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第147話、激闘―魔猫神と魔猫神―【静謐の祭壇】


 ◆◆【SIDE:童話書、大魔王ケトス】◆◆


 ここは甲羅の隙間のダンジョンの最奥。

 最終決戦となる筈の場所。

 本来なら人間と魔族、そして彼らに協力する四星獣とその眷属が集う場所。この世界の行く末について争い、あるいは交渉する場所となる筈でした。


 けれど、今は違います。

 戦っているのは神と神。

 外の神たる魔猫、大魔王ケトスと盤上遊戯に住まう神、四星獣ムルジル=ガダンガダン大王です。


 既に一時間は過ぎています。

 世界は揺れています。

 亀島ダイナックは、甲羅の隙間で戦わないで欲しいのだが? と、眉を顰めていますが、ダイナックも既に強力な獣神。子孫ともいえる魔王アルバートン=アル=カイトスが健在ならば、彼を守ろうと甲羅もカメも周囲を守るので――神々の戦いが周囲に漏れることはありません。


 だからこそ、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアによって最終決戦の場に選ばれたのでしょうが。


 戦闘の流れは――互角。

 いえ、手足短き大王が多少有利でしょうか。

 本来なら格上と思われる大魔王相手にも、ムルジル=ガダンガダン大王は対等以上の戦いを展開しているのです。


 だから大魔王は感心しています。

 魔性と呼ばれる極限の魔力を心に溜める能力者である証、ケトスの赤い瞳がキラキラと輝いています。

 おそらく、異界の魔術に興味があるのです。


 魔導書代わりなのでしょう。

 異界の聖書を魔力で浮かべ、輝く王冠と燃え滾る紅蓮の外套を装備した邪神。

 大魔王ケトスが言いました。


『へえ! やるじゃないか! たかが小世界の神とバカにはできないね――』

『ぬかせ、異界の神よ! 金こそが力! 金こそが余の全て! その全てを投げだし戦う余に、勝てぬ道理はなし!』


 ムルジル=ガダンガダン大王が頭のナマズの瞳をカカカカカと開きました。

 ぷにっとした肉球が、宝石の上で輝きます。

 それは誕生石。

 十二種の輝きです。遠き青き星にて商売人が設定した人工的な宝石信仰。生まれた月に高価な宝石をあてはめ、購買意欲を促進させ、お守り代わりに購入させる。

 そんな商売人の広めた噂を魔術体系としたのでしょう。


 十二の聖なる輝き(セイントジュエル)が、静謐の空間に広がります。


『魔力解放、財力放出――《狡猾たる拝金主義(メニーメニー・)の輝き(マネー)》!』


 大王の足元にある宝石が、まるで銀河のように輝きます。

 それは宝石の海。

 人間の欲望を吸い肥大した宝石が、強欲なる力となって放たれているのでしょう。


 ダイス判定が発生します。

 十二の輝きは、十二回攻撃。

 一振りで十二回の連撃を放ってくるムルジル大王の攻撃を避け、大魔王は猫目石の輝く魔杖を振りかざします。


『人の欲望を吸った宝石、人の心の悪しき部分を常に浴び続けたそれは、もはや呪いの宝石。人々に災禍の象徴とされた石、ホープジュエリーといったところかな?』

『ぐわはははははは! 名などどうでも良い! ぬしを足止めできるのならそれでな!』


 一振りで十二回攻撃。

 その間にもムルジル=ガダンガダン大王は同時攻撃をしかけていました。

 手にした武器。

 《世界を釣り上げし(ミドガルズオルム)雷神の釣り竿(・トルロッド)》で大魔王の魔力を釣り上げ奪おうと――糸が光っていたのです。


『余の武器、余の釣り竿は全てを釣り上げる至宝。神の童話たる世界蛇を釣り上げた雷神の逸話を模し、余の武器として昇華させた神器。これぞぬしらも扱う神話再現。すなわち魔術体系の最高峰の一つ、アダムスヴェインといえよう!』


