第018話、魔猫様ですが、なにか?【ヴェルザの街】
焼き鳥露店の店主の証言で、ヒーラーがネコだという事は確定した。
ヴェルザの街はいま、空前の猫ブーム。
ネコを探して、家族の疫病を治してもらおうとグルメを片手に走り回っていた。
そんな中。
渦中の魔猫、イエスタデイ=ワンス=モアはキジジ=ジキキと、その護衛二人に付き添って街の端にある”施設:四星獣教会”へと向かっていた。
三人と魔猫が一匹の筈なのに、足音は三人分。
魔猫がいるのは、大きな魔女帽子の上だった。
器用に帽子に乗って高楊枝、焼き鳥をゆったりと味わいむさぼる魔猫が彼らに同行する理由は単純。
キジジ=ジキキに一時的に雇われていたのである。
依頼内容は、要人である幼女大司祭マギとの会談が終了するまでの護衛。
先日の事件を思えば、護衛が増える事は不思議ではない。
キジジ=ジキキ一行はダインとの一件で衛兵と知り合いになり、そのまま幼女大司祭マギとのアポを取り付けることに成功していたのだ。
護衛の男は油断から姫を危険に晒したとして、かなりきつい目つきで周囲を警戒している。
タヌキのような尻尾と、まるい瞳を膨らませ魔猫イエスタデイが言う。
『おぬしらはもう少し肩の力を抜いたらどうであるか? 街のモノどもが委縮しておるぞ?』
「いえ、万が一ということもありますので」
『ほぅ! よほど肝が冷えたとみえる、まあ護衛対象であるキジジ=ジキキに大丈夫ですから、宿を探していてくださいな。と言われたことを真に受け、そのまま一人にしてしまった。どーかんがえても迂闊であったしのう~!』
ぐさりと無遠慮に釘をさす魔猫に、ずーんと護衛が沈む中。
大きな魔女帽子をかぶる魔女姫キジジ=ジキキは、苦笑にわずかな困りの色を乗せ。
「申し訳ありませんでした。今度からは、単独行動を望んだりはしないので――本当にごめんなさい」
『どーして姫という存在は、ちょっとした一人旅やら。あたし、一人でできますの♪ 的な、蛮勇を見せたがるのか。長い歴史の中で、そなたのような姫とは何度も出逢ってきた。王族の病というやつであるか?』
魔女姫は返事をごまかすように、こほん。
「詳しくお聞きする機会がなかったのですが……イエスタデイ様は長く生きていらっしゃるのですか?」
『そうさのう、ま、我のこの麗しき尻尾のように長いと言えば長いかのう~』
「そうなのですか。ふふ、こちらの街の偉い方、幼女大司祭マギ様も長命とお聞きしております。どちらの方が年上なのでしょうね」
『これから会うという大司祭。ヒーラーであったか。なにやら記憶の奥の方に、ひっかかるものがあるのだが……はて、なんであったか』
むちゅむちゅと焼き鳥をかじりながら魔猫が眉を顰め。
すぐに考えることをやめたのだろう。
護衛に持たせている追加の焼き鳥を催促し、ご満悦である。
キジジ=ジキキが疫病に苦しむ周囲を見ながら、しばらく考え込み。
言葉を選ぶように口元を引き締める。
「やはり、癒しの力をこの方々にお使いには……」
『こやつらは女盗賊メザイアを信じず、助けを求める声に耳を傾けなかった。それに仕事を求む我を追い払った非道なる街の連中であるからな。依頼ならばともかく、わざわざ近寄って治してやろうという気にはなれん。同族ならまだしも――おぬしとて、魔物の群れの中で疫病がはやっていたからと言って、助けに行きはしないであろう?』
「そう、ですよね……」
不興を買ってはならないと判断したのだろう。
話題を切り替えるように、魔女は周囲に目線を向け。
「噂のあなたを探しておいでのようですが――……なぜか皆さん、こちらには気づかないのですよね。これもイエスタデイ様が?」
『メザイアから潜伏のスキルを学んだのでな!』
今風の魔術やスキルは実に興味深い。
そう、ウニャハハハハハと帽子の先端にジャレつく魔猫。
その穏やかなモフ毛の輝きを眺め、護衛の一人が言う。
「しかし、我らには見えておりますが――これはいったい」
『一時的にパーティ登録をしてあるからな。この潜伏スキルは仲間には見えるように設定されておるそうだ、便利であろう?』
「なるほど――勉強になります」
「話題に出たので気になったのですが、メザイアさんはいまどうなされているのですか。てっきり我らはご一緒なのかとばかり」
護衛達の言葉に魔猫が言う。
