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第013話、わがままクエスト【SIDE:魔女キジジ=ジキキ】


 【SIDE:魔女帽子の冒険者】


 魔女帽子の冒険者、彼女の名はキジジ=ジキキ。

 供を引き連れての長い旅だった。

 文化も違う別大陸。

 他国からの来訪者でありアポロシスの街で足止めされていた彼女達が、ヴェルザの街への山道で遭遇したのは――別大陸でもその名が伝わっていた剣聖。

 天に最も近いとされる上級冒険者の剣士イザールであった。


 大樹を拠点にした野営キャンプでは音が鳴っている。

 乾いた木の枝が焚き火の中で弾ける音だ。

 小さな酒場となった野営地では、イモを蒸かす香りが漂い始めている。


 旅は道連れ世は情け。

 焚き火の前。

 供である護衛に周囲を守らせるキジジ=ジキキは大きな魔女帽子を胸の前で握って、ふふふと微笑している。


「なるほど、やはりあなたがあのイザール様なのですね――どうりで……。並々ならぬ竜のオーラを纏っている方とは見た瞬間に気付きましたが。警戒してしまいましたわ」

「ああん? 警戒だぁ? お嬢さんよ、オレを山賊かオークだとでも思ったのか?」


 イザールの頬はわずかに赤らんでいる。

 焚き火の熱と、冷える夜対策だと度の高い酒を嗜んでいたからだろう。

 キジジ=ジキキは酔っ払いの顔を見て。


「すみません、ヴェルザの街の方々にはあまり良いイメージがなかったもので」

「おっと、辛辣な魔女さんだな。で、なんでだ」

「さあ、どうしてでしょう」

「焦らすなよ……そういうのは男の子に嫌われるぞ? まあオレはあんたみたいな肌のきれいな女は大好物だがな」

「早急な方は淑女に嫌われますよ?」


 周囲を警戒している前衛職の仲間が、一瞬だけ振り返る。

 イザールをきつい瞳で睨んだのだ。

 視線など気にせず、干し肉を豪快に齧り剣聖が言う。


「彼氏じゃねえな。仲間か。けれど、位はあんたの方が上。リーダーである魔女にたかる蟲を怖え瞳で睨んでやがる。でも愛や恋だのって感情じゃねえ。おお、おっかねえ。さてお嬢さん、あんたは何者なんだ?」


 互いの会話は腹の探り合い。

 なぜこんな夜に、こんな場所で野営をしている。こんな場所で独り、アポロシスの街に向かっている。

 明らかに怪しい。


 ダンジョン塔とダンジョン塔を繋ぐ道は、多くの魔物がでる。

 冒険者の常識である。

 だから街と街とを移動する際は、細心の注意と準備が必要不可欠。


「腹を割ってお話ししませんか? こちらも聞きたいことがあるのです」

「構わねえよ、てか、オレは最初からそう言ってるだろう……」

「え? いえ……イザール様は、食事の香りに近寄ってきただけでしたでしょう?」

「仕方ねえだろ、急ぎ過ぎて食料の補充を忘れてたんだ」


 ふふっと大きな魔女帽子を胸に抱き。

 魔女キジジ=ジキキが言う。


「そちらの事情を先に――お芋を差し上げたでしょう? 交換条件です」

「いいだろう――」


 イザールの事情説明が始まった。

 話を聞き、女盗賊メザイアの話との一致に納得したキジジ=ジキキが言う。


「そうですか、やはりあなたほどの人が……あの方を呼び戻しに……。たしかに、あの方ならダンジョン塔から齎せた疫病を治せるかもしれませんが」

「アレの魔術を見たのか?」

「わたしの回復魔術を、まるで低級魔術をみるような顔で眺めておいででしたわ。差がありすぎて、比べても悔しくないほどに」

「ログを見せてもらうわけには」

「申し訳ありません、あの方の許可なく見せるのは不義理であると、わたしは考えます」

「そうか、いや、悪かった。忘れてくれ」


 身を引いた男に、女はわずかな信頼感を覚えていたのだろう。

 その唇が動く。


「ただ……そういう事情でしたら。ちょっとまずい事になっているかもしれませんね」

「どういうことだ?」

「アポロシスの街は彼らに助けられたのですよ。それで、その境遇も聞いてしまいましたから……みなさん、カンカンでいらっしゃるといいますか……。アポロシスの街ではヴェルザの街の事を警戒していて。もし追手が来たら追い返しましょう、恩人である魔猫様を守るんだ――と、もう既に街の門を閉めている筈です。あなたは有名な冒険者、天を目指す剣聖でしょう? しかも、ヴェルザの街の登録冒険者ということはあちらのギルドでも伝わっている。きっと、追手と勘違いされて襲われると思いますよ」


