昼食の弁当
校舎という分厚い壁に覆われ、冬でも夏でも快適に過ごせる不思議な中庭。
当然そんな場所なので人は多く、大半はカップルだ。
俺達のようなカップルを第二のオカズに昼食を食べに来る奴は、自然と一番土の匂いが漂う花壇の近くへ固まって座るのだ。
もちろん俺達も花壇の傍の背もたれがない茶色のベンチに座り、キスをする金髪のカップルを眺めながらボーッとしていた。
「あ~……相変わらず土臭いなぁ」
「そりゃ花壇が真後ろにあるんだから当たり前だろ。冬だから花の香りなんてないしな」
「それにしたってだよ。腕がこんなだから弁当の匂いでごまかしながら食うこともできないし……」
俊介が黄色の卵焼きをほお張るのを羨ましく眺めながらそう言った。
昼食を食べようと思ったが、家でもないこの場所で犬食いをすることができず、腹の虫が暴れまわるのを必死に抑えている状態だ。
隣の弁当とカップルのイチャラブの二段階コンボで、頭と腹がねじ切れそうなほど辛い。
「なあ優人、あのお前が助けた女子だけどさ」
「ん?」
「俺は、正直言ってやめと――」
言葉の途中で俊介がいきなり目を全開に見開き、弁当を持ったまま後ろの花壇に倒れこんだ。
茶色のシートで全身を覆い、躊躇いなく体の上に土を被せ、土の景色の中に完璧に溶け込んだ。
「お前、いきなり何して……」
「こんにちは。隣、いいですか?」
花の絵柄が入った可愛らしい弁当の包みをもった、夜桜さんがどこからともなく姿を現した。
返答を返す前に隣に座り、カパリと弁当を開ける。
「お、おお……おいしそうですね! それより、他の女友達の人と食べたりは――」
「私の前で他の女の話をしないで。」
……清楚だから大丈夫、大丈夫。
弁当箱の中に入ったおかずはどれも明るくおいしそうで、見ているだけで腹の虫が戦争でもおっぱじめそうなほど暴れだす。
余りにも大きくて聞こえてしまったのか、夜桜さんが少し目を見開いてクスリと笑い、真っ赤なプチトマトを箸で掴んだ。
「大きな腹の虫さんですね。これ、どうぞ」
「えっ?! いやぁ、どうもありがとうございます」
女性というのは食べ物を短めに掴むものなのか、息が当たりそうなほど短くプチトマトを掴んでいる。
できるだけ格好良く、舌を出さないように歯で取った。
ヘタの取られた甘いプチトマトを口の中で転がし、精一杯の笑顔を夜桜さんに向ける。
「甘いですね。とてもおいしいです」
「そうですか、それはよかったです。」
頬を赤らめ、ぱくぱくと弁当を食べ始める。清楚だ。
少し暗い一面があるような気がするが、こんな人と付き合えたらいいなぁ。清楚だし、うん。
「自殺を止めたのは、本当にすみませんでした。けど、もう俺にお礼? というか、何もしなくていいですよ。両腕折ったのは自分の責任ですし。」
しかし、彼女も自分の都合があるだろう。無理して俺のようなムサイ男に会いに来る必要もない。
できる限り平静を装った低い声で、夜桜さんにそう言った。
「……あなたも私を捨てるの?」
女性とは思えないような、恐ろしく冷たい声が頭の中に入ってくる。
いつも暖かい中庭の温度が突然下がったような感覚に陥り、全身の毛穴が開く。
髪を口に加え、光のない瞳でこちらをじっと見つめてくる夜桜さん。周りの音が全て消え、指の先すら動かせない恐怖に襲われた。
『プルルルルルッ! プルルルルルルッ!』
その空気を断ち切るように、ポケットに入れていた携帯がけたたましい音を立てながら振動し始めた。
一体誰からかかってきたのかわからないが、絶好の機会だ。
「電話かかってきたからもう戻りますね!」
荷物を適当に纏め、両腕のギプスの上に乗せながら校舎の中に逃げ帰った。
男子トイレの個室に入り、震える指先で緑の通話ボタンをタップする。
『おい、大丈夫か?』
「その声は俊介か、ハァ~……助かった……。マジでチビるかと思ったよ」
『余計なことは言わんでいい。とにかく、今日一日はできる限り無言で過ごせ。じゃあな』
言いたいことだけを言った後、ブツリと通話が切れてしまった。
いつもはふざけた調子でしか物事を言わないあいつだが、今日は声が普段より落ち着いていた。ああいうときは、大抵言う通りに従っていた方がいい方向に結果が進む。
携帯をポケットの中に入れ、できるだけ音がしないよう、静かに溜息を吐いた。




