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「し」んにゅう

「あのぉ、すいません」


「はい、どうしましたか?」


「病室にお見舞いに来てたら、少しうとうとして眠っちゃってましてぇ……」


 時刻は午後十時。辺りは夜の色に染まり、廊下の白い電灯ですら心もとないほどに暗い。現に、近くの椅子の陰に隠れていれば目を凝らしても見つからない。

 白鳥がやけにニタニタとした気味の悪い笑顔を浮かべながら、ナースセンターに居た看護師さんに話しかけている。


「ああ、それは……すみません、どこの病室で眠っていたかお教え頂いてもよろしいでしょうか?」


「それは病室番号ってことですかねぇ?」


「はい。申し訳ないのですが、こちら規則でして……」


 ナースセンターには年末近くということもあってか、白鳥が話している看護師さん以外に人の姿は見当たらない。

 椅子の陰から地面を這うように動き出し、ナースセンターと廊下を仕切る白の扉の前で体をかがめる。


「おっ、と!」


 ゴトッ!と重い音を鳴らし、白鳥が地面に黒い重りを落とす。ナースさんが何を落としたか確認しようと少し覗き込んだ瞬間に、扉を開けてナースセンターの中に転がり込んだ。


 白鳥の考えた作戦は、古典的だが、一人が囮となって看護師さんを引きつけ、もう一人が中に入って看護師の記録を漁るというものだった。

 変なところで適当なのが、若干ではあるが俊介に似ている気がする。


「番号……番号……あれぇ? 4から始まるのは覚えてるんですけどねぇ」


「では、お見舞いされた患者様のお名前をお教えいただけますか? データで確認しますので」


「ああいやいやぁ、後もうちょっとで思い出せそうなんでかまいませんよ」


 ……大丈夫だろうか。もし少しでもこっちに振り向かれたら終わりだ。

 ナースセンターの中は流石公立と言うべきか、まあまあな広さである。学校の教室程度の広さに、目一杯に資料が入れられた棚がいくつも並んでいる。

 足音をしないようにすり足で歩き、姿勢をかがめて棚の中を軽く漁る。しかし、殆どは過去に入院した病人のカルテばかりだ。

 やはり看護師の個人情報ともなれば、パソコンで管理されているのだろうか。


「すみません、私も仕事がありますので……データで確認させていただきます」


 看護師さんが白鳥の悩む唸り声にうんざりしたように、クルッと振り返ってくる。咄嗟に机の影に身をかがめて隠し、看護師さんの足音がこちらに近づいてくるのに汗を垂らす。

 机の脚から目を覗かせて白鳥に何とかしろと念を込めて視線を送るが、口を開く様子はない。代わりに、服の裾で隠した人差し指でナースセンターの一番奥にある棚を指差した。


「えーと、お見舞いに来られた患者様のお名前は何でしょうか?」


「時岡 優人ですね。両腕を折ったおっ馬鹿な人ですよぉ」


 カチンとくる言い方に少し眉をひそめたが、身を机で隠しながら白鳥が指差した棚の方を目を細めて見つめる。

 明らかに他の白い棚と区別するように、黒に塗りたくられた棚が置かれている。几帳面に入れられた書類はピンクのファイルで纏められているのが見えた。


「重ね重ね申し訳ありませんが、この方との関係性を示すものはお持ちでしょうか?」


 看護師さんが上手い具合に俺が隠れている机の手前で止まり、机のブックスタンドに入れられていた『現在入院中の患者』と書かれたカルテを手に取る。最後の辺りのページに指を挟んでいるのを見るに、俺のカルテを見ているのだろう。


「いやぁ、ちょっと持ってませんねぇ。ああ、同じ高校の学生証で十分ですかぁ?」


「ええ。ご確認させていただきます」


 看護師さんが足音をパタパタと鳴らしながら離れていった瞬間、黒い棚に向かって体をかがめて一気に進む。

 やはり予想が的中したと言うか、案外個人情報に対するガードが甘いというか、看護師さん達の個人情報等が黒い棚に纏めて入れられていた。

 白鳥が引きつけている看護師さんとの距離は三メートルもない。音を立てればすぐにバレてしまうだろう。慎重に『短期・看護師』と書かれたファイルを肩と腕を使って抜き出し、床の上に角をつけてからゆっくりと寝かすように置く。



 右の人差し指と中指で、ファイルの顔写真と名前を流し読みしながら読み進めていく。ファイルに挟まれたページも中盤と言ったところで、全身に電気でも流されたようにピタリと指が止まった。


「……あった……ぁ?」


 明らかに修正液で消された上に書き足された苗字に、少しだけクロモの面影が垣間見える顔写真。職業、看護師。十八歳の高校卒業後に看護学校で四年間の末に国家資格を取り、県外の病院に勤める。そこで八年勤め、この街の病院にやって来た。

 そこではない。そこではないのだ。

 漫画やアニメで思いもよらぬ展開が来た時のような、心臓がドクドクと唸りを上げて頭が薄くなっていく感覚がする。



 その書類の一番下には『二〇一六年 四十三歳 死去、解雇』と書かれていた。


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