第114話、幕間『誰もいない楽園』【外世界】
【SIDE:対局する神々】
新たな拠点、新たな大陸に築かれたのは魔猫王城。
誰のものでもない海亀ダイナックの広大すぎる背には、人類と旧人類、そして魔猫の混成駐屯地が建設されていた。その御旗は四星獣。
魔猫と熊猫とナマズ猫、そして猫柳の樹。
ネコの神性を持つ獣神たち。
その獣性は鼠族に対して特大規模の特効効果を有している。ダイナック大陸に侵攻しようと海を泳ぎ、空を駆けるヌートリアの駒達であるが、そのことごとくが弾き返されていた。
ウミガメの背に乗る甲羅が大陸を守る強固な結界を張っているおかげでもあるが。
そんな盤上を眺めるのは、楽園の大樹の下に集う神々。
玉座に鎮座するふわふわ魔猫――大魔王ケトスと、四星獣の本体。
そして。
その対局相手。
揺れる盤上の前で目を赤く尖らせ、獣毛を膨らませる邪悪なヌートリアレギオン。
『何故だ、何故そんな亀を倒せん! たかが爬虫類ではないか!』
盤上世界を侵食するヌートリアが勝利を掴むには、相手側の強大な駒をヌートリア汚染する必要がある。
けれど――。
魔王の駒も、幼女教皇の駒も、終焉皇帝の駒も既にネズミの手が届かぬ砦の中。新たに生まれたウミガメ領域《ダイナック大陸》の中に逃げ込んでしまっている。
鼠側の手駒には彼ら盤上世界の三人の王、特殊リーダー駒《三皇》に匹敵する駒も存在する。
英雄魔物を汚染させた強力な手駒。
ヌートリアキングに匹敵する強大なネズミ魔物たちがいるのだ。
しかし、ネズミであることに問題がある。強力であればあるほどネズミ化は進む、それが不利に働くのは――盤上世界を棲家とする魔猫のせい。
ネコは太古の昔から、ネズミを恨んでいる。
それはこの世界の魔猫の王であり神、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアがネズミに騙され、ずっと、ずっと、主のために溜めていた願いの力を奪われたせい。盤上世界の魔猫達は、ネズミを許さない。そのねらねらとした尾を、黄色い牙を、姑息な顔を――恨んでいる。
その結果、魔猫は全員強力なネズミ特効持ち。
それを知らずにヌートリアレギオンは、ぐぬぬぬぬ。
顔を真っ赤にさせて、細いネズミの爪で手駒を操作し――ギロリ!
対戦相手である大魔王の生意気そうな猫顔を睨み、空飛ぶ汚染ヌートリア軍団を動かしていた。
駒と駒がぶつかり合う。
対戦駒は――モスマンヌートリア軍団、対、魔猫を背に乗せる海亀ダイナック。
ダイスロールが発生。
ネコと鼠、二柱は同時にダイスを振る。
『これならばどうだ……っ!』
『はい、カウンターアタック。キミの手駒、《ヌートリア汚染された蛾皇帝》は海亀ダイナックの反撃に遭い、全滅。汚染解除が発生する。次にワタシは敗北したキミのモスマン達が消える前に、彼らを対象にエフェクト選択をしよう。魔王アルバートン=アル=カイトスの駒の効果で、モスマン達を対象に魔族化を発動。ダイスロール。判定は、おや――ついているね、成功だ。魔物モスマン族はこれから全てこちらの手駒になる』
大魔王ケトスが余裕の表情で、肉球で掴んだ駒を動かし。
スゥゥゥゥゥゥ。
ヌートリアレギオンの手駒を大量に奪い取る。
『ま、待て! やり直しを要求する!』
『やり直しかい? ルール上、時に干渉できる駒があるのならば可能だが。キミの手駒の中に、時魔術が扱える特殊駒はあるのかい?』
『そ、それは――っ』
時魔術は稀少な魔術。
当然、ヌートリア軍団にそのような駒はない。
世界管理者。ゲームマスターたる神樹が誰もいない楽園で、身を揺らす――。
今の対戦結果が確定されたのだ。
盤上遊戯を示す盤面。
命たちが生き、今を生きている盤上。黒く染まっていたモスマンの駒が浄化され、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアの獣毛に似た白色に染まっていた。
