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第130話、幕間短編~獣神楽園への侵入者~【星夜の竹林】


 【SIDE:竹林の獣神たち】


 ここは賑やかなケモノ達の楽園――魔力濃霧に包まれた、空の果てにある世界。

 四星獣ナウナウの配下が暮らす星夜の竹林。

 時は、魔王領で起こっていた”大地神の駒”騒動後のできごとだった。


 ヌートリアレギオンの腹から吐き出された神の駒が次々と顕現し、各地で暴れていた荒れた盤面も終息。世界が一時の休戦、安寧を取り戻した――数日後。

 ネズミ達との戦いに獣神たちも休んでいたある日。

 それは地上世界の戦いから帰還したステーキ店の店主、かつて英雄魔物だった悪魔獣神バフォメットパノケノスが開店準備を始めている時だった。


 強大な獣神クラスの存在の侵入が確認されたと、報告が入り――竹林では警戒レベルが引き上げられていたのだが――。

 ここにいるのは強大な獣神たち。

 ダンジョン塔の最上階のボスを務めるような、高ランク魔獣たちばかり。あまり狼狽はしておらず、いつも通りの日常をダラダラダラと送っていた。


 ここ、煙まで美味なステーキハウスもそうだった。


 チケットさえあるのなら、どちら様もご自由に。

 そう書かれた料理店の中。肉の下ごしらえを進める厨房で、邪悪なケモノの影が揺れる。

 そこには、ふんふんふん♪ と上機嫌な鼻歌を漏らす獣神が一柱。

 モコモコな毛を揺らし、トテトテトテ♪ ナウナウの配下たる狡猾な悪魔獣神、饕餮トウテツヒツジである。


 羊は弱いが、知恵がある。だからこの竹林でも既に一目置かれた存在となっていたが、ここはケモノたちの竹林であり楽園。地上世界に派遣されがちな彼の活躍よりも、光るものが別にあると皆は思っていた。正直、狡猾な戦いよりも――彼が作る「ジュージューと肉汁が滴るステーキ肉」の方が評判がいい。

 その味にはもちろん秘密がある。

 そう。

 彼は自分が強くなってもたかが知れている、と判断しているのか。戦闘用スキルを伸ばすことを放置し、趣味に生きることを優先。取得した経験値のほとんどを料理スキルや、それに準ずる能力習得に使っているのである。


 もちろん、本来ならもったいないレベルの活かし方なのだが、上司はナウナウ。

 あの今が良ければそれでいい、の現在を司る暢気な神。

 レイニザード帝国を支えダンジョン塔の完全制覇を達成させた経験値、今回の異界の神との戦いで得た経験値。それら全てを料理系統スキルにつぎ込んでも文句の一つも言わず。むしろ、褒めたたえたほどであった。


 ナウナウに曰く、えへへ~おいしいからいいよね~♪

 とのこと。


 もっとも、ナウナウの側近になっているまともな獣神、朱雀系統に分類される不死鳥シャシャは頭を悩ませているようだが……ここは自由の楽園。他の獣神もまったく気にしてはいなかった。

 饕餮ヒツジが料理スキルから派生させたマスターコックの称号を利用し、常に鮮度と温度を一定に保つ魔道具を顕現させ、その扉をパカりと開ける。


『さて、神殺しで入手したレアな食材はこんなものですか』


 冷気魔力保管庫に、胡椒と香草を塗した厚切りステーキ用最高しもふり肉を並べ。

 むふー♪


『いやぁ~、実に愉快ですね~。実に新鮮ですね~! 神の肉を味わえるなんて、これだからナウナウ様の部下はやめられない……と。あれ、おかしいですねぇ……ここにわたしのデザート、プリンなるグルメを保管しておいた筈なのですが……』


 そこでハッと饕餮ヒツジは思い出した。

 この竹林に侵入者が現れたという報告である。


『ぐぬぬぬぬ! やられました――まぁぁぁったく、バケモノ揃いのナウナウ様の住まいに侵入してくるとは、どんな間抜けなのでしょうねえ~! まあ、非戦闘員に近いわたしには関係ありませんが? それよりも、あぁぁあぁぁぁ! わたしのプリン、プリン……』

