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第019話、ヒーラー魔猫に土下座せよ【魔猫イエスタデイ】


【SIDE:魔猫イエスタデイ】


 うにゃうにゃ、ぶにゃぶにゃ。

 魔猫イエスタデイが騒ぎに気付き目覚めると、そこには幼女の土下座があった。

 ぶぶぶぶにゃっと寝ぼけた眼の前。

 護衛対象であるキジジ=ジキキと、その護衛らが困惑している。


「マ、マギ様!?」

「ど、どうなされたのです!」


 キジジ=ジキキと護衛らの驚愕の中。

 幼女マギが言う。


「此度の失態、汝を神と崇める四星獣教会として――申し開きできる術をもたぬのじゃ。だから、土下座。つまり、ゲザじゃゲザ! ええーい! 司祭どもは何をしておる! 降臨せし神との邂逅など、最後の機会かもしれぬというのに!」

「四星獣教会の……神。……っ!? もしや!?」


 思い至った驚愕に魔女姫キジジ=ジキキが口元を両手で押さえる。


「な、なんじゃ知らずに連れておったのか?」

「は、はい、まさか――神様にお会いできるだなんて思いませんでしたし。たしかに異常に強くて、異常に回復能力に長け、蘇生の魔術すら発動できる上位モフモフな方だとは思ったのですが。てっきり、こちらの大陸ではそういう存在も、普通に歩いていらっしゃるものかとばかり……」


 博識とは至らない護衛二人には理解ができないのだろう。


「姫様、いったい……」

「我らには皆目、流れが理解できないのですが――」

「そうでしたね。すみません。この方はおそらく、宇宙そらの星々に住まうと伝承されし、四柱の獣神。四星獣、回復の力を得意とされているという事は……」


 魔女の言葉を引き継ぎ、土下座を保ったままの幼女が言う。


「この方こそが過去を司りし上位存在。戯れに人間世界に干渉せし癒しの神。イエスタデイ=ワンス=モア様。正真正銘、本物の神じゃ」

『その声……どこかで聞いたことがある。ふむ……』


 くわぁぁぁっと喉を覗かせあくびをして。

 魔猫は起床。

 状況を理解するべく動く魔猫の瞳は、すぐにその存在が幼女ではないことを察していた。


 鑑定(全)が発動される。

 そこで神は思いだしたのだろう。

 かつて、この者を見たこともあると。


『久しいな――マギ。仲間のために永遠を求めた癒し手(ヒーラー)よ。顔を上げよ、その幼き身に土下座はきつかろうて』

「覚えておってくれたのじゃな」

『どうであろうか。おそらくだが、思いだしたと言った方が正しかろう。我は過去を顧みし者、膨大なる時の中でも、その瞬間の記憶を辿ることも容易い――そうか、我に願いを乞うたその奇跡は健在、まだ生きておったのだな』


 魔猫イエスタデイの声がわずかに変わっている。

 呑気な魔猫だった声に、時の流れを感じさせる重みが混じっているのだ。


 キジジ=ジキキと護衛の二人は困惑を隠しきれずにいた。

 自分たちを救ってくれた魔猫が神であったこともそうだが。

 魔女は魔猫と幼女に目をやった。


「神と……お知り合いなのですか?」

「もはやいつかすら忘れるほどの昔。妾がまだ本物の神童。幼女だった頃の話よ。かつての妾はこの方と直接出逢でおうておるのじゃ」

『懐かしき冒険であった――なれどマギよ、汝もまだせいぜいが五百歳程度であろう、まだまだ幼女も同然。小童であることに変わりはなかろう』


 かっかっかっか!

 魔猫は愉快に笑っていた。

 旧知の人間との再会が魔猫にとっては滅多にない事。

 それが上機嫌にさせるのだろう。


 土下座をやめ、ちょこんとソファーに戻ったマギが言う。


「キジジ=ジキキ殿、すまぬが――」

「はい、わたしの用事は後に回していただいて構いません」

「恩に着る」


 幼女は頭を下げ。

 下げたままの頭で、魔猫に向かい告げる。


「ヴェルザの街を救ってはくださらぬのか?」

『本来ならば否であるが、その理由は言わずとも分かるであろう?』

「人という存在が、どうしようもないほど愚かだという事ぐらいはな……」


 魔猫の瞳が、静かに閉じられる。


『マギよ、我はそうは思わん』

「どういうことじゃ」

『人という種族が全員愚かなのではない、人という種族の中に愚か者が多いというだけの事。我は汝との冒険を忘れぬ、キジジ=ジキキやそこなる護衛との短き数日もな。人が全て愚かだというのなら、我は汝らも否定せねばならぬ』

