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第136話、集う種族王―そして、来たる者―【三皇、謁見の間】


 【SIDE:スピカ=コーラルスター】


 三皇を守る亀島ダイナックの結界内。

 移動大陸となった海亀の背に生える施設で発生している、魔猫の異変。約五百年前のネコとの契約でもっとも魔猫に詳しい街、ヴェルザ。ステーキの香りで一匹も魔猫を召喚できない状況に、彼らの表情はシリアスに引き締まっている。


 そんな動揺を知ってはいるが理解はできない二国は、互いに顔を見合わせてしまうが。

 スピカ=コーラルスターが言う。


「それで、マギ様。自分に聞きたいことがあるとのことでしたが……」

「おう、そうじゃった! おぬし、北の英雄アキレスの依頼で魔猫の捜索を行っておったじゃろう? その件でちょっとな――」


 スピカは僅かに警戒した。

 幼女教皇マギに関しては信用しているし、信頼している。彼女はこう見えて民の事を第一に考える、良き王だ。尊敬すらしているといっていいだろう。

 しかし、ここにはそれ以外の目がある、耳もある。他国が関わるとなると、話はややこしくなる。

 もし北の英雄アキレスの娘が魔猫化していて、家出中ともなれば――ラヴィッシュを誘拐し、交渉の材料に使うモノが出ないとはいいきれない。


 それに――。


 相手はそれぞれの地域の統治者。

 最も偉い者達とはいえ、依頼人ではないのだ。

 スピカはスゥっと瞳を細める。その口から年齢に見合わない、高レベル冒険者としての威圧を感じさせる言葉が漏れていた。


「申し訳ありませんが、いかに三皇といえど――依頼内容や結果をお伝えするのは規則違反。依頼人の許可なく明かすことはできません。陛下、わたくしは冒険者としての義務も意義も理解しているつもりです。ですので、この場では――」


 どよっと三皇の護衛達の気配が変わる。


 彼らを相手に要請を拒否する。その度胸と不敬が静かな波を生んでいるのだろう。

 王の護衛達、魔王領のスケルトンメイジだろうか。

 ゴテゴテとした、魔力石をはめ込んだ法衣を蠢かす魔族の側近が言う。


『そなた、三皇の御前であるぞ!?』

「冒険者ギルドは権力にも対抗できる場所。いわば独立した戦力を有する機関。ギルドとしての正式な命令や強制要請であれば従いますが、そうでないのなら従う義務はございません。かつて王族が過ちを犯した地、それがヴェルザの街。そして自分はヴェルザに所属する冒険者でございますので」


 海亀ダイナックが気まずそうにわずかに揺れる中。

 気難しい顔をした、歴戦の騎士といった様子の終焉皇帝の護衛が口ひげを上下させ。


「ふん、生意気な小娘め、まあ、魔族に歯向かうその姿勢には共感を抱くし、わたし個人としては嫌いではないが――賢くはないな」

『魔族に歯向かうだと? 北に逃げ閉じこもっていた羽蟻のごとき脆弱なるモノらが、よくも吠えたものよ』

「ほぅ、では――どちらが上か、どちらが三皇を守るにふさわしき人材か。確かめてみるか、この骨魔術師が」


 北と魔王領の関係性はやはり良好とはいえない。


 三皇は既に打ち解け、互いが互いに自らの国では言いにくいことを漏らし――愚痴や世間話、時間潰しや食事を楽しむ関係性なのだが……部下はこの様子。戦闘の空気が発生し始めている。

 共通の敵であるヌートリアになぜか動きがない、それが三か国の関係に変化を与えているのだろう。同じ目標を攻め込む、あるいは守る。そういった分かりやすい御旗が現在はなくなっているのだ。


