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第123話、狂神演戯―クルエルカミ―【崩壊する魔王城】


 【SIDE:魔王城ネコヤナギの記録】


 これは魔族と敵と、謎の暗黒騎士の物語。

 そして異聞禁書ネコヤナギの物語。


 ネコヤナギの分霊たる魔王城は思います。

 強く思います。

 彼らの思い出を守りたい、と。


 いつの間にか、彼女の夢は叶っていました。願いは叶っていました。けして誰にも口にしなかった、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアにさえも伝えていなかった、胸の中に溜めていた願いです。

 彼女は心のどこかで思っていました。

 切り倒されたその時に殺してしまった心の中で、想いを募らせていたのです。


 いつか再び、誰かにとっての思い出の樹になりたい、と。


 もはや叶わないと思っていた願いですが、叶っていました。彼女にとっては異世界である、この盤上遊戯の世界で――あの日の願いはもう既に、叶っていたのです。

 だから、強く願いました。

 誰かの願いを叶える四星獣が、生まれて初めて自分のために願いました。

 心の底から願いました。


 どうか魔王城おもいでを守ってください、と。


 それでも現実は厳しいです。ここは一度放棄したエリア。

 戦術的価値のない意味のない領域。

 魔王城は既に廃棄された枝。

 四星獣としての力はほとんどありません。ただ、皆に愛されているだけのしろです。


 そして――敵はかつて楽園に棲んでいたとされる神の一柱です。


 対して、味方となっているあの暗黒騎士は誰だか分かりません。

 魔族でしょうか、魔猫でしょうか、それとも四星獣ナウナウが率いる獣神でしょうか。ネコヤナギだけは知っていました、あれはリーダー・ストライプ。彷徨える魔族の残滓であると。

 けれど。

 魔族たちには分かりません、あの漆黒の鎧を身に纏った騎士の正体が分かりません。


 それでもこれだけは分かります。

 今、彼はこの樹を守るためにここにいる。

 魔族の中に動揺が走っています。暗黒騎士が敵か味方か判断できないからでしょう。だから、魔族の女性は言いました。


「あの暗黒騎士さんっ、魔王城を守ってくれているみたい! 少なくとも、こちらへの敵意はないように見えるわ!」


 ロングスカートの中からフラスコ型の爆薬を放つ、女性魔族です。

 悪魔族の女性です。

 記録ログに表示される彼女の名はミリー。

 猛将マイアの妹。十八年前、魔王歴522年に四星獣イエスタデイ=ワンス=モアによって病を治療された、調合錬金術師の魔族です。


 彼女は十八年の間に成長しました。

 四星獣イエスタデイからの恩に報いるため、エリートとされる魔王軍にも入りました。大切な人を失ったと知っても、神に助けられた命を大事にするため前に向かって生きていました。

 優秀な人材がそろった魔王軍の中でも、彼女は中堅。

 それなりの地位までは上り詰めていたのでしょう。


 それは四天王の座を賜った姉の威光ではありません。


 彼女は凡人です。けれど努力家でした。

 天才には勝てません。魔力でもほかの魔族と比べても凡庸でしょう。

 魔術の腕も、それなりにしかありません。一般人と比べれば上位に位置しますが、魔王軍の基準では上位にはなれません。

 いつでもどこでも平均より少し上。

 ただそれだけの魔族です。


 けれど、彼女には築き上げてきた唯一の特技がありました。


 唯一、自慢できる武器がありました。

 彼女はずっと病に伏せていました。それでも前向きに、自らの病と闘っていました。その経験は無駄にはなりませんでした。自らの病を治そうと研究し続けた知識が、戦いの役にも立ったからです。

 だから。

 今もこうして、前に向かって進めるのです。

 敵が調合錬金術師ミリーを睨みます。


 魔王城のログに戦場の様子が記入されます。


 敵は神の駒。

 神の駒は、周囲をギョロっと眺めます。見た目は、黒い闇のモヤ。まだ正体が判然としていないからでしょう。それは魔族達の種族技能:考古学が足りないせい。敵を鑑定できていないのです。

