第021話、大規模集団・儀式蘇生魔術【ヴェルザの街】
【SIDE:魔猫イエスタデイ】
契約がなされたヴェルザの街。
四星獣教会の根回しで建設されたネコ様神殿に、ネコの祈祷がこだまする。
並ぶご馳走に頷くのは、タヌキのようにところどころが丸い魔猫。
種族名ラグドール。
癒しの神イエスタデイ=ワンス=モア。
ふふーんとドヤ顔をし、ふわふわ毛布のような猫毛をふぁっさ~!
その丸い口が、魔力翻訳音声を発していた。
『それではヴェルザの街の者どもよ! 話は聞いておるな!? 今からそなたたちの疫病を全て治し、疫病で死した者を蘇生させてみせようぞ! ただし! 忘れるでないぞ! これからこのヴェルザの街は神の街。ネコの街として我ら猫魔獣の散歩スポットの一つとなることになろう!』
民衆の視線を受けながら、神の猫は両手を広げ。
肉球を、にぱぁ!
『我を崇めよ! ネコを讃えよ! 汝らがネコを敬う限りは、我らも汝らをきまぐれに助けよう。えーと……なにかイイ感じの事を言いたいが。まあこんなもんでよいか! では、さっそく! 心してみるが良かろうなのだ!』
回復魔術の波動が、天を覆い始める。
おそらく、冒険者や魔力の強い者はその一瞬で察しただろう。
魔力の器、次元が違い過ぎる。
誰かが呟いた。
「本物の、神……」
「本物の、凄腕のヒーラーだ!」
その次の瞬間。
魔猫は踊る。
ふわふわモフモフの身体をみせつけるように、ぶにゃぶにゃ!
『うんにゃら♪ ぶにゃぶにゃ♪ どですけぶんにゃ!』
その数は最初は一匹だった。
しかし、なぜかダンジョン塔の方から無数のネコ達が出現。
ふわふわモフモフ。
皆、魔猫イエスタデイにぺこりとお辞儀をし、玉串を取り出し神と一緒に踊りだす。
遠くからは、綿毛の海そのものが泳ぎ、舞っているように見えたのではないだろうか。
ネコ達による儀式が、街の中をこだまする。
『うんにゃら♪ ぶにゃぶにゃ♪ どですけぶんにゃ!』
『うんにゃら♪ ぶにゃぶにゃ♪ どですけぶんにゃ!』
『うんにゃら♪ ぶにゃぶにゃ♪ どですけぶんにゃ!』
あ、もう一度♪
『うんにゃら♪ ぶにゃぶにゃ♪ どですけぶんにゃ!』
『うんにゃら♪ ぶにゃぶにゃ♪ どですけぶんにゃ!』
『うんにゃら♪ ぶにゃぶにゃ♪ どですけぶんにゃ!』
足を上げるたびに、肉球が輝く。
太ももと尻尾のモフ毛が、ふぁさっと揺れる。
リーダーとなっている魔猫イエスタデイ。
その肉球が天に翳され。
儀式によって集められた魂が、祭壇に集った刹那。
カカカカっと魔猫達が瞳を魔力で染め。
同時に尾を立て、決めポーズ!
癒しの神は、魔術名を解き放った。
『これぞ! 大規模集団・儀式蘇生魔術。”モフりし奇跡のニャザレクション”!』
その時。
奇跡がヴェルザの街を包んだ。
◇
”モフりし奇跡のニャザレクション”。
それは複数のヒーラーによる、儀式魔術。
街単位を対象とした蘇生魔術だったのだろう。
街のいたるところから泣き声がする。
悲しみの声ではない。
歓喜の声だった。
疫病で死した者達が、神殿の祭壇に蘇生されていた。
病で苦しんでいた、この場を見ることもできないほど重病だった者達も、回復していた。
失った娘が蘇り、泣き崩れる母がいる。
その後ろで、涙がこぼれぬように天を見上げる父がいる。
娘はなぜ母が泣いているのか、こんなにも強く抱きしめられているのか分からないのだろう。
お母さん? どうしたの?