 そう、いまこの瞬間にあるわずかな平和が罠。

 せっかく作り上げていた共闘ムードを弱くしてしまっているのである。


 これが敵側、外来種の神の作戦ならばたいしたモノなのだが。

 と、スピカ=コーラルスターはいがみあう種族を眺め、頬を掻く。


「あ、あのう……できたら言い出した自分を置いて、そちらでケンカを始めないで貰いたいのですが……」


 魔族と騎士が共に振り向き。


『小娘は黙っておれ!』

「そなたは黙っていろ!」


 えぇ……っとスピカは困惑してしまう。そのままマギに目線を移し。


「す、すみません。まさかこんなことになるなんて……マ、マギ様……ど、どうしましょうか、これ」

「おぬしが悪いのではない。共に冒険をしたアキレスを守りたいとする心も理解できておる。妾も少し、配慮が足りんかった、許せ――」

「そ、そんな! マギ様、頭をお上げください!」

「にょほほほほほ! 幼女が頭を下げると、大抵のことがうまくいくからのう!」


 と、冗談めいた口調で言った後。

 真面目な顔をし、ヴェルザの街を治める者の顔でぼそり。


「ふむ、どうやら……妾らの前では一応遠慮しておったようであるが、こやつらも燻っておるようじゃな。まあ、敵対していた種族同士がいきなり協力しろとなったのじゃ、無理もない……。ないのじゃが……」


 人類と旧人類。

 その確執が再び浮かび上がってきているのだろうが。

 だが、三皇は、はぁ……と呆れた吐息を流すのみ。これではまだまだ、三地域で協力してという関係性は作れそうにないと感じたのだろう。

 ともあれ動いたのは、やはり、この三皇の中ではおそらく一番気の短い幼女。


 千年幼女はぷにぷにな指を伸ばし。

 くいっと上から下に、魔力を流す。


「ええーい! 鎮まらんかぁああああぁっぁ、このたわけ共が!」


 落ちたのは雷による鉄槌。


 広範囲に響く雷撃の雨が、騒ぐものだけを目標に発動されていた。

 対象範囲にいた存在から目標を選別。それぞれの能力を読み取り、致命傷にならない程度に、しかしきちんと痛みを与える程度には効果を発揮し、罰を与える……その魔導技術に、魔王アルバートン=アル=カイトスが感嘆とした様子で瞳を赤く染めていた。それは千年を生きる人間による魔術に対しての好奇心だろう。


 騒ぎは一応、収まった。

 三皇がそれぞれ自らの家臣を手で制し――。


 終焉皇帝ザカール八世が胸板の上の聖痕イコンを輝かせていた。


「そこまでだ――。よい、ここまでの児戯は水に流そう」


 ザカール八世の老いる速度は聖痕という祝福の影響か、並の人間よりは遅い。スピカ達の目の前には貫禄を備えた、青年と壮年の中間ほどになる威厳に満ちた王がいる。

 終焉皇帝が威厳に満ちた穏やかな声で告げる。


「星を焼き落とす程と称される弓と魔術の使い手。かつて、英雄と呼ばれた者たちの末裔よ。スピカ=コーラルスターであったか。我もそなたと同じく、当時の英雄聖騎士レインの血を受け継ぐ者。巡り会えたこの機会に深い感謝をいだいておる――」


 レイニザード帝国を束ねる者としての威厳を放つ皇帝の横。

 やはりまるでネコのような顔で、幼女が、じぃぃぃぃぃぃ。


「なんじゃなんじゃ、ずいぶんと畏まった言い方じゃのう? ん? アルバートン坊主もそうじゃ。妾だけの前では僕だの、私、だのといっておるくせに、余だの我だの。堅苦しくてたまらぬ。もっと、こう、部下の前でもカジュアルにじゃな?」

「マ……マギ殿? 今は、その、まじめな話の最中なのですが」

「たわけ! 妾とて真面目な話じゃ! このまま腹を割って話せぬのならば、妾らはたちまち分裂。統率力も協調性も欠いたまま空中分解じゃ! もっと歩み寄る必要があるのは、そなたらとて理解しておろう!」


 悪がらみする幼女教皇マギに、側近たちの頬はヒクつくが。

 こほんと、咳ばらいをして終焉皇帝ザカール八世が続ける。


「と、とにかくです――、いや、とにかくである。スピカ=コーラルスターよ、依頼内容を明かしてよいとアキレスからは許可を得ている。余とあの者は魔力聖痕ルーン・イコンで意思疎通が可能であるのだ。問題なく、語って構わぬ」

「承知いたしました。それで、依頼の何を語ればよろしいので」


 頭を上げるスピカに、魔王アルバートン=アル=カイトスが言う。


『貴公は消えた魔猫がどこに向かっているか、あるいは、どこに潜伏しているのか――アキレスの依頼を通じ把握したと考えておる、どうであろうか?』

「たしかに魔王陛下のおっしゃる通りではありますが……正直なところ、確証はありません」

『良い、許す。魔王が命じる、語るが良い』


 魔王の威厳ある魔力声に、マギが、ぷふー! っと笑いをこらえている。

 おそらく、三者だけで会合しているときは本当にフランクに会話をしているのだろうと判断できる。部下たちは主たちが歩み寄っている姿を見て、さきほどの騒動を多少反省したようであるが。

