第148話、ぼくのだいすきなおもちゃ箱【静謐の祭壇】
◆◆【SIDE:童話書、大魔王ケトス】◆◆
巨大熊猫とナマズの頭装備をした短足猫。
そして、玉座に座る偉そうな太々しい猫。
異界の魔猫と四星獣。
星を降らせる最強魔術を自分の遊具に変換したパンダ、現在を司るナウナウは言いました。
『ねえねえ、君たちさ~。どうして~、戦っているのかな~?』
問いかけられた魔猫達は顔を見合わせ。
『ふ、愚問であるな』
『そうだね、何をいまさらそんなことを――』
大王と大魔王は言って、言葉を詰まらせ。
二柱はヒソヒソヒソ。
二匹のネコのしっぽが揺れています。
『そういえば……ワタシとキミはどうして戦っていたんだっけ?』
『なにをいうか、それはぬしがイエスタデイを直接……ちょくせつ……んぬ? そういえば、別に止めるとは……』
『ああ、言っていないし、ワタシにその気はなかったんだけど……』
『ではなにゆえ、戦いを継続したのだ?』
『そりゃあ……ノリというか……』
そう、大魔王ケトスはただ様子を見に来ただけ。直接乗り込んで、イエスタデイ=ワンス=モアと話をして今後どう動くかを決めようとしていただけです。
彼らが戦う理由など、あくまでも今はなかったのです。
ナウナウが言いました。
『ねえ~? なんで、なんで~?』
神の領域で戦っていた魔猫二柱は頷き。
ムルジル=ガダンガダン大王は、ガハハハハと豪胆に嗤います。
『笑止! ダンジョン最奥に入り込んできた存在を歓迎するのはダンジョンを経営する者の務め。イエスタデイが動かぬ以上、余が歓迎するしかあるまい?』
『ああ、ワタシがいきなり全ての過程を無視して突入した、それを大王は阻んだわけだ』
『つまりは、これは必要な戦いであった。よいな? ナウナウよ。あの元気なのは微笑ましいが、少々ルールに口うるさい小娘にチクるでないぞ?』
大魔王は、これ、たぶん童話として向こうには筒抜けになっているんだけど……まあいいや。
と思いながらも、素知らぬ顔です。
ナウナウが天体球を転がしながら、丸い耳を膨らませニッコリと言います。
『ともかく~、ケンカは駄目だよ~』
『これは喧嘩とは違うだろうけれど……そうだね、まあ興も削がれた。今回はここまでにしておこう』
言って、大魔王が玉座と王冠とマント。
そして煌々と輝く猫目石の魔杖を封印しながら肉球を鳴らします。
すると不思議なことに、ムルジル=ガダンガダン大王が消費していた財宝が復元されています。大魔王がなんらかの魔術、あるいは、手持ちの金銭で大王の失った財の補填を行っていたのです。
ムルジル大王もナウナウも、一瞬だけ獣毛を毛羽立てさせました。
あれはムルジル大王が何度も繰り返す盤上遊戯のなかで貯めた、大事な財宝です。全てを消費したわけではありませんが、戦いの中でだいぶ消費していました。本当に、本当に長い時間貯めた、富だったのです。
それを一瞬で回復させたのですから。
魔術だとしても、財産だったとしても異常です。
ナウナウが白黒の毛並みを黒く染めて――。
言いました。
『それで~、大魔王~。君は~、どっちにつくつもりなんだい~?』
『どちらもこちらもないさ。ワタシはただ、あの子が無事ならばそれでいい。世界が終わるのなら終わる前に連れ出すし、終わらないのならしばらくはこの世界で遊んでいく。そんな感じかな』
『本当に~?』
ナウナウは食い下がります。
大魔王は猫の耳と眉を下げて、苦笑してみせます。
『ワタシにとってこの世界はただ愛しいあの子が生まれ変わるための世界。盤上遊戯自体に思い入れはないよ』
『本当に~?』
『……なにがいいたいのかな?』
『君自体に思い入れがなくても~、たとえば~、君のご主人様にイエスタデイの事を助けてやって欲しいとか~。お願いされていたりしていないのかな~?』
ナウナウが大魔王に顔を近づけます。
黒い縁取りのせいで笑っているように見えます。
けれど――よく見ると全然ニッコリしていないパンダの細い瞳が、ニィっと開かれていました。
