェルザの街に来たのであろう?』

「と、おっしゃいますと……」

『超大規模襲撃。もし魔猫がダンジョン塔から降りてきた魔物と分類されるのならば。今この光景こそが――答えではあるまいか?』


 言われてキジジ=ジキキはハッとする。

 既にネコらは人類の膝の上で、うにゃーん♪

 爪を隠しゴロゴロゴロ。


 我を飼え~、家にいれろ~とルルルニャン♪

 人類を利用しようと、甘い声を上げている。


「はじめから、このおつもりだったのですか?」


 魔猫はしばし考え、呑気そうな顔でメロンに生ハムを乗せて、むっちょむっちょ。

 頬張りながら応じていた。


『にょほほほほほ! まあ結果的にはそうなるのやもしれぬな! ここは我の支配地域となった。他の星獣どもも我の旅路を賭け事にしつつ、眺めておるだろうからな! また一つ、盤上が動くだろうて!』

「この世界は……神の如き存在からすれば盤上、ゲームボードの上の遊戯。という事ですか」


 それは。

 この世界を知ろうとするものが辿り着く結論の一つ。

 魔術理論の一種。

 キジジ=ジキキもまた、その仮説にいつのころからか辿り着いていた。


 この世界は、上位存在達によってつくられた丸い箱庭。

 神々が、それぞれの駒で遊ぶための、遊技場。

 一種のゲーム盤なのではないかと。


『否定はせぬ。詫びもせぬ。神とはそういう生き物である。むろん、恩寵も与えるがな――。我らは汝らを見守るのみ。まあ、退屈であるからして。多少の悪戯もする。見守るだけではつまらんからのう。非道でないのなら、ダイスを転がし変化も与えようぞ。今回は、我が友がマギの声に応じ我を動かし――この世界をまた一つ、動かした。新しきへんかを与えたかったのやもしれぬ』

「変化を……ですか」


 それを人間は神々の悪戯あそびと呼んでいた。

 稀に発生する奇跡の連続。あり得ぬ流れで歴史が動く時、そこには神の介入があるとされる。

 そのダイスを振っている者達こそが――。


 しかし、キジジ=ジキキはあえてそれを追及はしなかった。

 してはいけないことだと、そう感じたのかもしれない。


『気をつけよ。神も千差万別。我のように気まぐれで恩寵を与える者もおるが、人を嫌い、滅ぼすべくダイスを投げ続ける者もおる。負の介入を止める権利は我にはない。それもまた、神の悪戯なり。ただ――我は人類が生み出すグルメと毛布を気に入っているからな、駆逐してはつまらぬといつも否定しておるが……っと、酒が入り喋り過ぎたわ。今のは忘れよ』


 神の顔から猫の顔に戻り。

 魔猫イエスタデイが、ぶにゃはははは!


『ま! 我らネコの新たな拠点が欲しいとは思っておったからな! この地は我が頂く! なに、こやつらも癒しの力を行使できる、ヒーラーには困らんようになろうて』


 ぶななぶなんな!

 存外に狡猾に嗤う神は、宴の肉パラダイスに手を伸ばし。

 実においしそうに焼き鳥を喰らっている。


「もし、この街の方々が感謝を忘れず魔猫を崇め続けるのなら。恩恵もあるということですね」

『逆もまた然り。こやつらは強いからな、ダンジョン塔の、人類がまだ見ぬ先の魔物が降りて来ていると同義。後でマギにちゃんと言っておかなければ、不逞ふていやからがでるやもしれぬな』

「あまり考えたくないのですが、もし手を出してしまった場合は……」


 魔猫イエスタデイは直接的には黙して語らず。

 ただし、意味深にパエリアのピーマンだけをフォークで刺し。


『ま、この街全てではなく、その個人に反撃がいくであろうな』

「なるほど、自業自得というわけですか」


 キジジ=ジキキはふと思い出したように言う。


「そういえば、結局イエスタデイ様は剣士イザールさんとお会いになってはいないのですよね?」

『話だけはマギからも受付娘からも聞いたがな。行き違いばかりとなっているようで、間の悪い男のようだ』


 ちょっと待っておれ、と。

 魔猫は、ぬーんと頭のてっぺんにモフ毛を立て魔術通信。


『女盗賊メザイアの話だと、あの後なんとか街の説得に成功。我がこちらに向かったと聞き、うがぁぁぁぁっと叫んだあと、急ぎアポロシスの街からこちらに向かっていたそうである。もう既に到着していてもよさそうだそうだが……――おそらく幸運値が極端に低いのであろう。まだ出会っておらんな』

「たしかに……幸運値は高そうではなかった気もしますが……。えーと、すみません。ならばイエスタデイ様。これをお渡しさせていただいても、構いませんか?」


 取り出したのは空酒の皮袋。

 姫が剣聖から受け取った、マギと面会する時に使うはずだったアイテムである。

 そして、それと一緒にネコ手に渡されたのは別大陸のモノと思われる黄金貨。


『高そうで、ピカピカな金貨であるな!』

「あの方はあなたを探しておいででした。もし、いつか……あなたの旅路の中で、あの方と出逢う事があったら、こちらの皮袋をお返しして頂けると助かるのですが」

『ピカピカは!』

「お願いするわけですから、そちらは献上させていただきます」

『ほう、そうかそうか! 実に、そうか! この金貨は依頼料というわけか。よきよき、黄金のピカピカは我も好むところである!』


 にひぃっと黄金を眺め。

 魔猫イエスタデイはご満悦。

 ゴロゴロゴロと喉を鳴らし、黄金貨を抱いている。


『どうだ! 胸に乗せても似合うであろう!?』

「ふふふ、我が国の秘宝も、神様の手に渡るのならば本望でしょう」


 本来はよほど高価なものなのだろう。

 護衛達の目がぎょっとしているが。

 もう、これは返さぬとニヒヒヒヒ!


 神への貢ぎ物としては成功だったと、魔女も微笑みニッコリ。

 宴は続いた。

 別大陸とはいえ。民たちの幸せを願う、心優しい姫だったのだろう。


 キジジ=ジキキは祈るように、胸の前で手を握っていた。

 この街が平和でありますように。

 と。


 宴の照明が、街の幸せを照らしていた。


 ◇


 路地裏の暗い闇の道。

 男が一人歩いていた。


 彼の名はアントニウス。

 王宮を抜け出した現役の、いや、もはや過去になりつつある王である。


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