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第179話、歴史の裏で動いた悪人―エピローグ・恋する殺戮娘編―


 【SIDE:スピカ=コーラルスター】


 スピカ=コーラルスターが拷問拳闘家ロロナを探し訪れた遺跡は、名もなき迷宮。

 世界の隠しエリアに分類されるダンジョンだった。

 ただダンジョンとはいっても魔物はいない。


 フィールド属性は滅んだ王国。

 静かな森の奥にある、亡国の跡地と言った印象の場所である。

 その瓦礫を掻き分けた道の奥に彼女はいた。


 スピカは瓦礫の壁に反射するヒカリゴケの光源を目印に、瞳を細め。

 じぃぃぃぃぃ。

 狩人の能力で気配を察して、友に向ける声を上げていた。


「あのですねぇ……ロロナさん、どーしてあなたはそうやってすぐに気配を消して自分を試すんですか?」

「えぇえぇぇぇぇ~? これでも見破られちゃうの~? ロロナ、超ショックなんですけど~?」

「かわい子ぶりっ子はいいですから……ああもう、早く姿を出してくださいよ」


 肩を落とすスピカが、瞳の表面に魔力を走らせる。

 隠れている者を強制的に出現させる力を発動させると、瓦礫の山の隙間が揺らぐ。

 胸部分が無駄にむっちりとした、細身だが、悪魔的な微笑を浮かべる女性が出現した。


 魔王軍幹部、猛将マイアの部下。

 拷問拳闘家ロロナである。


「いやいや、凄いわね~。ほんとう。いや、結構ま~じで気配隠しをしたつもりだったんだけどぉねえ。スピカちゃんにはすぐに見抜かれちゃう。さては、ああ、そっか~! あなた、あたしの事大好き過ぎるんじゃな~い?」

「はいはい、一途にずっと級友を思って乙女をやってる人の冗談に付き合ってるほど、自分も暇じゃないんで。てか、いちいち探すのも面倒なんで、止めて下さいよ……もう!」


 ごめんごめ~ん、と。

 手をぺらぺらさせながら軽く返すロロナは、友たるスピカの来訪の理由を察しているのだろう。

 漏らした息に、言葉を乗せていた。


「それで、今日は友達として会いに来たわけじゃないんでしょう?」

「はい、まあそれはそれとして――今晩は美味しいディナーを味わえる店を教えてもらいたいと思っていますけれどね。陛下たちの許可は頂いておりますので」

「おっけー、今日はせっかくだからあたしが奢っちゃうわよ?」

「それじゃあ遠慮なく」


 友達の会話をした後に、スピカは姿勢を正し。


「拷問拳闘家ロロナさん、マギ様があなたの背後にいる存在の話をお聞きしたいとのことです。話せる範囲でいいので語っていただくことはできますか?」

「語れって言われてもねえ、どうしますぅ?」


 無に向けて告げたロロナ。

 そのアイテム保有空間から声が響きだす。


『ちっ、面倒な小娘だが。まぁ……そうさね。たぶんほとんどバレちまってるんだ、隠しててもしょうがねえんじゃないかい?』


 声の主は、神イエスタデイが作り出した魔道具。それは一振りの赤い短刀だった。

 本来なら魔王が装備していた守り刀。

 ”切り裂きジェーン”。

 その刀身が輝き現れたのは――傷跡だらけの女性、怪奇スカーマン=ダイナック。


 瓦礫の山の頂上に胡坐をかいて座り、ヴェルザの王族の血を引く落胤が言う。


『詳しい自己紹介は要らねえよな? オレが怪奇スカーマン=ダイナック。分類上はイエスタデイ=ワンス=モアの眷属。召喚獣ってことになるね』

「やっぱりマギ様が予想していた通り、繋がっていたんですね……ロロナさんとイエスタデイ様の眷属の人……」

『はは、マギ様とかいうガキンチョの事はあんま知らねえが、ま、そういうことさ。つか――大体の事情はもう勝手に妄想つか、予想してるんだろ? わざわざいったい、なんの用なんだい』


 静かな迷宮の中。

 少し空気と雰囲気が似ているロロナと赤く揺らめく怪奇が並んでいる。

 スピカが言う。


「んー……あまり警戒しないでいただけると助かるのですが。事実確認と、危険かどうかを確かめたいんですよ……せっかく平和になったんですし」

『ああん? オレがなにかやらかすのかってことか!?』

「いや、あの……スカーマン=ダイナックさん。あなた……御自分の伝承をまったく知らないってわけでもないんですよね? そりゃあ少しは心配されると思いますよ? まあ、自分は悪人ではあっても、息子の魔王さんやロロナさんの迷惑になることはしないって勝手に思っていますけどね」