 大きな皮袋の酒を飲み干し。

 男が頬の傷跡をなぞりながら。


「まあ大丈夫だろうよ、オレは雑魚に負けはしねえさ。っていいたいところだが、たしかにまずいな」

「ええ。閉じられた城門を、一人も殺さず、怪我をさせずに破壊して突破することは難しい。殺さず傷つけず、無数の敵を対処する。それは百の魔物を滅ぼすよりも困難でしょう」


 呼吸で間を作り。

 キジジ=ジキキは話をつづける。


「あの方は、アポロシスの街を気に入っているようです。街の人を大切にしている、たぶん街の人が傷つけられたら……怒ってしまわれ、交渉は決裂どころか、とんでもないことが起こると思います。あの方はとても優しく気さくで、ちょっと変わっていらしたけど、良き、善良な方でした。けれど、どこか達観した部分があったような印象を受けます――ただの魔猫というよりは……」

「上位存在、そんな印象だろう?」


 言葉を盗むように言ったイザールにキジジ=ジキキが眉を跳ねさせる。


「あなたはあの方の正体を知っておいでなのですか?」

「すまねえが、おそらくあんたは他国の人間だろう? この大陸、この国に籍を置くものとして完全に信用できる相手以外に、語ることはできねえ」

「つまり、それほどの方だと暗に教えて下さっているのですね。分かりました、深くは聞きません。確かにわたしがその話をあなたから聞いてしまっては、かなりの問題になるとは思いますので」

「王族か」

「ご想像にお任せしますが、否定はしませんよ」


 供の男が、やはりギロっとイザールを睨む。


「で、旅の魔女さんはわざわざ山を越えてヴェルザの街になんのようなんだ?」

「正確には王宮に用があるのです」

「あの野心と政略と利権ばっかのクソの塊、伏魔殿にか? やめとけやめとけ、あそこでまともなのは幼女大司祭様だけだぞ」

「噂には聞いていたのですが……そんなに酷いのですか?」


 上級冒険者にありがちな、ダンジョン籠りで伸びた前髪の下。

 剣士の眼光は、刃のように凍てついていた。


「王が腐れば下も腐る。上がどうしようもねえバカなのさ。ダインとかいう糞を野放しにしちまうほどにな」

「ダイン、メザイアさんを殺そうとした冒険者殺し、ですか」

「ああ、あいつがどうして幅を利かせているか? どうしてみんな強くでられねえのか? その辺に全部あのバカ王が関わってきやがるって話だ」


 侮蔑を込めた声が、野営地に響き渡る。


「あの野郎、あのバカ王の隠し子らしいって噂なんだよ。本当かどうかは知らねえがな」

「もしそれで、優秀な上級盗賊と回復の達人ネコを失ってしまったのでしたら……愚かな話ですね」

「まあな……」


 しばし考え、イザールが口を開く。


「それで、あんたらはなんであんなところに?」

「大事な用が、あったのです。本当に大事な。しかし、旅で出逢った皆さんの話を想えば……大したことではない、かもしれません」

「意味が分からん」

「方法はお知らせできません。けれど、我が国には魔物の動きを察知する術があるのです。そして……知ってしまいました。近いうちに、ヴェルザの街のダンジョン塔から、大規模を越えた超大規模の魔物の奇襲があると……そう、複数の有識者からの報告がされていたのです。事実、アポロシスの街の塔からも大規模襲撃があった。それがなによりの証拠だと考えております。それをお伝えする予定でしたが……」


 どうするか悩んでいる。

 キジジ=ジキキは自らの心に悩んでいる。

 果たして、あの街に助ける価値があるのか。


 魔女は考える。

 揺れる魔女の長い髪を眺め、剣聖が言う。


「なんで、他国のあんたがそんなことを」

「ええ。お父さまにもお母さまにもそう言われて反対されました。するのならば、国ではなく個人で行けと。だから、これがわたしの初めての冒険、わがままクエストなのです」

「お姫様の冒険、ってか。無茶をする」


 そう。

 皆に、無茶だと叱られた。

 けれど彼女は言った。


「それでもやはり……。人が死ぬのは……とても悲しい事ですから」


 人が死ぬのは悲しい。

 その言葉に、イザールは何も答えない。

 ただ静かに、握っていた皮袋に視線を落とすのみだった。


 ◇


 翌朝、彼らは別々の方向に山を進んだ。

 片方はアポロシスの街へ、片方はヴェルザの街へ。

 剣聖は魔女姫にアドバイスをした。

 まずは幼女大司祭マギを頼れ、これを渡してオレの名を出せばいい――と。


 ▽キジジ=ジキキは、空の皮袋(酒)を手に入れた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ネコちゃん成分が少なすぎる!! 他のはいいから御猫様を!イエスニャンを!!(洗脳済) [一言] 破滅フラグを淡々と積み上げていくヴェルザの街、それでもまだ終了のお知らせが来ない…… …
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