『僕はね~、今回の件は~。人間や魔族や僕たちの眷属自身で~、解決するべきなんじゃないかな~って、そう思ってるんだ~。もちろん~、力は貸すけど~、僕たちが直接戦うのは~、違うんじゃないかな~?』
『うぬぅ? ナウナウよ、何が言いたいのだ?』
『ムルジル大王も~、別にこの世界が滅んで欲しいわけじゃないんでしょ~?』
問われた大王は財宝の上に座り直しました。
ちょこんと短い脚を伸ばして気分を整えるために、くわぁぁぁっと大あくび。
肉球でクイクイと頬を掻きながら言います。
『それはまあのう。だが、余はイエスタデイが本来あるべき形で、この世界そのものとされた羊飼いの男と再会できることを望んではおる。どちらも救うことなど、不可能であろうて』
『それはどうだろうね~』
言って、ナウナウは奪った天体魔術の球を飲み込んで。
ごっくん。
『ともあれ~、ここでまた君たちが~、戦うっていうのなら~。僕にも~、考えがあるよ~?』
『おぬしに考えだと? よさぬか、ナウナウよ。外見のほわほわと反比例して腹黒なおぬしがそう言いだすときは、大抵波乱しかおこらぬ』
ナマズヘッドと共に四つのジト目を作る大王を無視して、ナウナウが大魔王ケトスに手を振ります。
『ねえ、異世界の魔猫の君~。あんまりこっちで暴れてると、あの焦げパン色のネコに嫌われちゃうよ~?』
『うな……っ!?』
『そりゃそうだろう~? 転生したからといって~、前世の記憶が残滓として残っているからといって~。また君に恋をするとは限らないし~。そもそも~、あの子は~、お父さんとお母さんに対して反抗期だけど~、根はいい子だよね~? 君が世界をぐちゃぐちゃにしたって分かったら~、ドン引きしちゃうんじゃないかな~?』
ナウナウの口から精神攻撃が発生。
普通ならばレジストできるのでしょう。けれど、感情の駆け引きとなると大魔王はきっと、苦手なのでしょう。否定できずに、ぶわっと毛を広げ、目線をそらし、ソワソワソワ。
『い、いや、ワタシたちは運命で繋がって……』
『そう、言いきれる~? 君だっていろんな転生者を見てきただろ~? 毎回同じ人と出会って~、添い遂げるなんて奇跡は~、なかなかないんじゃないかな~? どうして~、君と彼女だけは~、再会してもまた恋をするなんて言いきれるのかな~?』
『そ、それは――』
ナウナウが言います。
『まさか、その底知れぬ魔力で心を操って……な~んてするわけじゃないんでしょう~? だったら~、僕は~、あまり暴れない方が~、いいと思うんだけどな~』
『ナウナウよ、おぬしはあいかわらずであるなぁ……』
精神から揺さぶるナウナウを見て、ムルジル大王は呆れ顔です。
けれど、あまり派手な行動はこれでしないで貰えるのではないかとも思っています。
『ところで、ナウナウに異界の魔猫王よ。その焦げパン色のラヴィッシュとやらは、いまどこにおるのだ? 天体魔術をぶっ放そうとしておったのだ、直前に転移はさせるつもりであったのだろう? 盤上遊戯の駒達が阿呆なことをしでかさんとも限らん、できれば波乱の元となるそのものを保護しておきたいのだが』
大魔王が言います。
『彼女にはワタシの配下をつけている。護衛だね。彼らの場所をチェックすれば……あれ、座標に表示されないな』
『そりゃあそうだよ~? だって、彼らは今~、護衛対象を含めて~。僕の竹林に招待しているのです♪』
童話のページに、竹林の様子が描写されます。
そこは山羊と羊のケモノ神が経営するステーキハウス。
カボチャ装備のネコ達がテーブルに並んで、にゃっは~♪
ナイフとフォークで、キコキコキコ♪
尻尾と猫毛をふわふわに膨らませて、極上の鉄板焼きじゅわじゅわステーキを楽しむ姿が映っていました。
その中央。
焦げパン色の手足を持つ魔猫が、ネズミの夫婦と楽しそうに談笑しています。
騒動の種ともなっているラヴィッシュです。
一見すると微笑ましい光景です。猫とネズミと、羊と山羊悪魔が仲良くステーキを食べている光景です。