 炎熱魔術師の瞳が、スカーマン=ダイナックの魔道具としての力と性質を読み取り、語っていた。

 確かにカルマ値は極端に低いが――。

 それでも、悪意は既にない。彼女の逸話の通り、御者の男に魂を明け渡し代わりに死んだ――あの時点で全てを成し遂げた存在なのだろう。

 スピカが瞳の奥で赤珊瑚色を輝かせ、言葉を選び。


「あなたはイエスタデイ様の眷属なのに最終決戦にも顔を出さなかったですし。なによりです、クローディアさんが最終的にこちらの味方になってくれるように、状況を動かしていたのも、どうやらあなたみたいですし――どうもあの戦いの流れは、上手く行きすぎている部分が何度かありましたからね」


 スピカは例外たるアキレスには劣るも鋭い観察眼を発動させ。

 目線を横に移して続ける。


「たぶんですが――それと同じように、ロロナさんも動いていたんですよね?」

「例えば?」

「よく考えてみたら、あなたは歴史に残る大きなイベントの多くに関係していました」


 ネコヤナギの力を借りて記録ログを引き出し、少女は友を眺めていた。

 青白い輝きが、滅んだ瓦礫のダンジョンに映し出される。

 ロロナの記録が、表示されていたのだ。


「ロロナさん、ちょっと今から失礼なことを言っても――」

「どうぞ、あなたに悪意がないことは知っている。友達ですもの、説明に必要な事なんでしょう?」


 瞳で頷くスピカの唇が動く。


「あなたは英雄魔物の特別な血筋でも、勇者でも、英雄でも魔王でも、ましてや善人でもない……ごく普通の魔族の女性だったんだと思います。自分が言うのもなんですが、英雄の末裔というわけでもないですからね。本当に一般人の観測者――けれど、あなたは動いていた」


 ログに、ロロナの動きの詳細が映し出される。

 ビスス=アビススと並ぶために、必死に追いついていた彼女の努力がそこにある。


「魔王領のヌートリア災害の始まり、ミリーさんの恋人の駒汚染の事件に立ち会っていたのもあなたです。共に暮らしていたイエスタデイ様と猛将マイアさんに軋轢が生まれた事件の時にも、あなたがいた……まあ、あれはあなたが弱者を虐めていた当事者なわけですが。と、ともかくです――あなたはヌートリア災害の事件に巻き込まれ、魔王陛下との謁見も果たした――そして皆と一緒に知ることになります。陛下が家臣に語り聞かせた逸話、イエスタデイ=ワンス=モア様の伝承を聞かされていた。あれも歴史の重要な一頁ですよね?」

「そんなこともあったわねぇ――まあ考古学? とか図書館? のスキルが足りなかったから当時は理解できなかったけれど――それで?」


 ロロナは頷き、言葉の先を促すように手の平を小さく上げてみせる。


「時代は少し変わり――卒業したあなたはマイアさんの片腕として幹部と同等の力を持つ存在になった。ヴェルザの街に派遣される一員となった。そこでもあなたは動いています。許可なくマギ様と接触して、種族や国の垣根を超えたパーティー、ヴェルザのダンジョン塔の攻略を承諾させたのも、ロロナさんです。あれも歴史の大きな一頁ですよね? それに大地神の駒を手に入れたのも、真樹の森の守り神様と協力関係を築いていたのも――旅鼠となった特殊個体のヌートリアや、ミリーさんが夫婦となった蒼い月の日にも、あなたがいた――何か大きな変化があるときには、いつもロロナさんが動いていた。違いますか?」


 正解だったのか、ロロナはリップをヒカリゴケの輝きで揺らめかし。

 ふふふふっと微笑する。


「否定はしないわよ? それにしても、もうスピカちゃんったら~、最初にダンジョン塔を一緒に攻略した時のことも覚えているだなんて、そんな昔のことをよく覚えているわねぇ」

