第014話、冒険者殺しダイン【SIDE:魔女姫キジジ=ジキキ】
【SIDE:魔女姫キジジ=ジキキ ▽エリア:ヴェルザの街】
剣聖と魔女姫の邂逅から、数日が過ぎていた。
閑散とした街を歩く、どこか気品のある魔女帽子姿の冒険者。
キジジ=ジキキ。
もぬけの殻となっていた関所を抜け――。
供の二人を連れた彼女がヴェルザの街へ到着したのは、一時間ほど前だった。
疫病に苦しむ街を眺め終わった彼女は、供に宿屋の手配を任せているうちに別行動。
一人で訪れたのは冒険者ギルド。
依頼があったのである。
彼女が真っ先に向かったのは、やはり人もまばらとなっている――受付カウンター。
肘につやつやとした丸い頬を置き、はぁ……とため息をついている受付娘に向かい、魔女が言う。
「申し訳ありません、急ぎの依頼をお願いしたいのですが……よろしいですか?」
「はひ!? ご、ごめんなさい! すっかりぼうっとしていて、はい! いつでもどこでも、誰にでも! 当ギルド”ネコのあくび亭”では、お客様のご依頼が犯罪でない限りは、なんでもお受けいたしておりますよ!」
空元気を浮かべる女性の胸のプレートに刻まれた名は、リリカ。
肌に残る、寝そべっていた証拠の涎を見て。
キジジ=ジキキは少しだけ困惑した顔をしてみせた。
「えーと、大丈夫ですか? なにやら、冒険者の方がほとんどいらっしゃいませんが……」
「なにぶん、疫病がはやっていますからねえ。詮索するつもりはありませんが、こんな時によくこの街に来ようと思いましたね。ちょっとびっくりです」
「あの、依頼を……構いませんか?」
「ご、ごめんなさい! ちゃんとしたお客様がくるのは久々で――はい、すぐに動ける冒険者を探す特急のお仕事ですと、料金が二割増しとなりますが……かまいませんか?」
「正規の料金でしたら、構いません」
ギルド用亜空間から書類を取り出し、受付娘リリカが事務的な声で告げる。
「それではご依頼内容をお願いします」
「人を探す……というよりかは、会いたい方がいるのです。可能ならば、その方と謁見させていただきたいと存じておりますの。偉い方だとお聞きしているので、隣町から来たこちらとしては、直接お会いできるコネもなくて……あ、でも会えさえすれば、お話しをさせていただくアイテムを持っているので。接触のためのアポイントメントを取っていただくという依頼、になるのでしょうか」
しまった。
少し要領を得ない説明だったかと、キジジ=ジキキは失敗を実感していた。
けれどだ。慣れない――説明下手な客の依頼も、整理して聞くことが可能な受付だったのだろう。
「大丈夫ですよ~、緊張なさらないでください。問題なく受理させていただきますので。それではお会いしたい方の名前や特徴をここに、それと可能ならばでいいのですが、そのアイテムも提示していただけると助かります。ログとして残し、アポを取る際の説明に使わせていただきますので」
「はい、えーと書くモノは……」
「あ、じゃあギルドの備品をお使いください。ちょびっと魔術発動に必要な詠唱をしますので、驚かないでくださいねえ……ちちんぷいぷい、秘密ぽこぽこ、中ぴっぴ。はい、こちらになりますねえ」
秘密保持の結界を張りつつ言って、受付娘リリカは魔導ペンを召喚してみせる。
こちらの大陸での技術。
結界も魔導ペン召喚もギルドメイドの職業スキルなのだろう、キジジ=ジキキは少し関心を示していた。
「変わった詠唱ですね」
「ああ、これ、わたしのオリジナルなんですよ~♪」
「そ、そうなのですか。変わったなんて言ってごめんなさい」
急ぎの用でなかったら、追及していたかもしれないが。
「幼女大司祭マギ……様、とこれで構いませんか?」
「あー……マギ様、ですか。これは……うーん、絶対に無理とは言いませんが……今はちょっと厳しいかもしれませんね」
「そうなのですか?」
「ええ、もうこの街の様子でお分かりだと思いますが、病がはやっておりまして。数少ないヒーラーのあの方は毎日各所を走り回っておいでなんですよ。なので、負担をあまりかけるわけにもいきませんし……なにより、お会いいただく時間を、物理的に取れないという可能性がありますので……」
とりあえず、アポだけは取ってみますが期待はしないでください、と。
受付娘リリカは、失敗した場合の規約を提示する。
