第168話、英雄魔王(アルバートン)の一撃【静謐の祭壇】
【SIDE:今を生きる者達】
全滅した不老不死能力者の三人が、幼女教皇マギによる上位治療を受ける中。
賢人は集いてログを確認していた。
饕餮ヒツジが言う。
『この世界の核、魔猫を守りし羊飼いの像に近づくとボスであるあの方が反応。攻撃態勢に入り――戦闘開始とほぼ同時にフィールド全体に強烈なデバフと全範囲全属性攻撃を放ってくる……と。無茶苦茶ですメェ』
「おそらく性質としては宝を守るゴーレムに近いのでしょうね」
『像に近づくまでは反応しないでしょうしね。つまりは、戦闘開始前にバフを重ね掛けできるということではありますが。ふむ……』
羊と戦術師は考え込み。
『おんやぁ? アキレスさん? 攻撃の一発も当てなかったので?』
「ああん? ログみりゃ分かるだろう! 近づくこともできずに全範囲、全属性攻撃を受けてそのまま全滅だバカ野郎め!」
『ウメメメ、ウエメメメメェェェ! 旧人類最速であるにもかかわらず? 一発も当てられなかったのですか! おやおや、だからそのように拗ねていらっしゃると? 愉快ですねえ、愉悦ですねえ! その顔が見たかった!』
自信過剰な強者があっさりとやられ、心底落ち込んでいる姿を極上のショーとばかりに本気で喜ぶ饕餮ヒツジ。
その頭に、バサっと朱雀の翼チョップが直撃する。
『悪辣なる羊よ、笑い事ではないだろう』
「まったくだ、饕餮ヒツジよ――きさま、ナウナウ様に役立たずと判定されたらどうするつもりなのだ?」
朱雀シャシャと殺戮令嬢クローディアの説教コンビに詰め寄られても、饕餮ヒツジはなんのその。
『わたくしは調理長としての立場がありますゆえ、ご心配なく。あなたがたが敗北して世界が終わったとしても、問題ないのですよ』
「そうは言うがのう、饕餮ヒツジよ」
『なんですか、幼女マギ』
「ナウナウ様は愛らしいフォルムとは裏腹に、こうなんというかじゃ……ああみえて結構強欲であろう? 巫女で聖女な属性も持つ妾の神託によるとじゃ。おそらく、盤上遊戯が終わるとなったらその後、一生、宇宙そのものが終わるまで延々と言われ続けるとでておるんじゃが……どうなのじゃ?」
饕餮ヒツジは口元に手を当て考え、頬をヒクヒクっとさせ。
『さあ! みなさん! 敗北に落ち込んでいる暇はありませんよ!』
「茶番はいいが、本当にアレに勝てるのか?」
声を上げたのは騎士団や魔王軍といった、軍属の部下たち全てを統率している猛将マイアである。
軍人としての凛々しい顔で、事実や現実的な問題を指摘するようにログを眺め。
「近づく前にこちらは強化の猶予がある。それは今回の調査で得た大きな収穫だ。しかし同時に近づいた後の絶望的な状況も把握できてしまった――全属性攻撃を防ぐのは不可能に近い、最低でも全属性に対する耐性や結界を同時に張る必要があるという事だ。それも相手はイエスタデイ=ワンス=モア様。その攻撃出力を防げる結界となると……」
『その辺りはガイア=ルル=ガイアたちを中心とした職人たちの腕次第、といったところでしょうね。向こうのダンジョン塔から職人を再度呼び戻すしかないかと』
「装備で補うと?」
『我らがレイニザード帝国の職人を甘く見ないで貰いたい――と、なんですか、そのニヤニヤ顔は』
猛将マイアは悪魔羊を眺め、眉を下げていたのだ。
「いや、貴殿は元は悪魔であるにもかかわらず、人間の国に対し”我らが”と同族意識を持っている。それがよほど我ら魔族よりも、協調性を持ち合わせた点だと感心していただけだ。気にするな」
『当然でしょう。あの国はわたくしが育てて、わたくしが勝利に導いた地域。それはつまり、わたくしの配下でありましょう?』
饕餮ヒツジの瞳は語っていた。
あれはわたくしのおもちゃ箱です、と。
主人ナウナウとそっくりな性質を読み取った者は数名。
マイアが言う。
「……。悪魔に期待したこちらが愚かであったようだな、忘れてくれ」
『さて、冗談はそれくらいにして――申し訳ありませんが不老不死の方々。どなたでもいいので一発あれに攻撃を命中させてきてくれませんか? 防御の方法をいくら考えていても攻撃方法を探っていない状態では勝ち目はありませんので』
『では僕が行きましょう』
名乗りを上げたのは、既に幼女教皇マギによる治癒と、自己回復とで完全に回復している魔王、アルバートン=アル=カイトス。
まだ完治とは至っていないアキレスが眉間に小さな皴を刻む。