「じゃが……おぬしのことじゃ助けてはくれぬのだろう?」


 かつて共にダンジョンを歩いた時の声だったからか。

 イエスタデイはふっと口元を緩めていた。


『そうなるであろうな――冒険者殺しダイン。そしてそれらを擁護していた者達、それを許すわけにはいかぬ。が――チャンスは与えよう』


 癒しの神が、テーブルに魔法陣を展開する。

 異なる性質の魔術だと理解できたのは、マギだけだろう。

 現れたのは、一枚の羊皮紙。


 鑑定した場合のアイテム名は魔導契約書。

 博識なる魔女姫が言う。


「これは――契約を魔術の儀式として厳しく守らせる魔導具といったところでしょうか」

『いかにも。この魔導契約書を通じての契約は魔力を伴ったものとなる、厳守する必要がある魔術となるのだ。もし破った場合は、契約時に設定された魔導が発動し――大いなる神罰が下る』


 キジジ=ジキキの目にも、マギの目にも。

 魔導契約書から漂う圧倒的な魔力が映っている。


『契約さえすれば疫病を治してはやる、可能ならば疫病で死したモノの蘇生も考えなくもない。ただし――その醜き心までは治せぬがな』

「して、我らが神。四星獣よ――街を疫病から救う代価に何を望むのじゃ」

『今後、この街ではネコを恒久的に崇めると定めよ』


 マギは考え。


「理解はした。信仰はおぬしたちの力の源でもあるからな。して、今後とは――具体的にどれほどの時じゃ」

『永久を欲する』


 なっ……と、幼女大司祭マギが声を漏らす中。

 構わず魔猫は神の顔で続けていた。


『今一度、分かりやすく伝えてやろう。ヴェルザの民よ――ネコを讃えよ。いついかなる時でもネコに感謝をするのだ。ネコが来れば、酒をもち、グルメをもち、毛布を献上しネコを崇めよ。汝らは汝らの子孫に至るまで、この街で生き続ける限り、ネコを歓待すると誓うのだ。人類よ――ネコに土下座せよ』


 神であり猫である魔猫イエスタデイは人間と価値観の異なる存在。

 その条件が本気であるとマギには理解できていたのだろう。

 だからこそ、冷静になって幼女は言う。


「と、言われても、難儀な条件じゃて。ネコとはおぬし以外のネコも含まれるのじゃろう? 喉元過ぎれば熱さを忘れる。感謝もいつかは冷めて、指の隙間からこぼれていく。人間は忘れやすい生き物じゃとそなたも知っておろうに。いつかその誓いを忘れる日もこよう」

『そうならば、この地には再び疫病が襲うだけの事、その子孫らが滅びるだけの話よ――これは契約である。語り継ぐことを忘れ、結果……恩を忘れるのならば死ぬ、本当に恩を感じるのならば――問題あるまい』

「おぬしは変わらずじゃな……人間とまともに会話ができると思いきや、その価値観は明らかに上位存在。妾がそうであったように、その見た目に騙される者も多かろうて」

『それは汝も同類であろう』

「誰か様のおかげでな」


 不老不死を得たかつての幼女の言葉に、魔猫はあえて何も答えず。


『答えは急がぬ。せいぜい為政者いせいしゃどもと話し合うのだな』


 ぶにゃはははははは!

 と、魔猫は透明になり空へと駆けていき――。

 だが。

 キキキキキ!

 そのまま急ブレーキをして、部屋に戻ってくる。


『と、すまんすまん! そういえばキジジ=ジキキの護衛の任務の途中であったか。さあ、我はのんびりと教会のヘルシー芋料理でも食べて待っていてやる。存分に話し合ってくるがよい!』


 キジジ=ジキキの大きな帽子の上で器用に、ぐでーん。

 スヤァっと再び眠り始めていた。


 疫病を根本的な部分から治す唯一の手段、この契約の是非は王宮へと持ち帰られることとなった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 猫好きには何のデメリットもない魔導契約w 御猫様が居ればグルメと毛布を差出し崇め奉るだけでいいんだろ? なぁんだ楽勝じゃないかwww 仮に疫病が再来しても、猫信者であれば助けてくれそうだしw…
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