不透明な僕達と結ばれない手
夏休みが明けて、今日からまた憂鬱な2学期がはじまる。
世間では"夏休み明けは自殺する人が多い"と聞くらしいが、
僕には自殺を止めなければいけないような友達もいない。いわゆる、「ぼっち」というやつだ。
今はまだ、いつも通り学校に行って校長先生の長々しい話を聞いて帰る、という一般的な始業日を過ごす.....そう、思っていた。
今日はやけに涼しい。昨日までの意地悪な太陽と夏休み気分の北風はどこへ行ってしまったのだろうか。どんよりとした曇り空に風が吹き荒れている。なにか不吉なものを感じさせる、そんな天気だった。
学校に着くと、周りからは自分以外の誰かに向けた「おはよう」が聞こえてくる。僕は黙々と靴を履き替え、早歩きで廊下を通り、教室の1番端の、僕の定位置の席に座った。まだ朝も早いせいか、教室には僕の他に数人しか来ていなかった。「ぼっち」の僕は教室にいても暑苦しくて退屈なだけなので、本とガラケーを持って屋上に行くことにした。
屋上には誰もいなかった。僕は階段のドアを開けたまま校舎に寄りかかって座り、本を広げた。しばらく経ってふと周りを見回すと、フェンスに登っている人が見えた。僕も見た事ある先輩だった。自殺だろうか。最初は無視していたが、彼女は僕の存在には気づいていないようだ。どんどん登っていく。流石に僕も見て見ぬふり出来なくなって、声をかけてみた。
「あのぉ...」
まだ彼女は気づかない。
「...あの!!」
「何?」
ようやく気づいてくれた。
「何してるんですか?」
「自殺しようとしてるの。見てわかんないの?」
「分かりますけど。なんで自殺しようと?」
「嫌になったの。この世界が。」
この人はなんて突拍子のないことを言っているのだろう
「とりあえず、降りてきてください。こっちに」
「なんでよ」
「目の前で人が自殺するとこなんて見たくないんですよ」
「...わかったよ」
僕はひと息つく。そして彼女もまたひと息...と思いきやそれはため息だった。
「知ってますか?」
「何を?」
「ため息って、幸せが逃げるらしいですよ」
「今更幸せが逃げたところで何も損しないから。てかあんた誰よ」
「1年です。ちなみに僕にはもうすぐ死ぬ人に教える名前はありません。」
「死ね。後輩だったのか」
「初対面でそれは酷いですね。」
「いいでしょ、別に」
「そんなことより」
「ん?」
「学校サボってどっか行きましょうよ。どうせ死ぬつもりなんだったら同じでしょ?」
「いいけどどこに?」
「その辺の公園にでも。」
「なんでよ」
「僕があなたともっとちゃんと話してみたいから」
本心だった。僕もびっくりした。
「気持ち悪いね。まぁいいけど」
「やっぱり酷いですね。」
それから僕達は公園でくだらない話ばかりしていた。時にベンチに座りながら、時にブランコに乗りながら、時には落ちていたボールでキャッチボールをしながら。
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「やっふううぅ!!!」
「あんな小さい子供に不思議そうに見られてますよ」
「うるさい」
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「今日はありがとうございました」
「思ったよりは楽しかったわ」
「最後まで酷いですね、先輩」
すると、いきなり手を差し伸べられた。
僕が不思議がっていると、彼女は言った。
「握手」
「....え、なんで?」
「...いいから//」
「恥ずかしがってるのも面白いですね」
「うるさい。早く手出しなさいよ」
「はいはい...」
僕は彼女に手を差し伸べた。が、その手が繋がれることは無かった。通り抜けてしまった。
「「え???」」
一瞬、信じられなかった。が、何度やっても結果は同じだった。
「...なんで?」
僕は何故かわかった気がする。そして、さっきブランコで先輩が色々な人に見られていた理由も。否、見られているわけではないか。
