表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/70

サイレント

「よぉ、お疲れさん。元気してるか?」


 倉庫の床を革製の靴先で叩くように歩きながら、真ん中でランプを横に、起き抜けにコーヒーを飲むように寛いでいる奴に指の先を力なく垂らした手を振り、居酒屋帰りのおっさんが歩くような千鳥足で前に進む。カビと錆びの混じった何とも言えない臭いが鼻腔を貫き、若干だが鼻の中がむずむずとした。

 黒いショルダーバッグの中に円柱形の閃光弾があるのを確認しながら、開きっぱなしの倉庫の扉から十メートルは進んだところで足を止める。


「先輩、遅かったですねぇ。私からの電話で、ナ二でもこすってたんですかぁ? なーんて……」


「ああ、いや、どうでもいい。お前の話を聞く気は無い」


 口を動かした白鳥の言葉を遮るように喉の奥から音を出し、垂らした右手の指を揃えて立てて振る。白鳥の周りを囲うように立っていた金髪や茶髪の不良が視界の外に飛び出していくが、奴が何か合図をするまでは問題ないだろう。


「ま、答えは分かりきってるから言うだけ無駄だろうけどな。本当に俺と相手して後悔しないんだな?」


「何を冗談。先輩は暇で暇で仕方ないときに玩具が落ちていたら、遊ばないという選択肢は選びませんよね? それと同じですよ」


 白鳥が口を閉じて手を振ったのを確認し、ランプの光が当たらない場所へ、ショルダーバッグの位置を左側の腰へずらしていく。金属製の冷たいチャックを左の手の平で包むように掴み、蝶が留まっていても気づかないほどのスピードで手を動かした。

 

「それより、もう一人居ましたよね? あの彼氏さん。もしかして、家で一人怯えてるんですかぁ?」


「……」


「何とか言ってくださいよ、先輩ぃ。反応してくれないと寂しいですよぉ?」


 黒く冷たい円柱状の閃光弾をバッグの中から取り出し、手の平に覆って隠す。背後から見ている奴には影で分からないだろうし、ランプの光にも当たってはいない。中指を円形のピンに引っ掛け、いつでも引き抜けるように準備する。

 パイプ椅子から立ち上がった白鳥が、徐々に歩を近づけてくる。まさかバレたのかと心の中で小さく舌打ちし、一歩半だけ背後へ後ずさる。


「待て。お前が何をするか知らんが、一つだけ聞かせろ。あの、クロモとか言う女子はどこへやった?」


 そう言うと、白鳥がピタリと歩みを止めた。三日月のように口角を上げ、おおよそ人間とは思えないほどの凶悪な笑顔を顔に浮かべる。ふざけたように肩をすくめ、両腕を真横に突き出しながら、その場でくるくると回り始めた。


「さぁ~……? 私には何のことやらさっぱり。私の靴でも舐めたら教えてあげましょうか?」


「……ああ、そうか。いや、お前が何を言ってるかは分からんがな」


 顔を少しだけ右後ろに傾け、背後を囲むように立っている奴らとの距離を確認する。暗くてよく見えないが、目測で大体二メートル程度だろうか。数は確認できるだけで十人だが……まぁ、あいつなら大丈夫だろう。

 


「なぁ、白鳥さんよ。俺はな、お前が何を言ってるか分からないんだ。最初からな」


「……はぁ?」


 白鳥が呆れたような顔を浮かべ、嘲笑が篭った笑みを浮かべる。その様子に心の中で本当に小さくほくそ笑み、出来るだけ腹が立つように声の調子を上げて言い放った。


「最近の高級耳栓ってのは凄くてなぁ……閃光弾の音ですら防いじまうって噂なんだよ!」


 左手に持った閃光弾を白鳥の前にかざした瞬間、奴がありえない物でも見たかのように大きく目を見開く。右手で黒い筒の部分を掴み、勢いよく中指に引っ掛けたピンを引き抜いた。

 タァン!と耳元で銃でも撃たれたかのような炸裂音が響き、かすかなハウリング音が脳内に響く。いくら高級と言えど、流石に閃光弾を耳栓で防げはしないのだ。それに加えて、瞼を閉じていたのにも関わらず視界は白で包まれ、戻る気配がない。事前に知っていた俺でさえこれなのだから、前情報もなしに目を開いていた奴は更に酷いことだろう。


「あっつつ……視界が戻るまで端で大人しくしてるかな……」


 余りの耳鳴りにわずかな頭痛が走ったが、我慢できないというほどでもない。少しだけ演技がかった様に体をよろめかせつつ、まるで女性の様な体付きをした何かに鋭い蹴りを入れてしまった。まぁ、見えない状態で起きた事故だから倫理的に何も問題はない。ついでに肘も入れてしまった。しかし、問題はない。

 強まりつつある頭痛を手で押さえ、先ほどまで見ていた倉庫の記憶を頼りに、すり足で壁へ向かって進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i360194
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