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第135話、消えたステーキの香り【新設冒険者ギルド】


 【SIDE:スピカ=コーラルスター】


 経費と記録ログの資料をまとめ――こほん。

 赤珊瑚色の少女――スピカ=コーラルスターは依頼人の前。

 ダイナックに新設された冒険者ギルド”嗤う(メェ)羊調理人メェメェの海亀亭”にて、必要な手続きを受付で完了後、依頼完了の報告をしている最中だった。


 北部と魔王領と南の島。

 終焉皇帝と、魔王と、千年幼女。敵に奪われてはいけない”三皇”と呼ばれる統治者たちが共同で設立したギルド内にあるのは、笑顔と談笑とグルメの香り。三つの場所から移住者がきているだけあり、それ相応の賑わいを見せている。

 外の景色は夕焼け色。

 食事時という事も大きいのだろうが、一番の理由が料理のおいしさ。

 ここで雇われている低級羊悪魔たち、彼らの作る料理の評判が良いおかげだろう。


 もっとも、そもそもあの低級悪魔羊たちがどこから湧いたのか。

 どこから派遣されているのか、それ自体が謎となっている。外来種からのスパイ化? という説もあったのだが。能天気なヴェルザの街の住人の、おいしければなんでもよくない? の声で、そのまま謎の羊たちがコックとして雇われて働いている。


「と……まあこんな感じなので、娘さん……ラヴィッシュさんは無事ですし、ダイナックの街と海産資源を満喫しながら生活しているようですが……」

「そうか。すまねえな、スピカ嬢ちゃん」

「まあ、正式な依頼ですからね」


 報告書を手渡し、スピカはチビチビと酒を飲んでいる英雄アキレスに言う。


「食があまり進んでいないようですね」

「そりゃあ……まあ」

「ここからは冒険者ではなく一緒に冒険した仲間としての意見です、とはいっても、あくまでも自分の感想……というか、直感ですが、娘さんは、アキレスお父さんが嫌いだから逃げている……ってわけじゃないとは思いますよ?」

「そ、そうか?」

「自分の感想なので、責任は取れませんが……あ、でも」


 言い切る前にアキレスの瞳が、じっとスピカとスピカの提示したログを見比べ。


「ていうか、スピカ嬢ちゃん。仕事の時はあたしとかわたくしとかいうのに、こういう時は自分の事を自分って言うんだな。なんだ、なんか理由でもあるのか?」


 気心が知れてきたり、初対面でも信用できる相手だと素が出る。

 そう説明するのは恥ずかしいので、スピカは赤珊瑚色の髪を小さく揺らす程度に肩を竦め。


「アキレスさん、たぶんそーいう部分が娘さんにウザがられているんじゃないかなぁっ、と自分は思ってしまうのですが」

「はぁ!? なんでだよ!?」

「観察眼に優れた狩人や、あなたみたいな特殊能力持ちの人って結構、距離感を間違えがちなんですよ。ズケズケと人の内側に入っていく傾向にあるので、気を付けないと年頃の娘さんにはキツいのかもしれませんね」


 年頃の若者からの言葉に、アキレスは英雄顔をポリポリ。


「と、とにかく。助かった、あいつが無事だって分かっただけでありがたい」

「先ほども言いましたが、正式な依頼ですのでお気になさらないでください」

「そうもいかねえだろ、スピカ嬢ちゃんじゃなかったら――あいつを捕らえるなんて無理だっただろ」


 まーた、無自覚で誑かそうとしてとスピカは呆れ顔。

 もはや慣れているのでドキりとはしないが、スピカはラヴィッシュの気持ちも分かるなあと、くすりと笑んでしまう。


「余計なお世話かもしれませんが……ガイアさん、でしたっけ? 奥さんのお名前」

「ああ、そうだが」

「ガイアさんはアキレスさんの、その英雄気質を心配されているかもしれませんね」

「ああん? どういう意味だ?」

「実際の年齢は知りませんけど、不老不死のあなたは若く見えますからね――そして地位も名誉も力もある、異性に好かれやすいって事ですよ。一応、そういう人目を惹きやすいステータスを持っているって事は自覚なさってるんですよね?」