『おう、我が友よ。保管庫に顔を突っ込んで、なぁにをそんなに嘆いておるのだ?』


 と、声をかけてきたのは開店準備を進めている同僚。

 燕尾服に似たステーキ店の制服を着こなす山羊悪魔、饕餮ヒツジと共にステーキ店を経営する獣神の一柱パノケノスであった。


『なぁにをではありません、一大事です。これは、非常に問題です。わたしの! プリンが、侵入者に持っていかれてしまったのですよ!?』

『おう、あの美味かったプリンがか!』

『……。あの、パノケノス様? いま、なんと?』

『だから、あの生クリームが上層を彩っていた、あのプリンであろう?』


 ヒツジは、ムムムっと口元を尖らせるも。

 はぁ……と息を漏らし。


『まあ、あなたが食べたのならいいでしょう』

『いや、余はつまみ食いをしただけで、あれは客人の持て成しに使ったのだが?』

『はて……客人とは?』

『おう、今警報が鳴っておるだろう? ちょうど余が出勤するときに見つけてな、腹を空かせているようだったので連れてきたのだぞ?』


 胸を張って、山羊悪魔はふふん!

 相変わらず考えなしな元上司に、饕餮ヒツジは瞳をジト目に作り替えるが。


『パノケノス様』

『おう、なんだ?』

『つまりあなたは、騒ぎになっている侵入者を匿っていると?』

『結果的にはそうなるな?』


 考えなしの元上司の、まったく悪びれる様子もない山羊顔に饕餮ヒツジは、にんまり!


『それでこそ! わたしの友! 口うるさい朱雀シャシャが困る顔を思い出して、わたしは大満足でございますよ!』


 そう、饕餮ヒツジは悪魔。

 面白おかしいことは大好物。

 それが侵入者だとわかっていても、誰かが困っている姿に愉悦を覚えてしまうのは種族本能。それが本気の怒りとなるのならば話は別だが、揶揄えるライン、限界を超えない範囲でなら悪戯をしたくなる生き物。

 饕餮ヒツジは獣毛をキラキラさせて言う。


『それで、その侵入者たちはどこに?』

『今は中に入ってもらっておるぞ! 余は客人用のステーキと余とそなたの朝餉を取りに来たのだ』


 山羊悪魔パノケノスが視線で指す先は、ステーキ店の内部。

 饕餮ヒツジが厨房から顔を出すと、そこにいたのは二匹のネズミ。


『おんやぁ、あれは――先日の騒動の中心にいた、敵の駒。レギオンと化していたヌートリアの群れリーダーではありませんか』

『今は小さなネズミ。旅鼠へと種族を変えたそうだぞ。新婚旅行の途中でこの竹林に迷い込んだらしくてな。地上世界ならいざ知らず、天界用の金も寝床もないというから哀れに思ってな、連れてきたのだが。駄目であったか?』

『どうでしょうねえ……、まあ、竹林に迷い込んだ時点で、ナウナウ様は把握しておられるでしょうが――』


 饕餮ヒツジはシリアス顔で考える。


 上司ナウナウは能天気でずぼらで、何を考えているか分からない巨大熊猫であるが――ここにいる大半は、かつて人間だった存在。神は元人類の獣神や魔獣を囲う事を是としている。

 それはおそらく、かつて自らが人間にされたことの裏返し。

 人類の魂を動物へと貶め、動物園の展示物のように観察する事を愉悦としているのだ。


 そう、賢い饕餮ヒツジは理解していた。

 ならば、人間と種族は異なるとはいえ元魔族であるあの旅鼠達も――。

 饕餮ヒツジはやはり、シリアスを継続したまま。


『しばらく、ここで様子を見るとしましょう……って、なにを勝手に給仕をしているのですか! お待ちなさい!』

『待たせたな客人たちよ! 余の友も良いといってくれたのでな! まあ、ゆっくりしていかれるといい! ここはいいぞう! なにしろ自由であるからな! 存分に旅の疲れを癒して行かれよ! して、えーと、そうだな。汝らの名を伺いたいのだが?』


