第017話、ヴェルザの焼き鳥協奏曲【魔猫イエスタデイ】
さすがに街の一角を猛吹雪で覆ったのはまずかったのか。
偉大なる魔猫イエスタデイは現在、囲まれていた。
衛兵というやつである。
襲われていた魔女帽子の娘、キジジ=ジキキが事情を説明しているのだが。
魔猫イエスタデイは退屈そうに、ふわぁぁぁぁぁ……むにゃむにゃ。
蠢く金庫の上に、腰かける形でちょこんと座り。
焼き鳥をガジガジ。
ぬーんとした瞳で、衛兵たちに訴えかける。
『襲われておったのは事実なのだ。なーにをそんなに怖い顔をし、娘に詰問しておるのだ? 我の問いに応えることを許す、答えよ。疾く答えるといいのであーる!』
「え、えーと……その、こちらも混乱しておりまして」
『ふむ、まあいたしかたない、我もこの辺り一帯を吹雪で埋めたのは、まあちぃとばかりやり過ぎであったかな~、と思わんでもないのだ。で、なぜ汝らはキジジ=ジキキを拘束しようとしておる』
衛兵ではなくキジジ=ジキキ本人が、自らの頬に細い手を当て。
「経緯はどうあれ、わたしがあなたに要請し……その、ダインさんを殺してしまったのは事実ですから、何のお咎めもなし、というわけにはいかないのでしょう」
『殺しておらんぞ?』
カーッカッカッカ! と、金庫をベシベシ叩いて魔猫スマイル。
その口も頬も、自慢げに膨らんでいる。
衛兵が言う。
「中に、あのダインの首が……生きたままあるというのは本当なのですか」
『衛兵よ。なぜ術者ではなく娘に聞く?』
「え?」
『ネコ差別であるか?』
「い、いえ! けしてそういうことでは!」
ネコに詰め寄られるのは人生で初めてなのだろう。
衛兵はすっかりしどろもどろになっている。
『我が獅子やら、老賢獣マンティコアや、それこそ龍の姿であったなら、へへーっと頭を下げて聞いておったのであろう!? まったく、人間という種族は、これだからすぐにネコ差別をしおって。そういう部分は昔からまぁぁぁぁぁったく変わっとらんな!』
ジト目の魔猫に、キジジ=ジキキは困った顔をしつつ。
「あ、あの……おそらく本当に混乱しているんだと思います……なにしろダインさんが使っていたスキルも、あなたの魔術も未知。そして、あそこには首がなくなった冒険者殺しの死体に、周囲は猛吹雪。更に、あなたが椅子にしてベコベコ叩いて遊んでいるその中には、アレの首……」
ふぅ……とキジジ=ジキキは言葉を区切り。
「わたしも、自分で見て経験していなかったら、絶対に信じないと思いますよ……?」
『ログに残っておるのだろう? 我は聞いたぞ、ログ、記録クリスタルを装備した状態ならば周囲全ての情報が文字となって記録されているとな! 娘よ、さきほどもログを見ていただろう。おぬしが襲われた部分を提示すれば解決するのではないか?』
「ジャッカルの猛襲という未知のスキルを受けた影響で、その部分のログが欠けてしまっているのです」
言って、大きな魔女帽子の少し垂れた部分からログを投射。
エラーとなっている部分があると、目視できる形で提示してみせる。
衛兵が言う。
「魔猫さん……えーと」
『イエスタデイである。皆は種族名を合わせ、魔猫イエスタデイ様と呼んでおるかな』
「では、魔猫イエスタデイさん。あなたにも少しお聞きしたいのですが――」
呼ばれてもイエスタデイは、つーん。
我、知りませんよ~と知らん顔。
タヌキのようなモフモフしっぽが左右に揺れる。
「衛兵さん……たぶん、様が抜けているからかと」
「な、なるほど――魔猫イエスタデイ様、あなたからも話をお聞きしたいのですが」
『あいにくと、我、この街の人間をあまり信用しておらんのでな。そうさのう、見知らぬ人にものを頼むには、はて、人間の間ではなにをするのであろうか? 我はネコゆえ、わからぬのう~♪』
魔猫イエスタデイが肉球で指さすのは、焼き鳥の露店。
「あの露店の焼き鳥があれば」
『いかにも、我が口も多少は軽くなろうて』
タコを擬人化したような焼き鳥露店の店主は、売り切ったので店じまい。
片づけの最中。
疫病から救ってもらいつつも、たたき起こされ、焼き鳥を作るのじゃ! と、脅された店主がビクりとその背を揺らしている。
「も、もう勘弁してくれよ! しっし……って追い払ったことは、あ、謝っただろう!?」
『なーにをいうか! 人間族とは我らネコへの奉仕生物であると、我が友も言っておったぞ? あ、やーきとり! やーきとり! やきとりが食べたいのう~!』
