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第015話、対人戦闘【SIDE:魔女姫キジジ=ジキキ】


 【SIDE:魔女姫キジジ=ジキキ】


 壁に追い込まれた路地裏の狂気。

 下卑た男の息が、刃物を押し付けられたキジジ=ジキキの肌を嬲るように触れている。

 ダイン。

 冒険者殺しのその名を聞き、魔女は焦った。


 ――忠告されていたのに……っ。


 ここが宿屋の近くであることには違いはない。

 大声を上げ周囲に気付いて貰う。

 咄嗟の判断が脳裏で構築され、彼女は、雷の魔術を手に纏わせ体術と組み合わせて発動させていた。


「お願いっ、”雷鳴の書よ!”」

「おっと! 天下の往来で攻撃魔術か!?」


 護身術で男の檻の中から抜け出したと同時だった。

 声を風属性の魔術で増幅し――。


「あなたが冒険者殺し……っ! 誰かぁあああぁぁぁ! 誰かぁぁぁ、助けて下さい……っ!」

「それはこの街では禁句だ。覚えときな、おバカな魔女さんよ!」


 逃げる女と追う男。

 この街では本当によくある路地裏の逃亡劇。

 大きな魔女帽子を揺らし駆ける魔女。

 その鼻孔に、酒の異臭が通り過ぎる。


 後ろで追っていた筈の男が、すぐ目の前。

 理解できずに、唇が動いていた。


「え!?」

「いい顔だ! これが”冒険者殺し(パニッシャー)”のスキル、”ハイエナの微笑”ってやつだよっ。ターゲットを追い続け、即座に近くの座標に出現できる雑魚狩り用の最強スキル。まあ、おれに狙われたヤツは全員死んじまうから! このスキルも誰も知らないままになるんだがなぁ!」


 特殊職業:冒険者殺し。

 パニッシャー。

 一定数以上の、同族や同業者を殺した者だけが就くことのできる隠し職業。

 ギルドでも存在を認識されていない、一見すると戦士にしか見えない忌むべきクラスであった。


 異国の大陸の王族であり、知識溢れる彼女は”博識”の称号取得者。

 そんな恐ろしき職業の噂だけは知っていた。


 ――まさか、本当に実在していたなんて……っ。どうしましょう、どうしましょうっ。


 狼狽する女を追いこみ、楽しむように足音が鳴る。

 逃げた先に、常に男がいる。

 それはまさしく、ハイエナの微笑。


 巨体を震わせた男は、筋肉質な腕を広げ。


「さあ! 逃げろよ! 楽しませろよ! 獲物が減っちまって、ぜんぜん、楽しめなかったんだよおぉおおおぉ! はは! 怯えた雑魚を殺すってのは、最高だぜ!」


 逃げた先に、また男がいる。

 先ほどの声に反応してくれる者はいない。

 それはこの街の治安が悪いからだけではない。


「秘密保持の結界を……悪用していますねっ」

「よく気が付く姉ちゃんだ。ああ、おれの部下どもが周囲に結界を張っている。口うるせえ怪力娘、リリカに不正を暴かれ追放されたギルドスタッフを拾ってやったんだ。おれ、優しいだろう?」


 既に状況は非常に危険だ。

 人間相手に攻撃魔術をためらう――そんな感覚を今だけは捨てたのだろう。

 仰々しい王族の魔導書を亜空間から召喚し。

 魔力を纏い浮かべたキジジ=ジキキは息を吐く。


 その口が開始したのは、高速詠唱。

 魔女服の裾が、ブワっと広がる。


「聞け! これは蛮行を滅す、神の鉄槌。大地集う所に、天暗き――」

「おっと! させねえよ!」


 慌てて詠唱を開始するも。

 遅かった。

 冒険者殺しのスキル”ジャッカルの猛襲”が発動される。


「……っ!?」

おせえなあ! スペルキャスターってやつは!」


 ジャッカルの猛襲、その効果をキジジ=ジキキは知らない。

 慌ててログを確認しようとするも、ログが割れている。

 詠唱途中だった魔力も散っていた。


「ジャッカルの猛襲は、いいスキルだぜぇ? ログ破壊と同時に、面倒な詠唱者の詠唱も発動前なら全部破棄できちまう。これで、おらぁ、何人もの女魔術師を屠ってきた、あぁ、その顔、いいなあ! もっとだ、もっと見せろ! 詠唱を封じられる女魔術師の顔ってのは、最高だあぁあああっぁぁ……」


