第102話、エンカウント―その鼠、濁流のごとく―【ダンジョン塔上層】
【SIDE:上層攻略パーティ】
冒険者たちは進む。
道を進む。
ダンジョンを進む。
四星獣の宝を求め、そしてヴェルザの街の幼女教皇を狙うヌートリア達に対抗するため。
彼らは既にダンジョンの中。
ここはダンジョン上層と呼ばれる魔境――ヌートリアキングが滅ぼされた廃坑エリアの奥。
フィールドのイメージを言葉にするならば、神殿楽園。或いは神の聖域だろうか。どこからともなく輝く聖光。光指す道の中を進むのは、六人の他種族混成パーティだった。
本日、攻略を開始し始めたばかりの、でこぼこ訳アリ冒険者一行である。
光に満ちた上層エリアの攻略を開始した彼らは、険悪ながらも道を進む。
城壁ほどの高さを持つ神々しい樹と、長大な柱。神話を彷彿とさせる光の道に、不釣り合いな闇がザワザワザワっと生まれ始める。
エンカウント。
いわゆる敵との遭遇である。
だが、そこで待っていたのはただの魔物ではない。
ネズミ。
既に外来種による駒汚染が広がっているのだろう。周囲を取り囲んでいたのは巨大鼠の群れだった。
状態異常:《ヌートリア》。
そう、中層より上はネズミに憑依された亜人系魔物たちのエリアとなっていたのである。
一匹一匹の実力は英雄魔物に数歩劣る。しかし問題はその数。
様々な装備。様々な魔物駒に憑依している彼らは、赤い瞳と魔力を吸って尖った獣毛を光らせ。
――ッカカカカカカカ!
聖光に満ちていたエリアを自らが得意とする闇エリアに書き換えるべく、魔術による闇の煙を放出。周囲を先の見えない暗澹とした世界に書き換えていた。
『こいつら。ツヨイ。駒』
『奪え。奪え。奪いつくせば、我らの肉体を、元に戻してもらえるかもしれない』
『いや、ヌートリアこそが至高。元に戻る必要ない』
『では、我らは何を望む』
『あの方のために魔力を!』
濁流のように積み重なった闇の獣毛が一斉に跳ねる。
ネズミ。ネズミ。ネズミ。
ネズミ。ネズミ。ネズミ。
ネズミ。ネズミ。ネズミ。
敵側の前衛も後衛も。
ネズミ。ネズミ。ネズミ。
ネズミ。ネズミ。ネズミ。
ネズミ。ネズミ。ネズミ。
ヌートリア化した亜人魔物が、ギヒヒィイィィッィ!
本来だったら高位ナーガや上位巨人だった最上位魔物が、駒に憑依され。グギギギギ。身を邪悪なネズミに窶して、黄色い歯をネラネラと輝かせ、奇声を上げて突進。
牙が爪が、魔導杖が――ネズミのものとなって襲い来るのだ。
冒険者側で真っ先に動いていたのは、蹴撃者。
続いて、凛々しい角の女魔族が部下に緊急の指示を出す。
「ビスス=アビスス。防御を固めなさい」
「《篭禿鷲・脚葦・葦葦縄》」
アヌビス族の扱う魔導石板に浮かぶのは、この世界とは異なる砂漠の象形文字。古代異界文字魔術ともいえる詠唱から防御魔術:《太陽神の守壁》が完成した直後――スピカ=コーラルスターたちは即座に動いていた。
集団としての連携はほぼできていないが、彼らの個としての戦力は相当なもの。
その中で前衛を務めるのは三名。
一人は猛々しい悪魔の角を持つ魔族にして教師。職業名は《魔軍教授》――軍人風女性マイアが鞭による連撃を開始。地を這う鼠を掃討しながら告げていた。
「人間たちのダンジョン塔。その上層フロアは天への階段、そう言い伝えられていることもあるが、まさにここは神に至るまでの道といったところか」
「なに、気取ってやがる魔族女! 前衛も可能なマジックキャスターってんなら詠唱しろ!」
唸る男はアキレス。
職業は――行動全てにおいて速度を最優先し、神速こそを是とする前衛職の蹴撃者。
戦場を駆ける神速移動がそのまま攻撃へと転化され、周囲のヌートリアを圧倒している。けれど数が多い。対応はしきれていない。
彼らの他にもう一人、拷問拳闘家の女性魔族ロロナが、くふりと微笑しヌートリア亜人達の関節を壊して回りながら。
「わかんないかなぁ。先生は強化魔術をかけながら戦ってるの」
「あん? なんでえ、てめえら。魔族ってのは強いってだけが特徴なんじゃなかったのか? その程度で強者を名乗ってるんじゃあ、人間が天下を取り戻す日も早いわな!」
挑発気味な発言であるが、もとより必要以上に仲良くする気などない魔族の三人は平然としている。寡黙で屈強なアヌビス魔術師、ビスス=アビススが防御壁を維持しながらも犬耳をぶわ! 更に魔術発動用の石板を浮かべ――柱の陰から次々に湧いてくるヌートリアの眉間に呪印を投射。呪殺系の魔術で一撃必殺、即死攻撃を放っている中。