『あやつならばアポロシスの街の有名女盗賊として名を馳せるのだと、アポロシスのダンジョン塔攻略を開始しておるぞ? 故郷に帰る前に、金も稼ぎたいようでもあるからな。魔術通信でダインの一件も伝えたのだが、こちらに戻る気はないそうだ。ま、当然ではあるがな』
「新しい人生を歩み始めたわけですね」
それはいいことですと、魔女もにっこりと微笑んでいる。
魔術通信という技術にも興味があったようだが。
そのまま言葉を引き継ぎ彼女が言う。
「剣士イザールさんの方はどうなされたのです?」
わずかの間が生まれる。
『誰のことであるか?』
「え、ほら。あなたをこの街に連れ戻すために、アポロシスの街に向かった上級冒険者の……」
『ぶにゃ……?』
「って、あれ? まさか、お会いにはならなかったのですか!?」
『うむ、知らぬぞ?』
驚く魔女姫に、護衛の二人も顔を見合わせる。
「だって、え? じゃあどうしてこの街に、わたしはてっきりイザールさんの話を聞いて、この街にやってきたものだとばかり……」
『おかしなことをいう娘だ。焼き鳥を食したいから来たと、あの時説明したであろう』
「それは……あの、てっきり助けに来たとは言いにくいので、そういう言い方をされているものだと――で、では、本当に、ただ焼き鳥を食べに来ただけということですか?」
『うむ。この街は好かぬが、焼き鳥に罪はなし。我は星三つの加護を与えたいくらいには気に入ったぞ?』
焼き鳥だけな! と魔猫イエスタデイは微笑。焼き鳥の串で器用に歯の掃除を始めていた。
◇
衛兵からどうしても会って欲しい人がいると言われ、治癒連勤の中でようやく時間を作った幼女。
大司祭マギは来訪者からの自己紹介を受け、まさに度肝を抜かれていた。
今日もまた。
幼女に職場を奪われ、肩身の狭い司祭アンタレスが務める教会に、幼女の驚愕が響き渡る。
ガチャンと応接室のココアを揺らし、真の驚きが魔力を持った声となり飛び出ていたのである。
「ほう! これはめずらしい、別大陸の王族じゃと!?」
「ええ、キジジ=ジキキと申します、マギ様。けれど申し訳ありません、今回は国ではなく個人として推参いたしましたので……あまり王族だからと、不安や期待をしていただくには及ばないかと」
「その名、そうか――魔女……ウィッチが王族となっている西大陸の姫か。噂はかねがねといいたいが、こちらにはそなたらの情報はあまり入っておらん。なにしろ、ダンジョン塔から降りてくる魔物に圧されていて、こちらは余裕がないからのう」
そのまま、ぶかぶか服の裾から白い肌の小さな腕を伸ばし。
ふーふー、熱いココアを吐息で冷ましながら、幼女は自虐を漏らす。
「して、遠き地の姫君がなんのようじゃ。まさか疫病で滅びゆく愚かなる妾らを、冷やかしに来たわけでもあるまいて」
「お伝えしたき情報があるのです」
「すまぬがその前に、じゃ。おぬしら以外の気配を感じる。連れがおるのならばよいが、くせ者なら問題じゃ。姿を隠したまま会談しようとは、いささか礼儀に欠いておるぞ?」
言われてキジジ=ジキキは、あっと息を吐き。
「申し訳ありません、すっかり忘れておりました! 悪意や他意はなかったのです」
「よいよい。ただ、気をつけよ。妾だから気にせぬが、これを王宮でやっていたら、どんな因縁をつけられるか分かったものではないからな」
「ご忠告に、深い感謝を――」
詫びと感謝を告げ、キジジ=ジキキは帽子の上に手を伸ばす。
いつのまにか居眠りをして、ぐでーん!
お腹をだし、肉球をぴょこぴょこ♪ 涎も垂らして眠っていたモフモフネコを、そっとソファーに降ろす。
実に心地よさそうに、スヤァ……。
そのへそを上に向け惰眠を貪る、真っ白なお腹を見て。
「こちら、魔猫のイエスタデイ様です」
「ほう、魔猫の――……」
幼女はココアを抱えるように掴んでいた小さな手を硬直させ。
ぷるぷるぷると、怯える子犬のように小刻みに体を揺らし。
「いまなんと?」
「魔猫イエスタデイ様ですが……なにか?」
当然、その名を彼女は知っていた。
四星獣が一柱。
過去を司りし者。
突然、探していた神が来た。
幼女は混乱しつつも。
ゲザ!
すかさず土下座をした。
これがのちの歴史において。
神の一手。
”奇跡の開幕土下座”と称賛される事を幼女はまだ知らない。




