冬空路地裏
風はないけれども月の白さでひどく冷え込んだような夜空の中、人気も街灯もない道を走る。
室外機が音を鳴らす路地裏に入り込み、ゴミ箱の上で体を丸めている黒猫の前にへたり込んだ。
プラスチック製の青いゴミ箱を背もたれ代わりにし、酷い臭いに顔を歪ませる。
「……うっぷ」
食べた後にすぐ走ったところにこの酷い臭いが合わさったことで、胃の中身が喉の手前までせり上がって来る。
酸っぱい胃液を唾と共に無理やり飲み込み、口の中から白く染まった溜息を吐き出した。
「おし、やっぱ来たな!」
「んがっ?! 誰だおまモゴッ!」
ゴツゴツとした硬い皮膚の手に突然口を押さえられ、何度も肩を叩かれる。
「落ち着け、俺だ俺! 名前出すなよ、バレるから」
ゆっくりと後ろを振り返ると、頭の上にゴミ箱の蓋を乗せた俊介が居た。
ずっとゴミ箱の中に入っていたのか、体中から酷い臭いが漂っている。
小型の無線機のような形をした機械を取り出し、アンテナの部分を両腕につけたギプスに当て、何かを調べるようにゆっくりと這わせながら移動させる。
アンテナが肘の部分に当たった瞬間、機械の赤いランプが点滅し、ブルブルとバイブ音を立てながら震え始めた。
「ちょっとじっとしてろ、今取り出すから」
ギプスの中に指を突っ込まれ、腕に少しだけ痛みが走る。
数分の間ギプスの中で指を動かしていたが、突然すっきりとした表情と共に、黒くて小さい何かを取り出した。
それを地面に叩きつけ、かかとで思い切り踏み潰した。
「よし、もう大丈夫だ。しっかし、面倒くさい女子に狙われたなぁ」
「なあ俊介、今の黒っぽいのは何だ?」
地面でぺしゃんこになってしまったそれを顎で示すと、俊介は「ああ」と小さく呟いた。
右手に持った機械を指差し、いかにも可哀想だと言わんばかりの声色で話す。
「盗聴器だ。で、これが盗聴器発見器。お前、あの女子にギプス触られたろ。そん時に付けられたんだ、ご愁傷様。」
「……ええ」
ゲームでは盗聴器を付けられることはよくあるが、実際に体験すると、何とも言えない気持ちになる。
口から多めに息を吐き出し、心の平静を保つ。
「俊介、今日お前の家に泊めてくれないか?」
「いいぞ。お前がここにいる時点で大体どんな状況かわかるからな」
「本気で感謝する。自宅、怖い」
とりあえず、クロモが居る自宅付近には近づかない方がいいだろう。
幸い俊介の家はここから近く、少し歩くだけだ。
ゴミ箱の中から体を出した俊介の服についたゴミを払い、周りの物音に全神経総出で警戒しながら、ゆっくりと路地裏から外に出た。
・建物から飛び降りた人間を受け止めるなんてことをすれば、腕と腰が云々の前にどちらも死んでしまいます。非情ですが、飛び降り自殺をする人を見たならばすぐにその場を離れて通報しましょう。




