荒れた家
凍て付くような風が吹き、頬をかすめていく。
心もとなく灯る電灯は時折点滅し、静けさが広がる夜の道路をより一層不気味にさせた。カタカタとゴミ箱を漁る音と共に、猫の鳴き声がかすかに響く。
夜の住宅街はまだ九時を過ぎていない頃だと言うのに、道路には人の気配が微塵も感じられない。それは、服越しでも縮み上がるような風が吹くせいだろうか。
一歩進むごとに、冷気を持った風が頬を掠めていく。その度に、足取りが重くなった。
自宅の屋根が見えた瞬間、一瞬だけ息が詰まってしまう。
道路から見える全ての窓がカーテンで遮られ、どこの部屋も電気は点けられていない。恐らく、どこかの部屋で電気を消したまま過ごしているのだろう。
いつぞやに彼女から貰ったお守りに視線を向け、固く瞼を閉じる。
こんなところで足を止めていたって何も起こりはしない。瞼を開き、荒くなる息を抑えながら玄関の扉へ近づく。
電気でも流されているように震える体を抑え、何時もの様に扉に鍵を差し込もうとする。
瞬間、ふと。玄関の扉が、少しだけ開いた状態になっているのに気がついた。
「……」
扉の隙間に足先を差し込み、扉を少しだけ開いてから中の様子を覗く。
リビングと廊下が通じる扉が全開に開いているが、それ以外に不審な点はない。クロモが開けたままにしてしまったのだろうかと思い、そのまま中に入る。
玄関で靴を脱ぎそろえてから、呼吸を整え、全開に開いたリビングの中へゆっくりと足を踏み込んだ。
「……なっ?!」
肩に掛けていた鞄をその場で落とし、リビングの中を見回す。
ソファーの中綿が辺り一面に撒き散らされ、木製の机の残骸と混じり合っている。キッチンのシンクからは水が溢れ出し、割れた小瓶から染み出した調味料が真紅の色となって広がっていた。
「クロモ、クロモッ!!」
彼女の名を叫んでリビング中を歩き回るが、どこからも返事は返って来ない。
廊下に飛び出し、家の中を駆け回るが、彼女の姿はどこにも見当たりはしない。
切り刻まれたソファーに座り込み、動かない両腕の中へ顔を埋める。勢いよく流れ出る水道の音のみが響き、胸の奥から刃物の様に鋭い痛みが走り始めた。
ふと。顔を上げた瞬間、倒されたテレビの上に、小さな白い紙が乗っていることに気がついた。ソファーから立ち上がり、紙の近くでかがむ。
誰かの携帯の電話番号が、丁寧な文字で書かれていた。指先で紙を弾き、裏返す。
「……野郎」
静かだがマグマの様に煮えたぎった怒りが沸々と込み上げ、近くに転がった机の残骸を蹴り飛ばす。転がった鞄の中から携帯を取り出し、俊介に向かって電話を掛ける。
俺達が偶然にも助け、俊介が激しい怒りを表し、俺が甘酸っぱい結果になるだろうと予想していた人物。それと同時に、年老いた県知事の娘でもある人物。
白い紙が裏返った部分には、達筆な文字で『白鳥』という名前が書かれていた。