 英雄殿は、伴侶の顔を思い浮かべたのだろう。

 でへりと笑みで頬を崩して。


「大丈夫だって! あいつは、オレを信用してるからな!」

「あぁ、そうですか……」


 若く見える父の母へのこういう惚気も、たぶんラヴィッシュさんがイラっとしてる原因だろうな、と。

 年頃少女のスピカは多少の共感を得つつ、こほん。


「ついでと言っていいのかは分かりませんが――今度奥様に装備の依頼をしてもいいですか? 終焉スキル保持者で革装備を得意としている……それって、狩人にとってはけっこう興味ある人物なんですよねえ、下心だらけなのはお詫びしますけど」

「かまわねえよ、オレと嬢ちゃんの仲だからな!」


 ニハハハハっと犬歯を覗かせての英雄スマイルに苦笑するスピカ。

 その顔を眺め、ふとアキレスは考え。


「ああ、ただ――装備を作るとなるとザカール陛下の許可がいるだろうとは思うぜ。一応、あいつ、レイニザードの帝国管理創作者インペリアルクリエイターの長になってやがるからな。終焉スキル保持者の装備は全て国で管理されていて、面倒な手続きが必要なんだよ」

「帝国の偉い方ってことですよね? 奥様……おいくつなんですか?」

「オレたちは孤児だったから正確な歳はわかんねえが、たぶん三十四、五になるんじゃねえか」


 スピカは考える。


 アキレスの娘のラヴィッシュの歳が十五か、十六ほど。

 その妻のガイアの年齢は三十語前後。話に聞く限り、年齢よりは若く見えるらしいがそれでも常人の外見年齢の範囲。対するアキレスの外見年齢は……十八から二十歳程に見える。

 これからその差はますます大きくなるのだろう。

 そして、いつかは――。


 ――不老不死……か。


 その複雑な関係性に思いを馳せるスピカの内心の揺れを観察眼で察したのか、アキレスが言う。


「まあ、そうしなかったらレイニザード帝国は魔物に滅ぼされていた。魔王が世界の八割を占領した影響で魔物たちは活性化していた。そして、外来種……ヌートリアの侵攻も既に始まっていやがったからな。こうしなけりゃ――終わってたんだよ、オレたちは。だから、これでいいんだ――」

「すみません」

「いや、言われたばっかりなのに、これもオレの悪い癖だな。どうもオレは勘が鋭すぎるらしい。しかも確率を操作できちまうから、知ろうと思えば……なんとなく相手が考えていることもわかっちまう。この能力に頼りすぎてるんだろうが……」


 だからこそ、この能力が通じない娘の心が分からない。

 それは一種の神の恩寵のろい


「アキレスさんたち北部の方々がまだ魔族の方々と、その……少し壁があるのは、やはり……」

「ああ。直接は関係ねえんだろうがな。魔物から進化したあいつらは、少し、苦手だ。ふとした瞬間に、闘争心が芽生えそうになる。そういう国だったんだ、当時の、十八年前の北は」

「それでも、自分が言うのはお門違いかもしれませんし、無神経であると自覚をして言います。このダイナックに移住してきている魔族の方々は、いい人々ですよ。多少、気が荒かったり傲慢ですが……それでも、旧人類と呼ばれている我々人間に歩み寄ろうとしている気配を感じます」