「いやいや、待て待て。こっちももうすぐ回復するからよ、一人でアレに攻撃を当てられるのか? っつー話なんだが」
『僕一人の力では難しいですが、強化を掛ける時間はありますからね。四天王を扉の近くで待機させ、強化魔術を貰い、僕が突入したら離脱。本番の練習を兼ねて一発攻撃をあてるというのはどうでしょう?』
戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャは手袋を顎に当て考え。
「可能ならばお願いしたいのですが――、敗北した後、一人で戻ってこられますか?」
その問いに答えたのは魔王ではなくその配下の男。
ビスス=アビススだった。
「なら、オレが途中までは同行します陛下。オレの魔導石板魔術ならば、遠距離からでの回収が可能でしょうから。嬢ちゃん……スピカ=コーラルスターの目を借りれば、おそらくは――」
「失礼ですが、あなたの魔術特性は――」
魔族の中ではビスス=アビススの実力と、ジャッカルの顔に似合わぬ好漢ぶりは有名。だが、まだ日の浅い人間たちには伝わっていない。
戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャはいつものように、自らは把握していても、あえて聞くことで皆に周知させようとしているのだろう。
「簡単に言っちまうと――異世界で使われていた言語、神聖文字で作り出した文章を再現する魔術だ。まあ実は制限もかなり多いんだが、仲間の回収が遠距離からできることは確認済みだからな」
「試していただいても?」
「無論だ。まあ見てな」
ビスス=アビススは獣毛に魔力を纏わせ、石板を浮かべ。
文字を刻んで文章を構築。
遠く離れた場所で人間を揶揄っていた拷問拳闘家のロロナを回収してみせた。
ロロナの抗議を無視し、こんなもんだと肩を竦めてみせる部下に魔王が言う。
『ビスス=アビスス、頼めますか?』
「陛下の御心のままに――」
頭を下げるアヌビス族の魔族ビスス=アビススは忠臣の顔である。
かくして――調査は第二段階。
職人たちを呼び寄せ、代わりに向こうのボスを封じる結界を維持する人員を補給。
饕餮ヒツジの指揮による速度上昇、職人たちを束ねるまでに成長したガイア=ルル=ガイアの職人統率スキルも受け――終焉スキル保持者が装備を超高速で作成する裏。
魔王による単騎攻撃が開始されたのだった。
◇
シュンシュンシュンと音が鳴る。
魔術による強化の音だった。
ログにも強化情報が、山ほどに流れていく。
《身体強化》。
《魔力強化》。
《食肉化耐性向上》など、エトセトラ。
強化を無数に受けた魔王アルバートン=アル=カイトス。
少年だった神秘的な美貌王は、扉の奥。
カチャリと、短刀を二刀流にして息を整える。
像の前にあるのは、夜空の如き広く大きな黒い靄。
レベル差がありすぎて正体が判明できない、ナニかがそこにある。
ただ状況的に正体は判明している。
あれこそがイエスタデイ=ワンス=モア。
その魂である。
『どうやらやはり、扉の外からでもこの位置なら――ギリギリ強化が届くようですね。っと……こちらの声はやはり届いていませんか。コーラルスターさん、聞こえていますか?』
人間としては最高峰の実力者。
狩人であり炎熱魔術師であるスピカ=コーラルスターならば、通信も可能ではないかと戦術師たちは計算していたのだが。
少女の声が、遅れてやってくる。
「はい……自分のスキルなら、なんとか――ちょっと、そちらの声には、ノイズがはしってい、ます、が。聞こえています」
『素晴らしいですね。こちらの声も、そちらの声も行き来ができる。人の身でここまでの能力を身に付けていること、尊敬に値しますよ』
少しのラグがあるが、やはり通信は可能。
「褒めていただけるのは、嬉しいですが。過剰はやめて、くださいね。魔王軍の、女性陣に、めちゃくちゃ睨まれちゃってますから。面倒なのは、ごめんなので」
『はは、すみません』
「しかし、不思議ですね。魔族の王であるあなたと、ただの家出娘である自分が、こうして普通に話している……つい最近までは、信じられなかった関係です」
一度、言葉を考えたのだろう。
声がしばらく途切れて、続いてやってくる。
「人間と魔族のこの関係が、いつまでも続くといいのですが――」
『しばらくはきっと、大丈夫ですよ。少なくとも、あなたが存命の内は』
「けれど、自分のその、子供ができたりして、その子供の、子供の、子供の……ずっと先は、分からないですから。それって、少し、悲しいじゃないですか。自分たちはこうして、種族間のわだかまりや、昔の諍いがあっても……共闘しているのに」