「先に納めていただく依頼金は返却されます、ただし手数料として一割を引いた額となりますが。どうしますか?」
「はっきりと言っていただきたいのですが、アポが取れる可能性は」
「ほぼないですねえ。個人的な意見となって恐縮ですが、一割を無駄にされてしまうというパターンかと……いや、本当に、こちらの力不足で申し訳ないのですが……」
キジジ=ジキキはしばし考え。
「分かりました。すみません、また別の機会にお願いすることにします」
「承知いたしました。それでは、また何かありましたら」
魔女帽子の冒険者キジジ=ジキキがギルドの外にでる。
供はまだ宿を取るのに苦労しているのだろう。
どうしたものかと彼女は考え、ギルドから見える、唯一営業している露店に目をやっていた。
焼き鳥である。
人がまばらなので、まだ売れ残っているようだが……おいしそうだ。
漂うのは塩と炭火の香りと、ほんのり焦げたタレの香り。
魔女姫は多少心を動かされ、つい足を動かしそうになるが。
それを呼び止めたのは、野太い、樽の中から響くような男の声だった。
「あんた、マギ様を探してるんだって?」
振り返ると、目つきの悪い男がそこにいる。
騎士になった山賊、といった様子の男だった。
「どうしてそれを?」
「リリカの野郎は秘密保持の結界と声で話してたのに、あんたはそのままだっただろ? ありゃあいけねえな。あんなに大声で話してりゃあ、いくらリリカが結界を張ってくれてても、外に聞こえるってもんだろうがよ」
「なるほど、すみません、この街の技術に疎いもので」
酒の香りの息で、目つきの悪い男が言う。
「外の街の人間か」
「え、ええ……それでマギ様がどうかなされたのですか?」
「いや、なに。ちょっとコネがあるからな、会わせてやってもいいぜ?」
「でしたら、ギルドに向かいましょう。正式な依頼として……」
「おいおい、よせよせ。中抜きっていうのか? いや、意味は違うか、ともあれだ。仲介料とられちまったら損だろうが。それに、今ならいる場所を知ってるから会えるってだけだ。まあ、無理にとは言わねえが」
キジジ=ジキキは考える。
「供がいるのです、合流してからでも構いませんか?」
「ああ、一緒に行ってやるよ。宿ならたぶんこっちだな、サービスで案内してやるよ」
彼女は男についていくことにした。
その視線が、焼き鳥の露店を振り向くが、ちょうど売り切れてしまったようで。
吐いた息からは、少しだけ空腹の香りがした。
また後で買いにくればいい。
そう思いつつ、彼女は男の後を進んだ。
◇
宿屋街がある場所へ案内すると男に言われ。
キジジ=ジキキは路地裏の道を進む。
足音が妙に気になる。
どんどんと暗い場所へと進んでいる。
ネズミさえも通らない暗い道に、女は訝しむように声を漏らした。
「あの、なんだか治安が悪そうな場所なのですが……」
「そりゃあ宿屋街は娼館が並ぶ場所でもあるからな、ちょっとはこうなるだろうさ」
「召喚? この街では召喚魔術も盛んなのですね」
「何にも知らねえんだな。どっかの箱入り娘なのか?」
空気が、おかしくなっていた。
なぜか足音が増えている。
誰かが、待ち伏せしている?
「その、すみません――やっぱり、一度ギルドに戻っても」
「いいわけねえだろう?」
ザン――っと。
路地裏の冷たい壁に女を押し付け、男は女の白い頬の間近に、刃物をつきつけていた。
刃から、銀の香りが漂う中。
目つきの悪い男は、筋肉質な巨体で逃げ場を奪うように、顔を近づけ――。
下卑た吐息が、女の肌を僅かに濡らす。
「このオレの顔を知らねえって事は、本当に隣町から来やがったんだな。やっぱ、関所の連中をぶっ殺しといて正解だったな。危うく、親父にバレるところだったじゃねえか」
「これは、どういうことです……っ」
刃物の腹が、揶揄うようにキジジ=ジキキの頬を撫でる。
「はは、とぼけるんじゃねえよ。噂はもう聞いてるんだろう? オレの名はダイン。いまからてめえを弄ぶ、イケてる男の名前だ」
ダイン。
その名に、脳が揺れる。
キジジ=ジキキは、息を呑んだ。
男の正体に、その時ようやく気が付いたのだ。
良き偶然の出会いがあるように。
世の中には、悪しき偶然もまた、存在したのだろう。
魔女姫キジジ=ジキキは今、悪意の中に晒されていた。




