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第002話、冒険者殺し【SIDE:女盗賊メザイア】


【SIDE:女盗賊メザイア】


 ダンジョンタワーの中層。

 上級冒険者しか突入できないとされる、十五階にあたるフロア。

 スレンダーな女盗賊メザイアは駆けていた。


 脇腹からは、濃厚な血が流れている。

 色は黒。

 致命傷である。


 ごふりと血の息を漏らしながら、それでも女は駆けていた。

 理由は単純。

 追われていたのである。


 鉄の匂いは壁の匂いではない。

 流れ出る血の香り。

 鉱山ダンジョン層の壁を伝い、女盗賊メザイアは思う。


 ――やられたわね、このあたしがまさか冒険者殺しにハメられるなんて。


 息を殺し、足音を殺し。

 盗賊であるメザイアは敵から姿を隠す、潜伏スキルを発動させる。

 本来なら対魔物用のスキルだったが、今回ばかりは違った。


 人間相手に使用したのだ。

 逃げる女を追う、男たちの声がする。


「さぁぁて、どこに逃げたのかな子猫ちゃん。ここは並大抵の冒険者すら入ってこられないフロア。助けなんてこねえってのは、てめえのレベルなら分かってる事だろう?」


 ひゃひゃひゃひゃ!

 下卑た男の、下卑た声だった。

 メザイアは声を任意の指定座標から発生させる、音声スキルを発動させる。

 反対方向に相手を誘導するための、定石だった。


「あんたたち! 自分がやってることの意味、分かってるの!? 人間同士の殺し合いは原則禁じられている、王命で厳罰に処される。今ならまだ事故って事で済ませてあげるわ! やめなさい!」


 音声スキルは成功だった。

 メザイアとは反対の方向で声が発生してたのである。

 しかし――それはあくまでも知恵の低い魔物への定石。


 ソロで行動するメザイアは、魔物相手にはうまく立ち回れても人間相手では素人。

 だから、こうなった。


「おめえら! 奴は声と反対方向にいる! 相手はソロだ、アイテムも魔道具も大量に持ってる筈。まさに鴨ちゃんってな! 殺して首を刎ねて、装備を奪え! 今夜は豪華に、一流娼館を貸し切ってパーティってか!」


 再び、下卑た声がダンジョン内に響き渡る。

 ざっざっざっざ。

 男たちの足音は確実にメザイアのもとへと向かっていた。


 ――畜生、畜生、畜生!


 メザイアは唇をぎゅっと噛んでいた。

 心臓が割れるほどに痛い。

 死を意識させられた心が、痛い。


 幸か不幸か、十五階という中層までソロでたどり着けるメザイアには、自分の死が見えていた。

 確実に殺される。

 そして装備を奪われ、口封じに殺され、死体さえも弄ばれるのだろう。

 そういった冒険者の話を、彼女もたまには耳にし知っていた。


 ギルドの受付娘は、最近、冒険者狩りの賊が増えているから気をつけろと警告してくれていた。

 その時、メザイアはいつもの明るさで、平気だと笑って耳を貸さなかった。

 それもいけなかったのだろう。


 ――体力も残りわずか。もう終わりね。


 女盗賊メザイアは、立ち止まった。

 その脳裏に、村に残してきた弟たちの顔が浮かんでいる。

 お姉ちゃんが冒険者として成功してくるから、英雄になってみせるから、いい子で待ってるのよ!


 そんな、お別れをした。

 たまには帰郷もしていた。

 来月にはお土産を買って帰ると、約束もした。


 けれど。

 ――お姉ちゃん、約束を守れそうにないわ。

 心で詫びた、次の瞬間。


 潜伏スキルを剥がされ、女は悪漢たちの前に姿を現していた。

 賊は五人。

 戦士系が三人に、後衛が二人。


 対するメザイアは盗賊が一人。

 更に魔物との戦闘で、怪我も負っている。

 レベル差があったとしても、勝てる状況ではない。


 ならば――。


「あんたたちの思い通りにだけはさせないっ」


 最後は不敵に笑ってやる。

 メザイアはわざと手持ちの爆弾を全て起動させ、ダンジョン内に爆音を放っていた。

 ゲスどもを攻撃したのではない。


 魔物をおびき寄せたのだ。


「てめえ! 同じ死ぬのなら、俺たちに嬲り殺されろや!」

「お生憎様……っ、あんたらみたいな同族殺しに財産を奪われて死ぬぐらいなら、オークにでも汚されて死んだ方がマシなのよ」


 そう。

 フロア内の魔物を大量に、わざと聞こえるように。

 高らかに、誇り高く吠えたのだ。


「さあ! 魔物達、あたしを殺しなさい! 奴らに、一銭たりとも得をさせないように、粉々にしなさい!」


 賊たちもフロア中の魔物を相手にする力はない。

 逃げなければ死ぬ。

 女盗賊メザイアは、最後の最後で自分を殺そうとしたゲスどもに意趣返しをしたのだった。


 魔物が集う。

 音が鳴る。

 女は死んだ。


 それでも、その死に顔は笑っていた。

 相手の収入はゼロ。ざまあみろと、誇り高い最期を迎えたのだった。


 ◇


 それから何日経ったのだろう。

 死して迷宮にさまよっていた女の魂が、何かに導かれていた。


『目覚めよ~、目覚めよ~!』


 生暖かい、魚臭いにおいがする。

 獣の香りもする。

 温かい感触がある。


『ふんがら、うんにゃら、どがすかうんにゃ! 蘇り給え~! 起き給え~! 我を讃え給え~!』


 ナニカが踊りながら儀式を行っている。

 また再び。

 導かれていた。


 ――なんだろう、これ……肉球?


 その時メザイアは初めて、自分の意識が戻っていることに気が付いた。

 ▽意識が覚醒する!


 慌てて目を開ける。

 確かに死んだはずなのに。

 喉が焼けるように熱かった。


「……っ、げふごほ……っ、うっぐ……」


 喉から何かが溢れていた。

 黒い血だ。

 皮袋に大量に詰まった水が、一気にあふれ出るようだった。


 痛みがある。

 ということは。

 ――あれ? あたし、生きているの?


『ふむ、どうやらお目覚めになったようですね――気分はいかがですかな、盗賊のお嬢さん』


 人が通らぬダンジョンの中層。

 女盗賊メザイアの視界に入ったのは、顔の中心が焦げたパン色をした白いネコ。

 あの時、ギルドでドヤ顔をしていた生意気なネコだった。


 女は理解した。

 まだ自分は死んだままなのだろう、と。


「えーと……ここ、地獄かなにか?」

『おや詩的ですね。現世を地獄と称するそのセンス。嫌いではありませんよ?』


 やはりあの時のネコだった。

 しかもなぜか近寄ってくる魔物を一撃ではじき返し、優雅に焼き鳥を齧っている。

 意味が分からず。


 ▽女盗賊メザイアはこんらんした。



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