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親の旅行とお客様

 夕暮れの赤みがかった光輝を背中一杯に浴び、足元から長い影を伸ばす。

 民家の白壁が夕日を照り返して明るく輝き、冬の五時だと言うのに一向に暗くなる気配がない。

 

「何で出ないんだ?」


 俊介の奴に電話を何度も掛けるが、一コール鳴った瞬間に通話が切られてしまう。この時間帯ならば絶対に出るはずなのだが、まあ出ないものはしょうがない。電話に出たくない用事をしている時だってあるだろう。

 カバンの中に乱雑に携帯を放り込み、塀の上を我がもの顔で歩く黒猫を眺めながら道路を歩く。

 

「あら優人、今帰ってきたの?」


「そりゃもちろん……って、どっか行くの? その格好」


 母さんと父さんが、珍しく綺麗な身なりをして歩いていた。

 といってもスーツやドレスのような堅苦しい格好ではなく、旅行に行くときのような動きやすい服装だ。父さんが二つの巨大なキャリーケースを引き、辛そうに息を切らしている。


「ええ、まあ? 私達も過激な恋をして今に至ったわけだし、少しぐらい気を使ってもいいかなー? って」


「……いやいやいや。両腕骨折してる息子を家に置いて行く気か?!」


「大丈夫よ、帰ったらわかるわ。じゃ、私達はしばらく新潟でスキーでもしてくるからね!」


 そう言うと、二人はいつの間にか来ていたタクシーに乗って走り去っていた。

 正気か?

 

 先ほど塀の上を歩いていた黒猫が地面に飛び降り、反復横飛びの世界記録を超える勢いで足元を横切り始めた。

 酷く嫌な予感が寒風と共に頭の中を吹き荒らし、囚人が足かせでも付けられたかのような足取りで帰路を進む。



「そういえばあののエロ本……俊介の家に置いてあったか。また読み直さないと」


 ギャグで買ったら意外にいけたエロ本のことを思い出し、指で摘んだ鍵を差し込む。

 何か家に女の子が勝手に上がりこんでいて、最終的には男の方が殺されてしまうのだが……


「まぁ、そんなこと現実にありえるわけないか。あっても困るわ。」


 膝で優しく蹴り上げるようにして鍵を回し、玄関の扉を開ける。


「おっす、ただいま~」


 普段の癖からか、口から自然とその言葉が漏れ出てしまった。うちは三人家族なので、両親が出て行った今は誰も家に居ない。

 玄関口に座り込み、黒いスニーカーを揃えもせずに脱ぎ捨て、あくびをしながら立ち上がった瞬間だった。

 

「キチンと靴を揃えないと、心まで乱れてしまいますよ」


「骨折してるんだからそれぐら……」


 全身の筋肉が石のように固まり、頭の先から爪先までぶわっと悪寒が走った。

 今見ている光景は玄関の扉と散らかった靴。背後はリビングに続く廊下だ。


 絹の様に柔らかい指が首に絡みつき、耳に生暖かい吐息が吹きかけられる。

 カタカタと震える足で即座に靴を揃え、錆のついたロボットの様にゆっくりと振り返った。


 制服姿の上にピンクのエプロンをつけた、夜桜さんが微笑んで立っていた。

 背中に隠れた右手には、独特の光を放つ金属質の何かが見えた。


「よ、夜桜さん? どうしてこの家に……」


 ゆっくりと後ずさりし、玄関のドアノブに手を掛ける。

 その時、涎が垂れそうな程おいしそうな料理の匂いが鼻の中に入り込んだ。昼にほぼ何も入れていなかった胃が反応し、思わず腹の音が鳴ってしまう。

 

「お昼のときに何も食べれずお腹が減っていそうでしたので、私が料理を作りました。それと、私のことはクロモと気軽にお呼び下さい。」


「え……ああ、ありがとうございます。」


 そう言った後、落ち着いた足取りと動きで振り返った彼女。

 背中に隠していた包丁には、今にも滴り落ちそうな真紅の鮮血がべっとりと付いていた。


「あの、夜桜さ――」


「クロモ。」


「はい。」


 光の入らない瞳で睨まれ、姿勢を正してから返事をした。

 人の家に入り込んで料理をするのは少し危ないと思うが、俺の親がそれっぽい話をしていたし、きっと親公認なのだろう。

 それに、清楚っぽいから大丈夫。……多分。


 頭に浮かんだ恐ろしい思い付きを、頭を横に何度も振って無理やり消し去る。

 靴下に付いた砂を扉に擦って落とし、鞄の中の携帯を腰のポケットに入れなおしてからリビングに向かった。


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