 どこまでがマギの計算か、スピカには判断できなかったが。


 ――ま、どうせ戦術師シャーシャさんの入れ知恵なんでしょうねぇ……あのひと、ズル賢いですし。


 そんな内心を隠し。


「どうやら魔猫達は夕刻過ぎになると発生する、この海亀ダイナックの甲羅の隙間にある隠しダンジョンに入り込んでいるようなのです」

「隠しダンジョンじゃと?」

「はい、ラヴィ……いえ、会話が通じる魔猫の特殊個体と接触したのですが。彼女の反応を見る限り……おそらくは間違いないかと」


 報告を受けたマギは考え。


「魔王アルバートンよ、この海亀島はおぬしと所縁ゆかりのあるエリア。なにか心当たりは浮かばぬのか?」

『そういうあなたの方が、彼ら親子の魂については詳しいのでは?』

「……。どうであろうな……ともあれ、妾には甲羅の隙間に隠しダンジョンが生まれた理由など、さっぱりじゃ」


 悩む彼らにスピカが言う。


「あの、ナウナウ様やムルジル=ガダンガダン大王に話を聞かれては?」


 自ら言ったその後で、空気の変化を察し。


「もしや、彼らも」

「うむ、ただのぅ……。四星獣イエスタデイ=ワンス=モア様とは違い、この地域に存在することはたしかじゃ。気配もする、魔力もある。ただ、こちらから語り掛けても反応はなし……」


 悩む幼女教皇マギは、ぷっくらとした唇に指をあて考えた。

 その直後だった。

 唸るマギの言葉をつなげる様に、空から声が響きだした。


『……聞こえているかい、盤上世界の者達よ』


 結界内に響くのは神の声。

 天啓か。

 周囲はザワつくが――。


『かの者らの本体は今、別行動中だ――そちらに意識が集中しているので、普段君たちが接している分霊が動けないでいる。意味なく、君たちの声を無視しているわけではないんだ。どうか、誤解をしないであげて欲しい』


 皆、知らない声である。

 神父ニャイでもない。

 終焉皇帝ザカール八世が聖痕を輝かせ、天に告げる。


「何者だ」

『これは失礼をした。すぐに顔をおみせしよう』


 気配を察した側近たちが、三皇を守るように前にでる。

 臣下たちは全員、さきほどの敵対を忘れ――、一瞬で陣形を組む。異なる属性の、異なる魔術体系の結界を構築し、連携。結界に相乗効果を発生させ、その防御力を数倍以上に押し上げていた。


 スピカも弓を召喚し、熱の魔力を魔法陣としている中で。

 それは静かに顕現した。

 たわしのような体をした、巨大なネズミ。長い尻尾をギラつかせる、外来種。


 ヌートリアである。

 それも、三皇よりも遥かに膨大な魔力を抱いた――神。

 ヌートリアの出入りが禁止されているエリアに強引に侵入した。その時点で、並以上の存在であると理解ができる。


 巨大な齧歯類の神は穏やかな口調で……。

 苦笑するよう――に髯を蠢かし告げた。


『初めまして、かつて駒だった者達よ。僕は……名もなき楽園の奴隷。イエスタデイ=ワンス=モアの主。今は、そうだね。聖父クリストフと名乗っておこう。魂も混ざっているから、正気に戻りつつある彼の声でもあると思っていただきたい』


 楽園に、聖父クリストフ。

 そしてイエスタデイ=ワンス=モアの主。

 ほとんどの者がその単語の意味を理解していない。

 しかし、楽園の逸話を知る者は――ぎょっと顔を歪めていた。


 魔王の口から魔力と球の雫が飛ぶ。


『うかつに仕掛けるな!』


 それはスキルの発動。

 指揮官クラスの強制的な命令となって、従者を戒める。

 部下のみならず、部屋にいるほぼ全ての衛兵を捕縛する魔王に、さすがにマギも訝しみ。


「ど、どうしたというのじゃアルバートンよ!」

『このヌートリアは……っ、この方は、おそらく――本物の、神……そのものだ』


 そう、この獣こそが敵。

 今降臨してきたヌートリアこそが外来種の神。

 いままでずっと、攻撃を仕掛けてきていた敵側のラスボスだと。


 

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