「え? いや……そんなに昔ってほどじゃないですけど……?」

「そう? ああ、まあ……若い人間の女の子の時間感覚と、魔族のあたしの感覚じゃ違うのかもしれないわね」


 寿命の差を語るロロナは遠くを見る顔で言う。


「ふふふ、まあさすがにネタ晴らしされているのだから誤魔化さないけれど。たしかにあたしは色々と動いていた。陛下にもあなたたちにも内緒でね。けれど一応言っておくわ、悪意は欠片もないのよ?」

「分かってますよ、それはマギ様も把握しています。理由はまあ、ビスス=アビススさんがらみですよね?」


 ずっと一緒に居たい。

 そんな、小さな恋心。

 推測していたマギはニョホホホホホと面白がっていたが――誰かをここまで好きになっている友人に、スピカは尊敬と少しの羨望をいだいていた。

 まだ恋を知らぬ少女は、恋を知っている友人が羨ましいとも感じているのだ。


「ふーん、そこまで分かってるんだ――あれ? でも、それじゃあ何を聞きたいの?」

「お気を悪くしないで欲しいのですが、怪奇スカーマン=ダイナックさんとロロナさんが結託していたとしても。そんなに上手くいくはずないじゃないですか――怪奇以外にも、誰かの力を借りていたのではないか。そう、戦術師のシャーシャさんも仰っていまして」


 刃物で口を挟むような口調で、スカーマン=ダイナックが割り込む。


『ああん? シャーシャってのは、あのシャルル=ド=ルシャシャ、オレが死ぬ原因のひとつになったあのいけ好かない軍神様の子孫かい――』

「そもそもスカーマンさんはロロナさんを使って、なにがしたかったのですか? それもマギ様がお聞きしたいとのことなのですが」


 首の後ろに手を置いて、ぶっきらぼうな炭鉱夫を彷彿とさせる仕草で怪奇が言う。


『目的……ねえ?』

「マギ様は生前のあなたの噂をご存じだったようですし。その……自分も過去の記録を確認しましたが、ログも、なかなかに凄惨な記録ばかりで……。ロロナさんのことは自分も信用しているのですが、あなたに関しては、その、すみません……」

『ぶわはははははは! 素直な嬢ちゃんだな、心配するのが普通さ――気にすることはねえ。ってか、ここまで警戒されるとなんか気分がいいな!』


 キシシシシシっと笑顔を作るスカーマン=ダイナックの印象は、暗黒騎士クローディアから聞いていた通りの人物像である。

 価値観が少し違う女性。

 けれどその価値観は……冷たく暗い物語の中で、歪んでいったもの。


 幼女教皇マギは知っていた。

 後から知ったのだろうが。

 そしてマギから聞かされスピカも知っていた。


 世が世なら、皇女として幸せに暮らしたかもしれない落胤の伝承を。その救いのない出生の果て、泥の中を掻き分け藻掻き、ただ生きるためナイフを握った――少女の物語を。

 世界が守ってくれないのなら、自分の身は自分で守る。苦しい世界の中でも、それでも幼き少女は生きたいと願った。

 はじめはただ生きるため――自分を守る権利を掴むために、殺戮へと手を染めたのだ。

 と――そんな殺戮者の、被害者としての側面を記す伝承である。


 既に物語として伝承されている怪奇は言う。


オレ(あたし)の目的は――そうだね』


 赤き短刀の赤い影から生まれる女性は考え込んで。

 美しい顔立ちで天を仰いていた。

 疲れとも後悔とも違う、ましてや笑みでもない複雑な表情の中で――唇から言葉を発したのだ。


『バカなぐらいお人好しで、クソみたいな人間や魔族どもにさえ肉球を差し伸べていたオレの主人。バカネコ。クソネコ。イエスタデイ=ワンス=モア――ああ、あれはどうしようもねえほどに、都合のいい善神だって思っちまったのさ。こんな屑なオレに手を差し伸べたのが何よりの証拠だろう? だから、そんな元主神様に恩があったからね』


 あたしは――と、言葉を漏らし。

 けれどすぐに、オレはと言い直し。


『これでもオレは受けた恩と恨みは、必ず、ぜったいに、どんなことをしてでも数倍にして返してやる性分でね。世界と共に消えようとしていた猫を助けてやりたかった。それだけの話さね』