「先輩...」
「なに?」
「聞いても怒らないでくださいね。」
「わかった。」
僕の推察はこうだ。
僕が屋上に行った時、彼女は既に飛び降りた後だった。つまり、死んでいたことになる。そこに僕が現れた。そして何故か、僕は死んだ後の彼女の姿をみつけ、話しかけた。彼女はそれに応対した。というものだ。そうすると彼女が屋上に人がいないと認識したことも、僕が彼女が屋上に現れたことに気づかなかったことも、お互いに触れることができないことも説明がつく。
「....というわけです」
「は!?何それ!じゃあ私は...もう...」
「はい。現実世界のあなたはもう死んでいます」
「じゃあなんで君は私が見えるの?」
「それは....」
実は僕はこの時、ほぼ全てのことに気がついていた。が、あえてそれは言わなかった。
「わからないです。」
「じゃあ、ブランコに乗っている私が見られていたのは...」
「誰も乗っていないのにブランコだけが揺れていたから」
「そんな...じゃあ私、これからどうすれば...」
「簡単です。僕があなたのそばにいてあげます。あなたが成仏するまで。」
「....癪だけど、そうするしかないのね」
「では、行きましょうか」
「どこに?」
「僕の家です。一人暮らしなので大丈夫です。」
「...はぁ。」
こうして僕達のちょっと不思議な同棲生活が始まった。
それからというもの、僕らは2人で色々なところに出かけた。無論彼女は1人では買い物もできないため全て僕がいなければいけなかったのだが。
そして、2ヶ月がすぎた。
「今日も楽しかったね!」
「そうですね。」
「なんかすっかりこの生活にも慣れちゃったな」
「そうですね。」
「君、さっきからそればっかりじゃない?」
「そうですね。」
「もう!」
「ははは、ごめんなさいって」
「チョココロネ1本で許す。」
「別に許してもらわなくてもいいですよ。喧嘩して困るのは先輩でしょ。そうやってかっかしてると早死にしますよ」
「もう死んでるもんね〜」
「その返し、ずるすぎる....」
「あのさ。2ヶ月前に君と私が会ってから、」
「はい」
あの日、君と私が会って、一緒に住んで、一緒に色々なところへ行って、一緒に笑って、一緒に怒って...ずっと一緒にいたよね。私、今までは死んでよかったって思ってた。死んだから君と一緒にいられるんだって思ってた。でも今は違う。手は繋げないし、キスも出来ない。だから、私は...
「私は、君と一緒に生きたかった。」
「...先輩。。」
その瞬間彼女の体が白く輝きだし、瞬く間に半透明になった。
「え?な、なにこれ?」
「...先輩。おそらく先輩が幽霊として今まで生きてきたのは、自ら命を絶ったから。そして完全に成仏できる条件は」
“生きたい”、“死にたくない”
そう、思うこと。
だから貴女は今まで僕と過ごしてきた。“死んでよかった”と思っていたから。だけど今は、生きたいと望んでいる。だから成仏する。
「...そんな」
「先輩、僕も先輩と生きたかったです」
「うぅ...うぐっっ.....こんな、こんな終わり方...嫌だよ...」
「...たとえ」
たとえ貴女が成仏しても、必ず僕達はまためぐり逢います。きっと、僕が貴女を見つけます。生まれ変わった姿を。
「絶対に私を見つけに来てね」
「はい。先輩も、それまでにまた成仏しないで下さいよ?」
「うん。ずっと待ってるから」
「じゃあ先輩、また会いましょう。さようなら」
「うん。ばいばい。」
そして彼女の体は一段と光輝き、消えた。
「さてと、僕ももうそろそろ時間かな」
辺りはまた白い輝きに覆われた。
今まで本当にありがとう。先輩。必ず来世では貴女をみつけて、1番に手を繋ぎに行きます。
「さて...僕もまたやり直すか...」
そう言って彼の体もまた輝き、消えた。
誰もいなくなった公園では風に吹かれる木々の音だけが響いていた。
fin.