 飛び交う十二回攻撃と、雨のように降り注ぐ釣り竿。

 全てが即死級の攻撃です。


『どうだ、見たか大魔王よ! 盤上世界をあまり甘く見るでない!』

『おや、こちらははじめから甘くなど見ていないのだけれどね?』


 大魔王は考えます。

 アダムスヴェイン。

 それは外の世界でも本当に一握りの上位存在しか扱えない、最高位の魔術。


 油断すれば――本当に敗北もありえます。


 大魔王は考えます。

 未来を司る、ムルジル=ガダンガダン大王。

 このナマズ猫はそのナマズの神性と己の権能を活かし、明らかに先を読んだ攻撃を仕掛けてきています。大魔王が猫武術の達人でなければ、とっくに釣られていたでしょう。


 油断すれば、一瞬で――命も奪われるかもしれません。


『しかし――、一発も当てられないのなら、どうとでもなりそうだね?』

『どこまでも小癪なネコよ。いつまで避け続けていられるか、見ものではあるがな?』


 大魔王は攻撃を避け続けます。

 ただ避けているだけです。

 けれど、それでいいのです。


 ムルジル=ガダンガダン大王は常に金銭を消費しています。

 それがこの魔力の秘密です。

 何よりも大事なモノを浪費する、それがこの力の代償なのですから。大魔王はただ避けているだけで、いつかは勝てるのです。


 実際、ムルジル大王は焦りを覚えています。

 攻めあぐねているといった状況でしょうか。

 大魔王が言いました。


『やはりキミたち四星獣は強い。だから、はじめから甘く考えてなどいないよ――それに、盤上遊戯そのものもそうだ。この世界の成り立ちには楽園の神々が関係している。閉じた世界の神々。どうしようもないほどに腐った連中だったが、その実力は神そのもの。ワタシもアレには苦労させられた記憶があるからね――』

『ならば身を引け、大魔王』

『ふむ、そうしたい所でもあるが――この世界にはまだ存続して貰わないと困るんだ』


 釣り竿スキルを発動させたのでしょう。

 大王のナマズヘッドの髯が、ウネウネウネと空を泳ぎます。分裂させた釣り糸による、一撃必殺の乱舞が展開される最中。

 ムルジル大王は眉間にしわを、ぎゅぎゅっと寄せました。


『ぬしの目的はやはりラヴィッシュ、英雄アキレスの娘か』

『ああ、そうだね。キミは詰めが甘いというか、お人好しだね大王。そこまでわかっているのに、行動しなかった。もしキミが彼女を人質にするなり、願いを叶える力で拘束するなりすれば、ワタシは迂闊に動けなくなるのに――キミはそれをしない』

『それをすれば、この盤上遊戯は滅ぶ。ぬしには優先順位が明確に設定されておると、余の慧眼は見抜いておるからな』


 大王はぞっと肉球と鼻の頭に球の汗を浮かべ。


『いざとなったら、全てを破壊してでもあの娘だけは連れ帰る。そこだけは譲れないと思うておるのだろう? たとえ何を犠牲にしてでも――ぬしは、目的を果たす。その障害となるモノがいたのならば……いざとなったら取り除くつもりなのであろう? その心が読めぬほど、余は愚かではない!』


 大魔王ケトス。

 その瞳が、うっすらと開かれていきます。

 瞳の奥は、真っ赤に染まっています。


 底知れぬ魔力です。


『――まあ、そうだね。ワタシはこの世界よりも彼女を選ぶ。それは仕方のない事さ』

『恐ろしき魔猫よ――ぬしがどう動くか、未来を司る余にも読めん。いや、読んだとしても次の瞬間には未来が書き換わっておる――はっきりと言おう。大魔王ケトスよ、ぬしは脅威だ。なにをするか、どう動くか分からぬものを盤上遊戯の世界に留めておくのは悪手であろう。イエスタデイの件がなくともだ――ぬしの自由行動など、ニワトリ小屋に飢えた虎を放つに等しき危険行為。四星獣としては到底看過できん』


 大魔王の名にふさわしきネコが徘徊している。

 その状況を危険視しているのでしょう。

 実際に大魔王はこの世界よりも、なによりも優先するケモノがあるのですから――本当にいざとなったら、全てを犠牲にもしてしまいます。

 それを指摘されても、大魔王ケトスは動揺しません。むしろ、そこまで見抜く大王により一層の関心をもったようでした。


 拍手が、響きます。

 大魔王の肉球拍手です。


『素晴らしい、キミは他の四星獣とは違ってわりと暗い部分も見えているのだね』


 モフモフな首回りを目立たせ、ぬーんとふんぞり返り。

 ニヤニヤニヤとチェシャ猫スマイル。


『このワタシとここまで戦える相手など、久しぶりだ。ムルジル=ガダンガダン大王、ワタシはキミを認めよう。どうだい? ワタシと共に、外の世界にこないかい? 配下になりたまえよ、歓迎するよ』

『否、余が付き従うのは――金のみ。なれど此度だけは違う。余の心は――願いは友が幸せになってくれることのみ。どれほどの金を積まれたとしても、余の心が動くことはない』


 たくさん集め続けたお金を消費してでも、イエスタデイの力となりたい。

 そう願うムルジル大王の決意は変わりません。

 誰かの願いを叶えるための四星獣が強く願う、自分自身の願いです。


 願いは力となって、ムルジル=ガダンガダン大王を強化しています。


『なら仕方ない――戦いは続行かな。けれど、その釣竿を受けるわけにはいかないね。それは耐性を無視して、”なんでも”釣り上げることができるキミの必殺技といったところか。厄介だし、直撃を受けたら――我が陛下が愛されているこの毛が痛んでしまう』