魔王領の守りに新魔族マスラ=モス=キートニア二世が配置される。
これで魔王領の守りがまた盤石となった。
『申し訳ないね。またこの盤面もワタシの勝ちのようだ』
『まだだ! まだ……っ』
既に、勝負はついている。
誰の目から見ても明らかだ。
ヌートリアレギオンが勝利するには、なんとしても盤上世界の強者たる三皇の駒を奪うしかない。それは状態異常の一種:《挑発》に陥っている状態と似ているだろう。
もはや妄執に囚われ、手駒をますます減らしていく。
冷静さを欠いているヌートリアは焦って負けを取り返そうと、駒を大きく動かし続けたのだ。
それでも。
ダイナックには届かない。
眠り続け、静観していた四星獣ムルジル=ガダンガダン大王。ナマズ猫が何食わぬ顔をして打った一手、五百年以上の時を経て浄化された罪人から生まれた贖罪のケモノは、それほどまでに盤上を揺らしていた。
釣りを得意とするムルジル大王の策略。
その短き手足に輝く肉球が、多くの駒を釣り上げたと言えるだろう。
ダイナック大陸は既に魔猫の島。
ヌートリア達は何度襲って来ようと、撃墜される。
魔猫が新大陸と決め移住した海亀島ダイナックには、超強力なネズミ特効フィールドが発生している。その絶対防御領域を利用し、ネズミ側にとって逆転に必要な三皇は鎮座し続ける。冷静な彼らは自分たちこそがヌートリアの狙いだと気づいているので、けして動かない。
仮にネズミが島に入り込んでも、自動で浄化されるだろう。
亀の甲羅が本体への汚染を許さず拒絶するのだ。
もはや詰みである。
大魔王ケトスが言う。
『キミが狙っている三皇の駒はけして動かない、これで絶対に手に入れることはできなくなったね? さあ、どうする? そろそろ負けを認めたらどうかな?』
返事はない。
もはやブツブツブツブツ、ヌートリアは狂気に染まった瞳で盤上を睨むのみ。
揶揄う大魔王ケトスであるが、これも作戦の一つ。
追い詰められたネズミが何をするか、彼には見えていた。
それはすなわち――最終戦争。
持ちうる全ての手駒を使い、三皇のいない北部、魔王領、ヴェルザの大陸を襲い奪い取ること。
様々な神霊の集合体であるヌートリアの身体が、不気味に蠢き始める。
次々と神霊たちの声が聞こえる。
『まだ……っ、まだ。我は、僕は、ワタシは――』
『まだ……。まだ……我らは――』
『あの日に帰るため。やり直すため……あぁ、今度こそ、あの日の栄光を、我が手に――ッ』
蠢くヌートリアは、ググググっと口から体液と共に神像を生み出す。それは駒となり、盤上世界に配置される。
腹から新たに吐き出した楽園の神の駒。
すなわち自分たちの魂を、握り。
ズズズズ……。
ズズズズウ……ゥゥゥ。
最後の手駒を、大量に動かし始めた。
盤面を常に有利に運び、戦場を勝たせ続ける大魔王ケトスは猫毛を揺らしていた。
その表情に、憐憫が浮かび始める。
静かに瞳を細めて、その最後の抵抗を眺めていたのだ。
『愚かだね――。もはや、まともな思考も消えているのかな。その駒が壊され消えるという事は――キミ達の滅びを意味しているというのに』
それでも神は神。
外世界で楽園を支配していた神々の亡霊、強敵であることに違いない。
おそらく、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアから盗んだ願いの力を使い、神の駒の強化もしているだろう。
だが、対処も既に可能。
盤上世界は、強い世界。
戯れに世界に干渉していた四星獣の影響を経て。長い歴史の中で成長していたのだから。
自らの魂を送り込んでいるのは大魔王ケトスも同じ。
分霊たる神父ニャイに連絡する。
盤上世界を守るべく、神殺しの討伐隊をいつでもどこにでも運べるように――永遠に生きる亀島ダイナック大陸に転移門を設置し始めたのだ。




