第016話、▽イベントアイテム。【SIDE:魔女姫キジジ=ジキキ】
【SIDE:魔女姫キジジ=ジキキ】
目を開けていられないほどの猛吹雪が、ヴェルザの街の一角を襲う。
狭い路地裏に轟くのは魔術による、けたたましい音。
雷を纏った猛吹雪が吹き荒ぶ。
それは――悪漢に襲われていたキジジ=ジキキを救う、ネコ肉球より放たれた未知の魔術。
続いてキジジ=ジキキは音を聞いた。
筋肉の塊のような男達が、吹き飛ばされる音だった。
女の体は解放されていた。
覆い被さっていた男たちが吹き飛んでいるうちに、彼女の身は転移。
回収されていたのだ。
キジジ=ジキキが気づいた時には、少し離れた場所。
周囲が分厚い何かで守られている。
結界だ。
結界の外では猛吹雪が続いているにもかかわらず、寒さはない。
鑑定不能な防御結界に困惑しながらも、衣服を慌てて直す彼女。
尻もちをつく形で地に伏す彼女の目に入ってきたのは――獣毛。
もふもふだった。
術者は白毛布の中心に、ココアを零したような顔の丸いネコ。
魔猫イエスタデイ。
ニョコニョコニョコと、路地裏を歩く肉球音がして。
その焼き鳥を銜えた丸い口が、クッチャクッチャ。
魔力翻訳による声を出す。
『どーしてもヤキトリが食べたくてやってきてみれば、この騒ぎ。一体、なにがあったというのであるか。良い、許す。我に説明する権利をお前たちにくれてやろう』
偶然の再会は、突然だった。
猛吹雪に圧され、壁に突き刺さった外道たちを警戒しつつ。
キジジ=ジキキが声を張り上げる。
「魔猫様? どうしてあなたが、ここに……! アポロシスの街にいたのでは!?」
『おう、アポロシスの街にいた魔女帽子の娘か。それはこちらのセリフである。どうしたのだ、こんなところで――? 我は、言った通り焼き鳥が食べたくなったのでな! 店主だけを叩き起こし治療し、焼き鳥露店の営業を再開せよと、説得しただけであるが』
「え、いや。だって……アポロシスの街にいらっしゃったのですよね?」
『おう、それがどうしたのだ?』
価値観が違うのだろう。
一瞬で、街を渡っていることへの驚愕を理解していないようだ。
この反応は紛れもなく上位存在。
キジジ=ジキキはこの魔猫が明らかに異質な存在だと確信しつつ。
破れかけた服を抱き寄せながら、立ち上がる。
「あ、いえ――と、とにかく! 助かりました。このお礼は後ほど――そして申し訳ありません。この男達を取り押さえるのに協力していただけませんか!? この者達は危険です。ここで確実に確保したいのです!」
『と、言われてものう。理由が分からねば――』
「この男はダイン! 女盗賊メザイアさんを殺そうとした、あのダインなのです! わたしも襲われ、殺されそうになりました。どうか、このキジジ=ジキキをお信じ下さい!」
ダインと聞き、魔猫の瞳がつぅっと締まっていく。
『ほう、思いだしたわ。あの男か――』
魔猫イエスタデイは結界を維持したまま、ふわっとした首周りでモフモフと振り返り。
壁に刺さる男達に目をやった。
悪漢たちが路地裏の壁にめり込む形で圧迫される、その中。
冒険者殺しダインだけは、吹き飛んでいない。
猛吹雪と共に襲う雷を受けても、持ちこたえていた。
その巨体に見合った大きな口が、誰何の罵声を吐き散らす。
「ああぁあああぁぁああ! な、なんだ、これは……っ!? おれ様の狩りを邪魔しやがるとは、どこのバカ野郎だっ!」
『この猛吹雪の中で立っていられるとは、なるほど――冒険者を殺しているだけはあるということか』
「てめえかっ、てめえがおれの楽しい時間を邪魔してくれたのか!?」
いきり立つ男と、冷静な魔猫。
しかし、男の怒気はブラフだったのか。
その行動は存外に冷静だった。
魔猫のステータス情報を見ようと鑑定アイテムを発動させていたのだ。
未知の敵を前にした際の定石である。
魔法瓶が破裂する。
ダインが使用したのは上級鑑定魔道具”鬼天竺鼠の唾液瓶”。
ダンジョン塔の中層以上から出現するレアアイテム。
現在確認されている魔物ならば、ほぼ全ての情報を詳細に数値化、つまりステータスとして表示する高級品だった。
しかし、おそらくその結果は鑑定エラー。
情報未取得。
魔女姫キジジ=ジキキが見守る中。
目つきを更に鋭く尖らせたダインが、アイテム収納亜空間に手を突き入れる。
戻した時には、血管を浮かべた腕に大剣を握っていた。
「……。てめえ、何者だ――」
冒険者殺し、パニッシャーの男は声の質を変える。
上級冒険者としての鋭い殺意が、ぞっと周囲を威圧し始める。
キジジ=ジキキは、っ……と思わず息を呑んでいた。
それほどの威圧だった。
『人に名を聞く時にはまずは自分から名乗ったらどうであるか、冒険者殺しよ』
「悪いな、おれは殺せねえ可能性のある存在に、名を語る趣味はねえ」
『ほぅ、我が力量の一端を観測できるほどの使い手か、嘆かわしい。それほどの力をなぜ善行とグルメのために使う事ができなんだ』
会話も時間稼ぎ。
断続的にダメージを発生させる猛吹雪の中。
素の体力のみで耐えるダインは、雷耐性を強化する護符を亜空間から取りだし、装備。