『我が陛下? うぅむ、ぬしの主人という事か』

『ああ、そうだ。ワタシの主人はそこで悲痛な顔で硬化しているキミの友達も、よく知っている存在だよ』


 言葉による陽動です。

 ムルジル=ガダンガダン大王のナマズヘッドが揺らぎます。


『楽園と共に神々を滅ぼした神、あの楽園でイエスタデイに力を授けた弟神か』

『その通り。イエスタデイくんはワタシよりも先に陛下のお力を授かっているわけだ、少しだけ、ネコとしては嫉妬してしまうよね?』


 告げて、大魔王が浮かべた聖書を輝かせます。

 続いて肉球で掴む大魔王の神器、猫目石の魔杖を掲げます。

 杖の先端にはピカピカ――ネコの瞳の形をした石が、見開かれています。


『さて、キミはよく頑張ったがここまでだ――我が名はケトス。大魔王ケトス!』


 名乗り上げの直後。

 静謐の闇の中から、チャポンと何かが浮かんできます。

 さきほどムルジル大王が顔を出したように、闇の中から浮かび上がってきたのは偉そうな玉座。

 それは大魔王ケトスの玉座。


 玉座に鎮座した大魔王の魔力が跳ね上がります。

 猫目石の先端から放出されたのは、プラネタリウムのような光景。

 星の海が流れ出しました。


『応えよ、天よ。応えよ、夜空よ。大空よ――さあ、ワタシの願いを叶えておくれ。ワタシの言葉に耳を傾けておくれ』


 大魔王が、詠唱を開始します。


『天にあまねく星々よ――』

『うぬぅぅぅうううぅ!? その詠唱は星を操る天体魔術!? 正気か!? このような場所で星を降らせる魔術を行使するなど――』


 くわわわっと口を開いたムルジル=ガダンガダン大王はまともに顔色を変え、毛を逆立てます。

 その魔術の規模が、超大。

 アダムスヴェインを遥かに超えた、破壊力のある魔術体系だと見抜いたからです。


『この世界ごと全てを吹き飛ばすつもりか、異界の魔猫よ!』


 大魔王の口は止まりません。

 詠唱が続いています。


 大魔王には見えていたのでしょう。

 ムルジル=ガダンガダン大王はこの世界を愛していない。

 そう思われていましたが、違います。


 この世界はイエスタデイ=ワンス=モアの大好きなご主人様、そのもの。

 だから。

 思い入れはなくても、守る気だけはあるのです。


 なぜならムルジル=ガダンガダン大王は誰よりも、友達想いなのですから。


 だから、大魔王には見えていたのでしょう。

 ムルジル=ガダンガダン大王はこの盤上世界を守るためならば、星々を降らせる攻撃魔術を防ぐために財の全てを投げだすと。

 そして仮に大魔王の読みが外れても、問題ないのです。なぜなら大魔王は破壊神。全てを吹き飛ばしても、手段があります。大魔王には力があります。破壊神としての逸話があります。自らの肉球で破壊したものならば、それは自分の領域。全てを後で再生できるほどの神なのですから。


 詠唱を終えた大魔王は、魔術発動を前にし。

 瞳をツゥっと細めます。


『なぜ破壊神は破壊神なのか、知っているかい? それは自らが破壊した後で再生させ、世界そのものを輪廻させるという性質があるからさ。破壊の後の創造もまた、神の側面でもあるわけだね』


 大魔王は躊躇なく、この世界を一度破壊するでしょう。

 後で治せるのだから、それでいい。

 割り切った考え方をしているのでしょう。


 ただ、ムルジル=ガダンガダン大王は違います。


 卑怯な戦法です。それが卑劣と理解していても、大魔王はブレません。

 実力も魔力もありながら、搦め手も厭わない。それが魔猫の戦い方。なぜなら魔猫は可愛いから、全ては許される。本気でそう思ってもいます。

 大魔王が星を降らせる魔術を解き放とうとした。


 その瞬間でした。

 大魔王の魔力が、散ります。


『おや――これは』


 詠唱によって生まれた魔力球が、なにものかによって奪われていたのです。

 犯人はすぐに分かりました。

 周囲に――竹林が生まれます。


『うぬ!? この竹林は、もしや――』


 ムルジル=ガダンガダン大王の財宝フィールドを、竹林が上書きします。

 そこには一匹の獣がいました。

 詠唱によって完成した天体魔術をボール代わりにして、ふわふわモフモフの白黒ケモノがゴロゴロゴロゴロ。

 転がって遊んでいます。


 相手の魔術をボール化させる。

 一見するとふざけた魔術ですが、極めて強力な魔術です。

 そして、そのヘンテコともいえる魔術の主が。

 間の抜けた声を上げました。


『えへへへへ~、えへへへへ~。ケンカは駄目だよ、二人とも~』


 それは現在を司る四星獣。

 巨大熊猫のナウナウでした。


 童話書を綴る四星獣ネコヤナギが、また話がややこしくなるじゃない……と。

 頭を抱えていますが、まだ童話は続きます。

 人間も魔族も、大慌てで準備を進めています――。


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― 新着の感想 ―
[一言] 破壊神と創造神は紙一重理論からのなうなう。 大王の財産が全てなくなるのを防いだパンダさんは、とっても無邪気で可愛いね?(洗脳済み)
2024/03/02 18:08 退会済み
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