そう、そのいつかは絶対にやってくる。
魔王が言う。
『だから、僕たちはこの日の戦いを後世に語り継ぐんです。誰かがログで言っていましたが――いつかこの戦いが史実になり物語になって、御伽噺になって……本当にあったかどうかも分からない、神話になっても。僕たちが協力できたという記録は残ります。この思いと団結を確実に後世に残し、歴史の教訓とするのです――人間と魔族が争う世に戻ったその時に、僕たちが生きているのはこの日の団結のおかげであったと、思い出して貰えるように』
魔王の言葉はスピカ=コーラルスターの耳と目を通じて、皆にも通じている。
それを知ってか知らずか、魔王は言った。
『僕は昔、この世界が嫌いでした。でも、今は――そこまで嫌いではありません。いえ、嫌いではないと思っている時点できっと、好きになり始めているのでしょうね。僕は……自分が正しい生き方をしたとは思っていません、間違いだらけの道を歩んでいたのかもしれません。けれど、過去の失敗に圧し潰されるほど弱くはない。変ですね、世界の終わりを間近としているのに楽しいんです。とても、楽しいのです。皆が協力して、こうして力を合わせて強大な存在と戦っていることを、誇らしい事だと感じているんです』
「魔王さん……」
『種族の垣根を超えよ、協力せよ、生きたければ、足掻け。命を繋げ神を退けよ――或いはそれが、イエスタデイ=ワンス=モア様の御意思なのかもしれませんね』
フロアの奥。
魔王の言葉に、エリアボス:イエスタデイ=ワンス=モアが反応する。
夜空そのもののような黒い靄が、わずかに瞳を開けたのだ。
亀裂のような瞳は、ただただ赤かった。
ログに表示されるその種族名は――主神。
世界を支える神の印。
主神イエスタデイ=ワンス=モアの言葉にもならぬ咆哮が、盤上遊戯に響き渡る。
『BUNYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
『守ります、この世界を、あなたたちを――僕を慕ってくれている魔族も、かつて袂を分かった人間も全て』
守ってみせます――と。
告げる魔王の身体が淡く輝きだす。
それは信仰の光。
心の光。
魔力の源は心。魔王を慕い、魔王を認めた者達の心が魔王アルバートン=アル=カイトスという存在を強化しているのである。
その姿は魔王でありながらも、まさしく勇者。
『行きます――!』
魔王は――駆けた。
アキレスよりも早く、誰よりも早く――。
その姿はかつて、町を駆けた英雄少年と酷似している。
魔導ではなく、物理を主体とした魔王の攻撃は開始された――。
同時に敵の攻撃。
全範囲、全属性攻撃の光が放たれる。
無数のバフを受けた魔王はそれでも駆ける。
目的は攻撃を一度でも当てること。
装備は溶けかけ、バフは既に剥がれかけている。けれど、まだ全属性攻撃には耐えられている。それはバフを一点に集中させている影響もあるだろう。
魔王ほどの実力者ならば、バフを受ければ一定期間は耐えられるという証拠。
新しく得られた情報でもあった。
手にする短刀は鍛冶師の終焉スキル保有者から授かった、一流品である。だがあくまでも一流品であって、超一流品ではない。武器を作る前に、試作段階で作られたモノに過ぎない。
けれど達人の腕に装備されれば、十分な威力を発揮する。
その斬撃が、空を切る。
魔王の刃は出現したエリアボス:主神イエスタデイ=ワンス=モアの爪に直撃。その禍々しい神の爪を、僅かに削って弾いていた。
続けざまに魔王は短刀で刻んだ魔法陣を発動。
『《破滅の黒》よ――、お願いします!』
複雑怪奇な魔術文字を刻む十重の魔法陣が広がり――。
けたたましい音を立て回転していた。
回転する魔法陣から放出されたのは、破壊のエネルギーを含んだ黒い衝撃波。
ナウナウが放った《破滅の衝撃》を闇の魔術属性に変換した、純粋に破壊力を追求した、超威力の直線状攻撃である。
元は四星獣ナウナウの技の一つ。
神技といっても過言ではないだろう。
さしもの主神も同族の技には耐性が薄いのか――攻撃は直撃していた。
イエスタデイ=ワンス=モアの身体がのけぞり、その正体を映し出す。
やはりそれは魔性となった神、見た目はとてつもなく大きなケモノだった。
ケモノとしか形容できない、悍ましき神獣が唸っているのだ。
だが、得られた情報はそれだけではない。
攻撃は――通じていた。