 おそらく言葉に嘘はない。

 スピカの観察眼は怪奇スカーマン=ダイナックを信じつつも眉を顰め。


「あの、具体的にお聞きしたいのですが――何故動き出したのですか? それもちょっとそれじゃあ分からないというか」


 ああん? とガラの悪い声を上げ、それでも怪奇は言葉を探し。


『猫の旦那が消えちまう未来を聞かされていたんだよ――それをどうにかするために動く必要があったんだ。で、だ。協力者を必要としていたんだが、いやあ、これがなかなか見つからなくてな……! ぶっちゃけ、ちょっと面倒になってきて諦めかけていた時に、どうも意思疎通ができそうな気配を感じた。で、目を開けたら――ロロナ(こいつ)がいた』


 傷跡だらけの身で、バシバシとロロナの肩を叩き怪奇は続ける。


『いやあ、まじで驚いたんだぜ? めちゃくちゃ波長が合ったんだよ、こいつとさ。さんざん外道をやってたんだろうな、ってすぐに理解した。でもだ――接近する機会がなかったんだが。近づく機会があってね? 契約したのさ。初めて恋をした相手の背に追いつこうと、必死で足掻いているカルマ値の低い、ちょっと頭のいかれた女がうちの自慢の息子と面会をしてやがった。まあなんだい、ここまで言やぁもう分かるだろう?』

「腑に落ちない点はありますが、とりあえずの流れは……」


 スピカは考える。

 正式に契約をしたのは――汚れ仕事もこなせる手札として、魔王がロロナを拾った時の事だろう。そして魔王もその契約を知らされてはいなかったはず。

 それとは別に、さきほど怪奇は未来を聞かされていたと言っていた。

 ならばやはり――。


「つまり、あなたたちの後ろにいたのは未来を眺める者。当時はまだ五百年の眠りについていたムルジル=ガダンガダン大王ではないとすると、該当する神性は少ない。消去法となってしまいますが三獣神……様の誰か、ということでしょうか?」


 答えの代わりに、怪奇スカーマン=ダイナックは一冊の魔導書を取り出す。

 それは戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャも所持していた魔導書と酷似している。

 皇帝の如き貫禄を漂わせる黒き鶏が表紙に描かれた書。


 大魔王ケトスの仲間たる、神鶏。

 魔帝ロックの逸話を記す魔導書である。

 彼の神は未来視に長けた獣神だとされている。


「怪奇さん。あなたは四星獣の使徒でありながらも外来種の使徒となり動いていた、そういうことですか」

『現段階でこの書を持ってる連中は、まあ――全部そうだろうね』


 ふと思い至ったのか。

 スピカの肺から押し出された息が音となっていた。


「シャーシャさんも、ということですか――」

『戦術師の坊やかい。まあ直接話したわけじゃねえが、たぶんな』

「そう、ですか――」


 赤珊瑚髪の少女は考える。

 おそらく、自分が知らないだけで何人かはこの書を所持していたのではないか。

 今の、この平和につながるために、陰で動いていた者がいたのではないかと。


 心を読んだような顔で、怪奇が言う。


『そりゃあどうだろうか知らねえがな――ほら、アレだ。奇跡を起こすには対価がいるって誰かの記録に書かれていたんだろう? 未来を観測するニワトリに曰く、ぽんぽんと気軽に願いを叶えちまうこの世界がおかしいだけだそうだ。奇跡や願いを叶える魔術ってのは本来ならこんな風に細かく、丁寧に、複数の可能性を作り出してようやく実行できるって話だからな』