 山羊悪魔に問いかけられて、ケモノの一匹が前に出る。

 白い縦じまが凛々しいオスのネズミである。

 自動的に店の鑑定システムが働いて、珍客の情報を照らし出す。彼らは名もなき小さなネズミ。種族名は旅鼠。強さは――。

 パノケノスが、ヤギ目を見開きグワハハハハハハと豪胆に嗤う。


『ほう、名はないのか! 良いぞ、良い。それも自由である! そして、なんと! その小ささで余らに次ぐ力を持っておるのか!』

『え、いや……パノケノス様? 入場券なしでの侵入という時点で、けっこうアレな存在ですし……ここまで強いとなると、さすがに勝手にウチで拾うのは問題があるかもしれませ……ん――って、あなた!? まったく話を聞いていませんね!?』


 グイグイっと、おやめなさいと伝達。

 パノケノスの燕尾服風コスチュームの端を引っ張る饕餮ヒツジであるが、その成長能力のほとんどは料理系スキルに使われているため、ノーダメージ。

 先日の魔王領周辺の騒ぎ、神殺しの戦場を通じ更にレベルを上げているパノケノスには伝わっていない。


『安心するがよい、旅鼠達よ! 余は身体の大小で差別などせぬ! 小さくとも賢い、小さくとも強い。小さくとも尊敬に値する存在がいると、余は友に教えて貰ったのだから、な!』


 旅鼠達はやはり夫婦なのだろう。

 彼らはふわふわに膨らんだ、獣毛の目立つ首を傾け、言う。

 ここには新婚旅行の旅路の中で迷いついたと、入場券はもっていないと。勝手に入ってしまったのなら、謝ります。だから、帰ります。

 と。


 しかしパノケノスはかつて英雄魔物だった騎士道精神あふれる獣神。

 ふーむと唸り。

 にんまり! 少し演技じみた声で、両手を広げてみせていた。


『待たれよ、当店はまだ開店してはおらぬ。故に、準備中の今ならば商売ではなくてだな? なんと言うべきか、ともあれだ! チケットがなくとも滞在することも可能だという事だ。余も朝餉あさげの如きまかないを、いざいざいざと、洒落こもうとしていた所である。そなたらの旅の話も聞きたいしな! ゆっくりしてゆかれよ!』


 旅鼠の夫婦は顔を見合わせ言う。

 けれど、ここで使えるお金は持っていないかもしれないと。ここは地上世界だと思っていたと。

 山羊悪魔は気にせず、ふふんと貫禄に満ちたヤギスマイル。


『今回は仕事ではないのだから、構わぬ。余が許す。なれど、この竹林でしばらく暮らすならば確かに金も必要か。ならば、汝らよ。おぬしら夫婦もここでしばらく働いていけば良いのでは?』


 ネズミの夫婦が幸せそうに話し合う。

 モコモコモコと毛玉が揺れる。

 オスネズミよりも少しだけ小さい、オシャレなネズミが言う。


 ありがたいです。

 ここはとても心地いい世界です。

 できればここを拠点にしたいです。

 けれど、レストランなのにネズミが働いてもいいのかしら?

 いいのなら、しばらくお世話になりたいのですけど……。

 と。


 パノケノスが言う。


『それを言うのならば、山羊や羊が働いてもいいのかとなるのだが? それに――』


 かつて英雄魔物だったパノケノスは竹林を眺めて。

 すぅっと山羊の瞳を細める。


『ここはかつての檻の世界。見世物とされた、今ではない現実むかしを再現した――ナウナウ様が生み出した常世の楽園。ナウナウ様が気まぐれに集め、ナウナウ様が気まぐれに眺め、ナウナウ様が気まぐれに戯れる神の動物園。知恵ある人類種を動物へと変貌させたナウナウ様のためだけの見世物小屋、ナウナウ様の心を鎮める儀式祭壇のような世界。故にこそ、かつて人類種であったおぬしらにはこの竹林で暮らす権利もあろうて――』


 そもそもだ、と山羊悪魔は竹林の奥。巨大熊猫宮殿にて、こちらをじっと眺めている主の気配を察しながら。

 旅鼠を眺めて告げる。


『おそらく、汝らも――あの方に召し上げられたのであろう』

『なるほど、そういうことですか――』


 納得する二柱に、旅鼠達が首をかしげる中。

 賢き饕餮ヒツジが説明するように、蹄を傾けてみせる。


『あなたがた旅鼠はどう見ても希少種。珍獣ともいえる存在。そして……かつて人類だったモノ。ここまで条件が整っているとなると……侵入したのではなく、あの方が招いたというわけですね……いや、それならばちゃんと客人がくると言っておいて欲しかったのですが』

『まあ、ナウナウ様だからな。シャシャに警戒する必要はないと伝えるか』

『いえ、しばらくはそのままで構いませんよ』


 饕餮ヒツジはにんまりと邪悪な笑みを浮かべ。

 メメメエッメメメメメ!