壁に刺さっている仲間たちが、大ダメージを受け続け瀕死になりながらも言う。
「あ、あにきぃ! やっちゃってくださいよ! そいつっ、メザイアを連れてった、あの魔猫でさぁ!」
「さっすが、オレたちのダインさん!」
「おうおうてめえら! この人を怒らせちまったな、もう終わりだ! 終わり!」
取り巻き達は親玉がこの魔術を受けても動くことに歓喜。
ダインがふっと喜びの感情を浮かべ。
その口が、意味深に動く。
「なんだおまえら。情けねえ格好だな。でも、ああ良かった。おれのために、生きていてくれたんだな」
「当たり前じゃないっすか!」
「兄貴の部下なんすから!」
男が歩く。
部下の前に立ち。
猛吹雪と雷をレジストし、ダインは筋肉の隆起が目立つ腕を上げ。
「なら、おれのために死んでくれるよな」
ざっ――。
わずかな音だけを立て、大剣を振り下ろしていた。
猛吹雪で白く染まった世界に、鮮血が走る。
「え……っ」
取り巻き連中の乾いた声が、響く。
それは、刎ねられた首から漏れた、最後の息だった。
一人、離れた場所に埋まっていた悪漢が声と喉を震わせ――。
「あ、あにき……、どうして……どうして!?」
「わりぃな、こいつ、やべえ敵だわ。だから、すまん。おまえたちは死ね」
まるで白馬の皇子のように爽やかに笑んだダインが、最後の一人の胸板を突き刺す。
殺戮だった。
一連の流れを見ていたキジジ=ジキキは、恐怖で動けないでいた。
理解ができなかった。
だから、怖い。
けれど魔猫は冷静なまま。
『ふむ――その強さの秘密を我は見たり』
「ほう、何が見えたって」
『魂喰い。魔物が得意とする悍ましき業。エナジードレインの一種、他者を糧とし力とするスキルか。貴様、いままでも冒険者を殺したその魂を喰らい、自らの経験値としておったな』
「人の魂を……っ、経験値に、あなた、正気なの!?」
キジジ=ジキキがますます顔を青くさせる中。
男は酒の席のノリで肩を竦めていた。
「あぁあぁ、おまえらが悪いんだぞ? おれはこいつらを気に入っていたんだぜ、でも、万全を期すのが冒険者殺しの鉄則。だから、ほら。こいつらはおれの経験値となった。うん、ずっと一緒に居られる。なら、問題ねえな!」
『外道めが――少々、不愉快であるな』
冒険者殺しダインはほくそ笑む。
勝つことはできなくとも、時間を稼ぎ、逃げるタイミングは掴める。
そう思ったのだろう。
男は、不敵に。
嗤った。
「我が業を貪り喰らいやがれ。発動せよ、カルマ魔術――!」
カルマ魔術。
魔物魔術とも言われるそれは、カルマと呼ばれる悪行値を一定以上取得したモノだけが扱える特殊魔術。
悪人専用の、忌むべきカテゴリーに属するモノだった。
博識の魔女が叫びをあげる。
「――いけない! 避けて! その男はダンジョンの魔物と同じ魔術を使っています! その魔術も、フロアボスと呼ばれる魔物のリーダー級のモノです!」
「もう、おせえよ――!」
歯茎を覗かせるほどに、ギタリと嗤い。
男が魔術を解き放つ。
”業深き魂喰らいの大罪剣”!
魔法陣と亡者を纏う男の大剣。
その刃が赤黒く染まり、黒いヘドロに似た腕が伸びた。
喰らってきた者達の憎悪が、遠距離攻撃魔術として解き放たれたのだ。
それが戦いの合図。
キジジ=ジキキは思う。
今から始まるのは上級冒険者同士の死闘。
隙を見て、援護をする。
彼女が、脳内で作戦を構築し始めた瞬間。
声がした。
『所詮は借り物の力。未熟者めが――』
ぺち!
音がした。
コミカルな音だった。
どさりと、男の巨体が雪の中に落ちる。
そこに下卑た男の顔は――ない。
血が、周囲を赤く染めていく。
男の顔の前には、ネコの足。
冷たい雪の中で、白毛布にココアを零したような顔のネコを見上げ。
男の首が、息を漏らす。
「な……に、が――」
『まだ殺しはせぬぞ』
声にならない苦悶を浮かべる生首が騒ぐ中。
『死こそが救いと、カエルのように鳴くが良い。その首。そなたを放置した愚か者に見せ、問いかけるまでは――な』
ジャッカルの猛襲で一時的に破壊されていたログに、記録情報が流れだす。
そこにあるのは、恐ろしい文字。
▽魔猫イエスタデイは”生きた冒険者殺しの生首”を手に入れた。
それですべてが終わっていた。
キジジ=ジキキはログを確認する。
そこに答えがあった。
魔猫イエスタデイは、亜空間を通して男の首の後ろにネコ手を出し。
ザシュっと一閃。
肉球でその首を薙いでいたのだ。
そして癒しの力で、その死を食い止め続けているのだろう。
まさに生きた首。
生殺しの刑。
騒ぐ首の口に雷鳴が鳴り続ける雪を積め、魔封じのテープでぐるぐる巻きにし。
金庫の中にイン。
ソレは、まだ中で、首だけとなって生きているのだろう。
バンバンバンと嫌がらせでその金庫を叩きながら、魔猫がブニャハハハハ!
『キジジ=ジキキといったか、そなたは無事であるか?』
「は……はい。あ、ありがとうございます」
呆然と答えた異国の王族の前。
食うか? と。
魔猫は、焼き鳥の包みをにっこりと差し出していた。