 それは掠れた歓喜の声。

 絶頂を辿るように、冒険者殺しダインは口を黒く染めていた。

 それでもキジジ=ジキキは諦めない。


「疾風迅雷、加護を我が手に!」

「ああん? 絶望しねえのかよ、つまらねえなあ……」


 雷を纏わせた女の手刀は、相手の短刀に防がれる。

 それは経験の差だったのか。

 返す刀で魔導書を壁に串刺しにされ――そして、女の口が、下卑た男の手に覆われる。


「ぐ……っ――!」

「はい、魔術妨害成功っと、楽勝だな」


 一瞬だけ。

 意識が暗転した。


 キジジ=ジキキの視界が歪む。

 硬く、巨大な腕に口をふさがれ、床へと、背を叩きつけられていたのだ。

 しかし、彼女の視線は、男の蛮行をキッと睨みつけていた。


「気丈だな。嫌いじゃねえぜ、そういうのは! たまんねえなあ! なあ! おまえたち! こんな女を抱けちまうなんて、疫病で倒れていたオレたちへのご褒美なんじゃねえか!」

「へい、ダインの兄貴の日ごろの行いがいいからに、決まってるじゃないっすかあ!」


 続々と、悪漢たちがやってくる。

 秘密保持の結界を張っていた元ギルドスタッフだろう。


 男が馬乗りになる。

 路地裏の薄明りの中で、ダインと名乗った男は無意味に綺麗な白い歯を覗かせ。

 黒く、笑っていた。


「いい女だ、目が気に入った。しばらく遊んでやるよ、なあいいだろう! ――だが、オレを恨むのは筋違いだぜ? 一人でついてきた、自分の間抜けさを恨むんだな、箱入り娘!」

「――……っ!」


 声なき悲鳴が、路地裏に響く。


 男の手が、伸びてくる。

 子分なのだろう、路地裏から出てきた男たちが、女の腕を掴み、押さえていた。

 肌の肉感を辿り、蛇のように蠢くのはダインの指だろう。


 女の体をまさぐろうと、汚い指を、肉体に這わせ始める。


 魔女は思う。


 絶体絶命だった。

 こうして何人もの女性が、この男の毒牙にかかっていたのだろう。

 おそらく、この後、口封じに……殺される。


 なんとしてでも、詠唱をしなくては。

 その気力を奪うように、男の拳が女の頬を殴打していた。

 意識が飛びかける。


 ――ぁぁ、これは……ダメかもしれない。


 しかし彼女はそれでもあきらめていなかった。涙を浮かべながらも、機会を探る彼女。

 その視線が、逃げ道を探し、表の光を眺めた――。


 あの先は、表通りである。

 売り切れてしまった、焼き鳥がある場所。

 掴まれた女の手が、伸びる。


 ――こんなことなら……。

 最後に、食べておけば良かった。


 助けてと、声なき声で、指を限界まで伸ばした――。


 その時だった。

 何かと、目が合った。

 青い瞳の、何かと――。


 次の瞬間。

 焼き鳥ダレの香りと共に――。

 朗々たる、声が響いた。


『ウェンディゴの楔。戒めの氷雪。我らは汝らに問いかけよう。カルマ低き者を拘束せよ――《猛きイタクァの(うにゃにゃ・ぶにゃ・)外なる雷風(ぶにゃんにゃ)》!』


 未知の魔術。

 雷を纏った猛吹雪が、破壊力を持つ吹きすさぶ嵐となり。

 路地裏を駆けていた!



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― 新着の感想 ―
[一言] イエスタえもん!! 良かった間に合った!ダイン終了のお知らせ!! どんなお仕置きされるのかなぁ、ネズミにして食べちゃう?それとも焼鳥? でもこんなん食ったら腹壊すか……
[良い点] あ!救世にゃんこ現るだ!(≧▽≦) [一言] 悪霊退散ならぬ悪漢退散!ですね(´▽`) ナイスタイミングです。イエスタデイ様(^▽^)
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