『このレストランで従業員として侵入者が働いている、その瞬間を目撃したあの口うるさい不死鳥を笑ってやりたいですからねぇ!』

『おう! 何か知らぬが、おぬしが言うのならばそうするか!』


 饕餮ヒツジは服装を整え、キリリと慇懃に礼をする。


『さて、旅鼠の方々よ。ようこそ獣神たちの楽園へ。ここはあの方の心を慰める、竹林。ここには自由があります、ここには全てがございます。あの方は自由を望んでいる、だから我々にも自由を与える。散歩をしても問題ありませんし、十年二十年、出歩いても咎められたりはしないでしょう』


 饕餮ヒツジは瞳を閉じる。


『けれど、もはや逃げることはできますまい。あの方はこの竹林に招いた獣を愛してしまうのです。かつて自分が一方的に愛されたことを再現するように、あの時受けた一方的な愛に仕返しするように。あの方は我々を愛し続けます。だからもう二度とあの方からは――……って、あなたがたも人の話を聞かないタイプですね!? なにを難しいことは分からないと食事を続けて、って! それはわたしのプリンではないですか!』


 賢い饕餮ヒツジであったが、ここではいつも振り回される。

 獣神たちが自由だからだろう。

 もっとも彼もまた、他の獣神を振り回す存在であるが。


 こうして――竹林にも変化が起きた。


 饕餮ヒツジのプリンは犠牲となったが、竹林に佇む美味しいステーキハウスは大賑わい。

 従業員も増えて、おいしいお肉をたくさん提供する。

 旅鼠達は棲家を見つけた。

 ここはとてもいい世界だと、腰を据えた。


 互いに互いの獣毛を撫で、毛づくろいをする。


 四星獣ナウナウは、にぎやかな珍獣たちを眺めて、床をゴロゴロゴロ。

 いつかのあの日を思い出していた。

 こうして、コレクションしている珍獣たちを眺めていると、思うのだろう。


 やはり、自分もまた。

 彼らに愛されていたのではないか――と。

 こうして、コレクション達を眺めていると、とても心が温かくなる。ほんわかと、幸せな気分になる。


 だから、自分が死んだ後に作られた絵本。

 自分を永遠に閉じ込めたくせに――大好きだよと、身勝手な思い出を綴った絵本も少しだけ、理解ができるようになっていた。

 ナウナウはゴロゴロしながら、自分が獣神となる前の世界を思い出す。


 あそこは珍獣たちを一生閉じ込める、自由のない牢獄だった。

 けれど。

 自分を育ててくれた動物園の従業員や、いつも会いに来てくれた子供たちの笑顔だけは本物の愛だったのではないか――と。


 考える。

 考え続ける。

 だから――。


 四星獣ナウナウはこうして珍獣たちをコレクションする。

 かつての自分がそうされたように。

 ナウナウは珍獣たちを愛することで、自分も愛されていたのか、それとも愛されていなかったのか――考え続ける。


 旅鼠の夫婦が幸せそうに竹林で笑う姿。

 その微笑ましい景色を眺め、ナウナウは考える――。

 あの日の自分は愛されていたのかどうか。

 悩める獣は考え続ける。


 答えは分からなかった。

 とちゅうでかんがえるのがめんどうになったのだ。


 ただ――ナウナウは幸せそうな旅鼠夫婦のために家を建てた。

 旅鼠夫婦が嬉しそうに頭を下げる姿を見て。

 ナウナウはふわふわな口元を緩め、ほんわかと微笑んだ。







 幕間短編

 獣神楽園への侵入者―おわり―


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― 新着の感想 ―
[良い点] よかったー!鼠夫婦拾ってくれたんですね! 実はミリーが鼠になって駆けていった…から、これからの生活はゴミ箱の残飯漁ったりして弱肉強食魔族達に踏み潰さらて片方死んで憎しみからまた怪物になっ…
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