 しかし、異聞禁書ネコヤナギの分霊たる魔王城ならば敵を把握できます。

 だから。魔王城はその葉を揺らしました。


 ▽魔王城が――《鑑定》――を発動。


 まだ滅びるわけにはいかない。

 燃え尽きるわけにはいかないと、鑑定の波動を発動させていたのです。

 敵の姿が映し出されます。


 黒。


 そこにあったのは、ただただ黒い巨神。

 狂った神。

 黒い血流を剥き出しにし、歯茎をギシリと釣り上げ不気味に嗤う、狼の顔をした、筋骨が盛り上がった強大な巨人でした。


 魔族の誰かが言います。


「な、なんだよ、あれ……!?」

「ひぃ……っ」


 それは、かつて魔物であった種族でもある好戦的な魔族にとっても、奇怪に映ったのでしょう。

 黒々とした神の駒が握る武器に、目線は集まります。

 そこでは、グギギギギっとくぐもった悲鳴が漏れています。


 そう、皆の視線は巨人の武器に引き付けられていました。

 魔族の戦士が言います。


「あれ、ネズミの死体……だよなっ。なんでだよっ、だってあいつらは、外来種のネズミ達が送ってきた敵なんだろう!?」

「それに、あれ、鍛冶屋のバートンに、魔術師のクリエスじゃねえか……っ」

「死体を武器にしてっ……?」


 理解しがたい光景を目にした魔族の正気度、冷静さがどんどんと失われていきます。

 黒い狼の顔をして、黒く嘲り続ける巨人の神。どこもかしこも不自然に膨らんだ巨大な体躯の、その歪でごつごつとした腕には、蠢く肉と骨の塊。

 ヌートリアと魔族の遺骸でできた鈍器が握られていたからです。


 暗黒神官の魔族女性が悲鳴を上げます。

 きっと仲間の遺骸が、そこで膨らんでいたからでしょう。


「いやぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」

「見るな……っ」

「あんなのをまともに見たらっ、正気じゃいられなくなるだろうが――!」


 魔族たちは大混乱。

 微かにあった統率も、もう失われています。

 理解できない狂神を理解しようとしてしまった、その時点でおしまいなのです。

 ただし、理解しなければ戦えません。


 それが神との戦いなのですから。


 だから魔王城はあえて、鑑定を維持し続けます。それしか勝機はありません。

 鑑定結果が、皆のログに流れます。盤上遊戯の魔物として、その存在を種族カテゴリーに落とし込むならば――。

 狂神スマイルジャイアント。

 でしょうか。

 それでもそれは個体名ではありません。ゼリー状の強敵スライムが総称としてゼリースライムと呼ばれるように、あれが狂神スマイルジャイアントという種族であって。個体名は違うのです。


 正気度が失われた戦場で動いたのは、暗黒騎士。

 そして、調合錬金術師のミリー。

 暗黒騎士は狂神の身体を魔力で膨らませた鎧と身体で押し返します。中には邪悪な何かが詰まっているのでしょう、けれど、暗黒騎士は明らかに魔族の味方をしています。

 魔族の思い出となっている魔王城を守っています。


 ごくりと息を呑みながらも、調合錬金術師は前を向きます。

 後ろ向きな人生は、もう嫌なのでしょう。気丈さを保つミリーが、正気を失い昏倒しかけている魔族たちに言いました。


「なにをやっているの、あなたたち! 心を強く持って! 敵の正体が判明しているのなら、攻撃も通るでしょう? あたしには――あたしたちの魔王城が、あの神を照らしているように見えるわ。あなたたちにだって、そう見えるでしょう!? その正体を暴いている今しかチャンスはない筈でしょ!」


 ミリーの説得にダイス判定が走ります。

 判定は、成功。

 魔族達の正気度が回復していきます。


 狂神は観察します。

 狂神は観察します。

 狂神は観察します。


 おそらく、この場にいる存在をランク付けしています。優先的に食う順番を決めているのだと、魔族達は本能的に悟っていました。

 だからこの場で目立てば真っ先に殺され、喰われる。

 だから魔族たちはガタガタガタと恐怖します。

 しかし、ミリーは引きません。彼女はこの魔王城を愛していました。いつかこの地で、転生してくる大切な人を待つ。そう決めていたからでしょう。

 盤上世界には転生があります。形状や種族、存在が変わってしまいますが人間も魔族も蘇ります。それは彼らの始まりがこの世界の駒だったからです。盤上世界の命の特権。転生が現実的に起こる、それは特殊能力ともいえるでしょう。


 暗黒騎士が魔導書を開きます。

 詠唱を開始しますが――歌は途中で妨害されます。

 狂神の仕業です。魔術妨害の結界でしょうか。犬歯の隙間から零した泥で、暗黒騎士の魔術を逆算して無効化しているのです。


 暗黒騎士が弱いのではありません。

 アレはこの場にいる中で二番目に強い存在です。

 一番強いのが狂神ということだけ。三番目に強いミリーと暗黒騎士の能力差もかなりあります。繰り返し、ログが流れます。

 暗黒騎士が弱いのではありません。狂神がおかしいほどに強いのです。


 動きがありました。

 狂神です。

 耳が軋むほどの、低く重い声が魔王城を揺らします。


『理解。理解。理解。オマエたちは――なんと脆弱たる存在か。ああ、理解したぞ。我は理解した、理解した。オマエタチが我を理解したことを、理解した』


 ただ声を出した、それだけで大地が揺れます。

 狼の顔をした巨人は、不気味に、ニギギギギギっと嗤い続けているのです。

 狂神が、獣の口を開き、世界を汚染する声で宣告します。


 たとえ狂っていても、邪悪であっても。

 それはまさしく神の声でした。


『理解した上で、告げよう。弱きモノたちヨ。遊戯の世界で生まれた命たちヨ。我らの贄ヨ。さあ、口を開け。首を垂れ、眼前の我を前にし寿ことほぐがよい――今此処に神は降臨した。汝らヨ。贄となれ、我らが血肉となり支えヨ』


 神の駒は狡猾に嗤います。


『さあ謳え、玩具たちヨ! 我が名はスコル。太陽を追いし、北壁の神性――光さえも食らう、終わりを謡う巨神なり!』


 状態異常を発生させる邪悪な遠吠えを、闇のアギトから吐き洩らします。

 黒い獣顔、そのスマイルを浮かべ続ける尖った犬歯の隙間から、ダラダラダラダラと毒液が垂れていました。

 その名がログに表示されます。


 ▽太陽を喰らう天災。嘲りし巨人:スコル――が現れた。

 と。


 狂神スコルは武器を振りかざします。

 狂神スコルは武器を振りかざします。

 狂神スコルは武器を振りかざします。


 肉と骨が捩じられ、重なり合った鈍器ソレからうめき声が漏れていました。

 潰された魔族からも声が漏れます。

 冒涜は時に神の武器となる。恐怖が信仰を集めます。恐怖という心を集めた神は、その力を高めています。

 だからこそ、あえてこの狂神はイケニエの鈍器を振りかざします。死者の躯を神に捧げられた武器と認識し、装備しているのでしょう。


 圧倒的な存在。

 異なる世界で暴れた狂神。

 盤上世界を奪おうとしている、外来種のボス。

 神との戦いが、始まりました。



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