広範囲火力アタッカーを担当している人間。この中で唯一、一般人と言える赤髪少女スピカ=コーラルスターの声が響く。
「お、大きいのを放ちます――もう少し時間を稼いでください!」
弓を構えながら、少女は大きく息を吐く。
なんで自分がこんな英雄級の人たちと一緒に冒険しないといけないんですか。
そう内心でぼやきながらも、彼女自身もその実は英雄の血族。
矢の先端に意識を溜め――集中。矢を構える空間に力が集まり、赤い光が収束していく。
少女の口から並の速度で詠唱が開始される。
「其はドリームランドを走る月銀。悠久なる時の中で戯れに嗤う影国の皇子。我らが欲するは、忍び寄る脅威への破壊。我が名はスピカ。英雄の血族なり。続けて、第二節――承認せよ。我らが侵すは、未知なる――」
『小娘だけ。弱い』
『詠唱、ふつう』
『撃たせるなっ。撃たせるなっ』
『それはいけない。ダメ。詠唱、妨害――ギギギキヒィイィイィィィ!』
詠唱者への妨害は基本。
敵も味方も、魔術師系の職業への詠唱潰しが優先される。
群れ集うヌートリアの濁流が、一直線でスピカが詠唱する防壁部分を攻撃し始める。
防御壁の強度を計算したビスス=アビススが、ジャッカルの犬歯をガルルルっとさせ。
「あと十秒ももたねえ! 誰か、止めろ――!」
「しゃあねえなあ!」
戦場を縦横無尽に駆けるアキレスが、スピカのフォローに入るべくアイテムボックスから《閃光魔力弾》を散布。ヌートリアの獣毛が吹き飛ばされるも、その焼け焦げた皮膚のまま彼らは防御壁に噛みついている。
彼らはあくまでも遠隔操作されているだけ。上層に住まう上位魔物の駒に、水槽で浮かんでいた人間だった存在の脳が憑依しているだけなのだ。もっとも、もはやその脳もどうなっているかは分からないが――。
毛が焦げ、皮膚が爛れたとしてもアイテム攻撃では怯まないのだろう。
死なぬ存在を殺せる技能の持ち主の直接攻撃なら、遠隔操作している本体にもダメージを通せるが――。
アキレスは対処しきれないヌートリアを睨みつつ。
「ニャイ神父! てめえも欠伸なんてしてねえで、防御結界ぐらい張れっての! 神父なんだから、なんかそういう光とか神聖な力で、キイィィィィィンとかパァァァァァンとか、できるんだろう!?」
「そうよぉ! あんた、ヒーラーだからって誰かが怪我するまで聖書を抱えているだけのつもり!?」
アキレスと食人鬼ロロナの突っ込みに、ニャイ神父は肩をすくめてみせ。
『はははは、サボっているわけではなかったのだけれどね。魔力の温存もヒーラーの仕事なのだけれど、仕方ないね。それじゃあスピカ嬢の詠唱が完了するまでは――働いてあげようじゃないか』
この異形な冒険者の中でも更に謎に満ちた神父ニャイが前に出て。
猫しっぽを揺らしながら、ニヤリ。
手の上に掲げた聖書を、バササササササッサっと魔力で開く。
自らの足元から輝く魔法陣を展開――邪悪な魔猫の気配と影を投影、踊るデブ魔猫の影が回転する魔力光に照らされ壁に浮かびあがっていた。
チェシャ猫のようなアルカイックスマイルが、にひぃ!
影猫と神父、両方の口から刻まれる
『主よ、聖霊よ。哀れなる少女を守りたまえ――《偉大なる主よりの慈悲》』
ログに、魔術名が表示される。
スピカたちは知らない魔術系統であったが、神の力を借りた神聖な魔術であるとは理解できる。
短い詠唱であるが、効果は絶大。
神父の指さす大地に、神々しい光の壁が発生していた。
前衛が対処しきれず迫りくるヌートリアの群れを光の結界で妨害したのだ。
神父がネズミ達を光の結界で覆いつくし、まるでネズミ捕りに嵌まった獲物を見る顔で口元だけをギヒりと吊り上げる。
『やあ悪しきレギオンに使役されし元人間、ヌートリアの諸君。キミたちはすこしやりすぎた。悪いが排除させて貰うよ』
ヌートリア化した魔物たちが一斉に唸りを上げる。
『キギギギギ――っ、この神父。人間ではナイっ』
『ネコであるぞ!?』
『ネ、ネコだと……っ。悍ましきも忌々しい狂神の遣い共めっ』
▽恐慌状態の付与。に成功している。
ヌートリア達が神父に気を取られている隙に――詠唱は完了していた。
スピカ=コーラルスターが、ギリっと歯を食いしばった。
刹那――。
矢に集っていた魔力が、天に向かい解き放たれる。
「これで必殺一掃です――《極大破滅の魔術式》《幻影:五月雨星弓》!」
ザャァアアアアアアアアアアァァァ!
っと、豪雨に似た音の後。
爆発的なエネルギーが、迷宮を駆け巡り始めた――。