 奇跡を起こすために動いていた存在が、三獣神の中の一柱にいたのだろう。

 その目的はおそらく。

 魔猫少女ラヴィッシュと、大魔王ケトスの再会。


 路地裏で散ってしまった恋人たちの逸話。


 三獣神とは――楽園を滅ぼした神の部下。

 冥界神の弟であり、かつて盤上遊戯に改造された魔猫を哀れに思い真実を伝え、力を与えた楽園の神……その眷属なのだ。

 過去と現在と未来は、一本の長い糸のように繋がっている。

 三獣神の介入も――ある意味では必然。あの日の楽園からずっと続き、今へと繋がったこの平和への一石だったのだろうか。


 スピカが言う。


「これは仕事ではなくてなんですが、その……個人的にお聞きしてもいいですか?」

『ああん? 構わねえが、オレにか? もうそんなにネタはねえぞ? オレはあのクソ偉そうなニワトリの指示で動いていただけだからな』

「あなたはイエスタデイ様のために動いていると言っていました。けれど、それだけじゃ――それだけじゃないんですよね?」


 問いかけるスピカの瞳には、観察眼の輝きが映っていた。

 それはある程度のウソを見抜ける力でもある。

 怪奇が遠く離れた、地。


 魔王城に目をやって――。


『さあ、どうだろうね――あたしにも、分からねえよ』


 その城で――。

 おそらく異聞禁書ネコヤナギの胸を借りて、静かに眠っている息子の方角を見て。

 ぼそりと、傷だらけの肌を揺らして言った。


『なあ嬢ちゃん。あいつは、元気にやっていたかい』

「魔王陛下の事ですよね。ええ、ご立派に公務を果たしていらっしゃいましたよ。それに、ちょっと自分が言うのは生意気かもしれませんが。少し疲れたと愚痴を零せるぐらいには、他人に心を許せるようになっていると……自分には、そう見えました」

『そうかい、なら――いいんだ』


 母は言う。


『それが聞けたら、もう。満足だよ――』


 殺戮者の女は。

 怪奇は――本当に穏やかな声でそう言った。

 だからだろう。


 同じく殺戮者としての性質を持つロロナは、静かに息を漏らしていた。

 けれど何も言わなかった。

 おそらく、彼女も魔王と切り裂きジェーンの関係を知っている。


 それでも、何も言わずに――ただ静かに魔王城に目線を向けていたのだ。


 おそらくロロナはこれからも魔王に忠誠を誓うだろう。

 愛する人と並んで歩ける機会を作ってくれた主君として、歴史の裏で汚れた仕事もするのだろう。

 これから、この平和を維持するために力を発揮する事だろう。


 スピカが怪奇に問う。


「最後にお聞きします。未来を変えるためのその逸話書から、今受けている指示を聞かせていただくことはできますか」

『ねえよ。って、ああ……勘違いするなよ? 語る気がねえってことじゃなくて、使途としての契約はもう終わってたんだ。あの戦いと一緒にな。偉そうな糞ニワトリが言ってやがったよ――もう、あの子が泣くことはないだろうって、な。んで、それ以降はもう反応しなくなっちまったよ――この書は』


 あの子とは。

 まず間違いなく魔王アルバートン=アル=カイトスのことだろう。

 人として限界以上に成長したスピカの瞳は、今の魔王を眺めることとて可能だった。


 少女の瞳には――。

 神の膝元で眠る、かつて英雄少年と呼ばれた魔王の、穏やかな寝顔が観測されていた。

 その映像を盗み見るように千里眼に便乗していた怪奇が――。

 ピン!

 と、魔導書の表紙のニワトリを指で軽く弾き言う。


『この嘘つきが、なにがもう泣くことはねえだ。今、あの子は泣いてるじゃねえか――契約違反で引き裂いてやろうか』

「え、いや……もう泣くことはないって、そういう意味じゃないかと思うんですけど……」


 言葉尻を捕らえるように、怪奇はニヒヒヒヒっと邪悪に笑む。


『バァァァカ、神との契約ってのは言葉遊び。こうやって重箱の隅をつついて、有利な条件を引き出すんだよ』

「そ、そうですか……ははは、はは……まあほどほどにしてくださいね。三獣神を敵にしたくはないですし……」

『それよりてめえ、良い目をもってるじゃねえか! オレにくれねえか? タダとは言わねえからさ、国単位で全員を呪い殺す邪剣と引き換えとか、どうだい?』

「いえ、それもちょっと……」


 若干引き気味のスピカの頭に、むにゅっと大きな二つの脂肪が乗る。


「そんなことよりもぉ、そろそろディナーの相談をしましょうよ。ロロナ、せっかくだから陛下からの経費で贅沢したいしぃ~」

「って! 奢ってくれるって、そういう意味だったんですか!?」

「ふふふふ、当たり前でしょう? たとえ尊敬する上司でもぉ? 使えるものは使わないと。それに、陛下のお母さんも一緒に居るんだし、問題ないわよ」


 外道な女性二人を見て。

 はぁ……とスピカは肩を落とす。


 たしかに波長は合うだろうなと呆れつつも、魔導ペンできゅっきゅっきゅ。

 スピカ=コーラルスターは報告書に”当面の危険なし※ただし、要観察”と、ロロナとその裏にいた協力者について記入し。

 夜の街へと繰り出した――。


 ▽少女は三獣神の情報を入手した――。

 勝者たちの軌跡を巡るスピカの旅は、もう少しだけ続く。


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