けれどこれは、こうとも映ります。
大魔王は言いました。
『なるほど――脅しもしていない、人質に取っているわけでもない。ワタシは敵意あるものから守れと命令を出しているが、これは敵意ではなくただの接待……護衛のハロウィンキャットたちはむしろ安全な場所に案内してくれると思い邪魔をしない。結果的にあの子はただ――自分の意志でステーキハウスを楽しんでいるだけとなる。けれど、これは……遠回しな、キミからワタシへのメッセージ、といったところかな?』
ナウナウは素知らぬ顔です。
『僕は~、ただ~♪ みんなが仲良くしてくれれば~、それでいいと思っているだけだよ~♪』
『既に彼女が彼らと仲良くなっているんだ、ワタシはあまり手を出せない……ふむ、なんとも姑息な手だが。まあ嫌いじゃない。キミは人質の価値を知っている、だから、絶対に――あの子を傷つけることはしないだろうからね』
四星獣ナウナウ。
巨大熊猫は四星獣の中で一番の腹黒。
白い獣毛と黒い獣毛。どちらもキラキラと輝かせ、ナウナウはほんわかと言います。
『人質じゃないよ~、友達だよ~』
『それって、人質よりもたちが悪いと分かっているのだろうに……失敗したね、キミを最も警戒しておくべきだった』
『どう受け取るのも自由だけど~、これは~チャンスじゃないかな~』
ナウナウは白い毛をふわふわにさせて言います。
『友好度が~、一番上がるのって~、やっぱりおいしい食事を一緒に食べるときなんじゃないかな~?』
『……とても興味深い話だね。続け給え』
大魔王ケトスは興味を持ちます。
ナウナウは黒い毛をぶわぶわに膨らませて、言います。
『君を~、レストランに招待するよ~? とりあえず~、おとなしく~、してくれるならだけど~』
『ふむ……だがその前に確認したい。キミはどちらかといえば盤上遊戯を存続させたい側なのだろう? 彼女を利用して、ワタシを使えばいいのではないのかい? 何故それをしないのか――いささか理解できなくてね』
『そうだね~。けど~、僕は盤上遊戯が大好きだよ~。だから~、駒達自身に~、動いて欲しいんだよ~♪』
ナウナウは裏表のない顔で、本当にニッコリと笑って言いました。
もっとも盤上遊戯を楽しんでいた四星獣だからこその言葉なのでしょう。
『僕はね~♪ 成長した~、彼ら自身が~、自分の手でこの困難を乗り越えて~、世界を守るところがみたいんだ~♪ だから――』
ナウナウは言いました。
『邪魔しないでね、大魔王』
そのまま空を見上げて、まるでこの様子を童話として見ている他の者たちにも言うように、ナウナウは巨大な前脚を上げて、爪を輝かせます。
『君もだよ、ネコヤナギ』
確かにナウナウは盤上遊戯を気に入ってしまいました。
おそらく、神々の中で一番気に入っています。
けれど、もし他の誰かが遊びを邪魔するのなら全てを台無しにしてやってもいい。そんな邪悪さを孕んだ、声と顔でした。
邪魔をするのなら。
なにをするか分からない。
そう含みを持たせた言葉です。
腹黒パンダナウナウの、遊びを追求する姿勢は本物なのでしょう。
大魔王ケトスに異論はありません。
むしろナウナウの誘導に従う事こそが、彼にとっては有益。
なぜならステーキハウスで彼女と再会できるからです。
それも自然な形での再会を装うことができる。
『じゃあ、行こうかナウナウくん。ところでステーキについて質問がいくつかあるのだが、構わないかい?』
『えへへへ~、いいよ~!』
魔猫とパンダが竹林の奥へと消えていきます。
神々の話し合いも、これで一つの区切りとなったのでしょう。
もうすぐ、夕刻になります。
甲羅の隙間のダンジョンが、正式に開かれます。
人間たちがどう動くか、それは大魔王の物語ではありません。
だから、この童話はここでおしまいとなるのです。
きっと、この童話を描く魔術を使っている存在は、あぁぁぁぁぁもう! と、好き勝手に動く四星獣と大魔王に頭を悩ませているでしょう。