「オ、オレは犬派なんだ……っ」
焼き鳥ダンスが止まる。
敵である、と魔猫イエスタデイがムゥ……っと呟く中。
キジジ=ジキキが言う。
「店主さん、お願いできませんか? それに……話を聞く限り、あなたは魔猫イエスタデイ様に疫病から助けられたのでしょう? その恩は返すべきだと、わたしは思いますよ」
「もう返したんだよ! お、オレだって! ちゃんと最初は本当に恩を感じてニコニコ笑顔で焼き鳥を作ったさ! だけどな! そのネコは、無尽蔵に喰っちまう。しかも、材料がなくなったら自分で用意して切り刻んで、在庫の亜空間に無理やり詰め込んできてっ。我、ヤキトリが食べたいのう~って、耳もとで延々と呪いみたいに囁き続けるんだぞ!?」
ガタガタと震えながら店主が続ける。
「眠っても気絶しても、夢の中にまで入ってきて。疲れたのなら回復をしてやる、ほれ、全回復だ、ところで我、ヤキトリ食べたいの~って、あぁああああああああぁぁぁぁあぁぁ! オレがもう何千本の無限焼き鳥を作ったと思ってるんだっ」
「あら、そ、それは……たしかに、ちょっとだけ疲れてしまうかもしれませんわね」
『なるほど、ちょっと疲れてしまったか、許す。ではまた明日な』
ちょっと? また明日?
衛兵たちがざわざわとしているが、魔猫イエスタデイは構わず。
『おう、そうだ! 衛兵どもよ、その雪の下にダインとやらに殺されたヤツの仲間がおる筈だ。そいつらのログを確認すればいいのではないか?』
「この下に、人がいるのですか!?」
チョンチョンと肉球で雪を指し。
『そこに崩れた壁があるだろう。おそらくその下あたりにな――猛吹雪の魔術であるからして、埋もれてしまうのも仕方あるまい?』
「な、なるほど――しかし……もし初めから襲うつもりだったのなら、わざわざ証拠を残すログを装備していたかどうかは」
『ふむ……、しかしこういう手合いは、後でそのログを眺め楽しむものなのではないか? ある意味で戦利品と言えようしな。まあ、掘ってみればよかろうて。新鮮な死体さえ発掘できれば、我に良い手もあるのでな! さあ掘れ! ここ掘れ、ニャンニャンニャン! 人間よ! 我の前で、疾く、働くと良いのだ!』
後半はともかく、前半は存外に賢い意見をいうネコだと、衛兵たちは頷き。
衛兵と魔女は発掘作業を開始した。
◇
死体は発掘された。
記録クリスタルも発見されたが、残念ながらログは消失していた。
冒険者殺しダインに殺された影響だろう。
ログはない、あったのは死体だけ。
しかし、翌日の事だった。
現場にいた者達の証言を元に、ギルドからは一つの発表がなされた。
冒険者殺しダインの強制除名。
罪状もやはり、冒険者殺し。
同時に、女盗賊メザイアの無実も証明されることとなった。
証言があったのである。
証言したのは、冒険者殺しダインの仲間たち。
なぜか彼らは心を入れ替えたように反省し、全てを自供したというのだ。
その首や胸板に、鋭い傷跡を残しながら――。
疫病で沈む街でさえも、その噂は駆け巡っていた。
よほど恨まれていたのだろう。ようやく、あの男の罪が暴かれた。
皆は歓喜した。
しかし、それだけではない。噂には尾ひれがついていた。
衛兵を観察していた通行人が見たのだという。
目撃者は皆に言った。
ありゃあ奇跡だね。
証言者どもは、ほとんど死んでいるようにしか見えなかった。
だがな、動かぬ彼らに何かが近づき、気付いたらヤツらは立ち上がっていた。
ありゃあまちがいない、奇跡の御手で誰かが治療したのさ。
そして最後にこう言った。
あれは間違いない、蘇生魔術だ。
その使い手は――ネコ。
白いふわふわ毛布にココアを垂らしたような毛並みの、黒足袋を履いたような足の魔猫だった。
――と。
蘇生と言われると、皆は半信半疑になる。
しかし。
誰かが言った。
おそらく、蘇生に見えるほどの回復魔術だろう。
マギ様以上の、凄腕のヒーラーがいるのではないか。
ならば、この疫病も治してくれるのでは?
街にはそんな、隠しきれない歓喜の声が徐々に膨れ上がりつつあった。
しかし、街の人々は知らない。
既に、そのヒーラー魔猫はモフ毛を、つーん。
街への好感度が、下がりきった後だという事を。
今宵もヴェルザの街に、焼き鳥露店店主の魔猫悪夢による悲鳴が響く。