と、いつもの口調で問うたからだろう。
母も父も、娘を抱き、ネコ様に助けられたのだよと説明する。
一つの家族の物語。
それが、無数に存在する。
それだけの人々が犠牲になっていたのだろう。
王の不在の間、民を束ねることになった幼女大司祭マギが魔猫イエスタデイに問いかける。
「のう、神よ。なにやら……疫病で死した人数よりも多く蘇っているようなのじゃが、これはいったい」
『我以外のネコも集まってきおったし、そなたの土下座は見事であったからな。その心に応えたサービス、冒険者殺しダイン一行の犠牲になったものを蘇生させておいたのだ。その影響であろう。ま、全員というわけにはいかないがな。把握でき、蘇生可能なものだけは呼んでおいた』
多くの。
本当に多くの人間が蘇っていた。
それほどに、あの男に殺されたものが多かったのだと物語っていた。
かつて死んだ仲間が突然復活して、困った顔で祭壇の前に立っていた。
そんな者もいたのだろう。
冒険者の女がぽろぽろとただ静かに涙を流し、無言のままに仲間に縋りつき。
しばらくしてから、「おかえりなさい」と唇を噛みしめていた。
蘇った男も自分が蘇生されたと知ったのだろう「ただいま」と、その背を強く抱き寄せた。
奇跡の再会が、街を照らしている。
神の力を疑う者は、もはやいなかった。
誰しもが、新しいネコ様神殿に頭を下げていた。
ギリギリで滅びを回避した街を見て。
幼女大司祭マギが言う。
「サービスでこれであるか。あいかわらず、スケールが違い過ぎるのう……」
『汝を不老不死にしたように、か――』
魔猫は過去を顧みる顔で、瞳を閉じ。
『もし、永遠を非とし。滅びたいのであれば――』
「いや、この世界にはまだ妾が必要であろう。その話は、いつかまた……じゃ」
『そうであるか。まあ共に永遠の存在。汝とはいずれまた会う事もあろう』
幼女と魔猫の会話の後ろ。
腐っていた騎士団や貴族に大臣、魔術師団は皆、二人に向かい頭を下げ続けている。
腐っていた者達はこれから犯した罪に応じた罰を受けるだろう。
それでも街は動き続ける。
しばらくは、権力という病に蝕まれた心を癒された彼らの力が必要な筈だ。
罪への罰則は先送り。
王に代わり、疫病で失った経済やダンジョン塔の警備体制、そして民からの信頼を回復する仕事は続く。
これからの行いが、本当に民を思うものならば、彼らの罪も或いは――。
ふと、魔猫が言う。
『下世話な話であるが、これ。無差別に蘇らせたのであるが――もしだ、もし……蘇り、妻に会おうと帰った冒険者の家に、もう別の伴侶がいたりもするパターンもあったりするのであろうかの~』
皆が硬直する。大臣たちが言う。
「た、たしかに、死別したのならば……」
「現実的にかなりあり得る話かと……」
『ぶにゃははははは! それもまた一興であるな!』
愉快に嗤う魔猫に、マギは頬をヒクつかせ。
「い、急ぎ蘇生された者達の緊急避難先も用意するとする! だ、大臣! 右でも左でもいい、ちょっと集まるのじゃ! 三角関係で優秀な冒険者同士が殺し合いにでもなったら事じゃ! 緊急! 緊急会議である!」
『それでは、我は契約通り酒とグルメを貰うとする。何かあれば声をかけよ、マギよ。気分と内容次第では答えてやらんでもない。にゃはははははは!』
契約通り、回復の魔術を行使したイエスタデイはトコトコトコ。
神殿の祭壇から降りる。
そこは既にネコ達の大宴会。
宴の会場では、キジジ=ジキキや受付娘。
出逢った者達がグルメを用意し、主役の登場を待っていた。
魔猫イエスタデイは、うむと頷き。
どでーん!
用意された神座クッション、グルメの席についた。