 それは休戦状態となっている今だけの関係性。

 いつまた再開するか分からない、神々の駒遊びへの警戒に協力しなければならない状況のせい。魔王アルバートン=アル=カイトスの命令でもあるのだろうが。


「わぁってるよ、だから余計になんか腹が立つんじゃねえか」

「それを表に出していないだけ、立派だとは思いますよ?」

「んだよ、ずいぶんと褒めてくれるじゃねえか」

「そりゃあ、こちらは奥さんに装備の依頼がしたいっていう下心がありますし」


 あの日、依頼を受け監視をしていた時とは違い、スピカも少し前向きな人間になっていた。

 成長していたのである。

 だから、今は自然な笑みと口調でやり取りもできるようになっている。


「ちっ、いい顔で皮肉が言えるようになりやがって」

「おかげさまで――みなさんから色々と学ばせてもらいましたから」

「ロロナ嬢ちゃんとは交友が続いてんのか?」

「ええ、ただ最近……なんか彼女の心境に変化があったみたいで、ちょっとセンチメンタルになってるんですよねえ……あの人」


 ともあれ言って。

 スピカは英雄アキレスから書類を受け取り、装備依頼の許可を得るべく終焉皇帝との謁見の申請の話を開始した。


 ◇


 終焉皇帝は忙しい、だからすぐには無理だと思っていたのだが――。

 申請に許可が出たのは、その翌日の事だった。

 謁見の際に、聞きたいことがあるから時間を多めに作っておいて欲しいとの連絡を受け。

 スピカは頭を悩ませる。


 考えても仕方ない、会ってみればいいだけ。

 そう思って、亀島ダイナックの最奥にある三皇達が匿われている結界内に足を運んだのだ。

 が――。


 なにやら結界となっている扉の前では、重々しい空気。

 それぞれの国の護衛騎士が、ギロりとスピカを眺めている。

 それでも入室を促され、少女はおずおずと金赤絨毯の道を進む。


 重厚で神聖な空気は神殿に似ているか。柱には三国の旗がそれぞれに掲げられている。

 少女は異変に気が付き、息を吸っていた。

 以前謁見したときと、空気が明らかに違う――。


「失礼いたします――謁見の申請をさせていただいたヴェルザの冒険者。スピカ=コーラルスターです……って、なんで三皇がお揃いなんです……?」


 そう。

 謁見は終焉皇帝ザカール八世だけの予定だったのだが。

 謁見の間にいたのは、それぞれの統治者たち。


 三つの統治者、それぞれの玉座が用意された空間にあるのは、威圧感と重厚な空気。


 座る彼らは――終焉皇帝ザカール八世。魔王アルバートン=アル=カイトス。

 そして千年幼女マギ。

 その中でも一番人当たりのよさそうなマギが、ふふんっと猫のような笑顔を作り。


「よく来たな! スピカよ! ちぃ……とそなたに聞きたいことがあってな。相席させてもらう事になったのだ。どうじゃ、妾と久々に会えて、嬉しかろう?」


 嬉しかろう? 嬉しかろう?

 と、幼女教皇マギはニッコリを継続。

 彼女がこんな顔をするときは、大抵、裏で何かが起こっている。


 スピカ=コーラルスターは三皇の前で跪き。

 臣下としての声で、凛と告げていた。


「なにか、あったのですね?」


 三皇は顔を見合わせ。

 やはりマギが言う。


「ふむ……どうせ事情を聞くのだ。隠しておくわけにはいかぬであろう」

「自分が……いえ、わたくしが聞いてもよろしいので?」

「無論じゃ、おぬしにも動いてもらうつもりじゃからな。実はな、四星獣イエスタデイ=ワンス=モア様が姿を消したのじゃ」


 言葉を受け、スピカ=コーラルスターは眉を顰め。


「あの方が姿を消すのは以前からで、特別におかしいことではないのでは……?」

「普通ならばそうであろうな。しかし……」


 実演してみせた方が早かろうと、幼女教皇マギは極上ステーキセットをアイテム空間から取り出し。

 パタパタパタと鉄板の煙を天に飛ばす。

 ……。


 皇帝たちの謁見の間にふさわしくない食事の香りが、広がっている。

 ……。

 ただ、それだけであった。


 跪いていたスピカは驚愕に立ち上がっていた。


「そんな……っ! ステーキの香りで、召喚できないだなんて……っ!?」

「うむ。どうやら――事の深刻さを理解して貰えたようじゃな」


 幼女は魔法防御力を重視した法衣の隙間に、汗を流す。


 ヴェルザの街の住人ならばわかる、異常事態。

 あのイエスタデイ=ワンス=モアが、グルメの香りに引っかからない。他の魔猫もご相伴にあずかりに来ない。魔猫達に何かが起こっていることは――。


 確実。


 ごくり……と。

 ヴェルザ所属の衛兵たちも頬に球の汗を浮かべ。

 緊張の面持ちで煙を眺める中。


 なぜか、魔王アルバートン=アル=カイトスと終焉皇帝ザカール八世。

 そしてその部下たちはジト目をしていた。


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