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おあつらえ向きの結果

「……ハァ~……」

 

 山間に沈む、夕焼け色に燃える太陽を眺めながら俊介が溜息を吐いた。

 人の腰ほどの高さの柵に肘を突き、右手に持った牛乳瓶をぷらぷらと揺らめかせている。


「溜息吐くなよな、こんな時間から」


 屋上のタイルの上に座り込みながら、背を向ける俊介に向かってそう言い放った。わざとらしく肩を落とした後、俊介が牛乳瓶に残った白い液体を飲み干す。


「もう学校も終わりなんだからいいだろ……」


 口に白い髭を作りながら、俊介がこちらを向いて座った。

 何時になく疲れている様子で、瞼の下にうっすらとしたクマが出来ている。両の手の平には小さなタコが並び、右の人差し指の先に一際大きいタコが出来ていた。


「ゲームダコか、その手の奴」


「あ……いや、まあ、そんな感じだ」


 俊介が目を少しだけ泳がせ、そう答えた。嘘を吐いていることはすぐ分かったが、追求はしなかった。傍目から分かるほど疲れているのにしつこく問い詰めては辛いだろう。

 勉強で重くなった頭の体重に身を任せ、その場に寝転がる。空では黒い鳥が、赤い光を受けて優雅に飛び回っていた。


「俺は少し前に、お前を甘ったれとか言ったな。……俺も、甘ったれになったのかもなぁ」


 俊介が小さくそう言い放った瞬間、屋上の扉を開く音が、かすかに鳴り響いた。

 屋上にある扉は階下と繋がる一つのみ。すぐに身を起こし、扉の方に視線を向ける。



「……クロモ」


 起き上がった先には、ドアノブを握ったまま固まっているクロモが居た。

 辺りを見回すが、俊介が跡形もなく姿を消している。恐らく、あいつが屋上に彼女を呼び出したのだろう。

 両足に軽く力を込め、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……優人」


 クロモがドアノブから手を離し、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 腰まで伸びた黒髪をなびかせながら、俺のすぐ手前で脚を止めた。夕焼けの光に照らされた横顔は、触ればすぐに壊れてしまいそうなほど、綺麗だった。

 彼女がピンク色の下唇を一瞬食いしばり、意を決したように口を開く。


「私は、貴方……優人のことが好きです。誰よりも、何よりも。……けれど、この気持ちは独りよがりなのですか? 優人は、私をどう思っているんですか?」


 鈴の音の様に美しい声は、自分が求めてやまなかった言葉を紡いだ。

 この一ヶ月。彼女を受け止めた時から始まった、この奇妙な生活。クロモをどう思っているかなんて、分かりきっていることだ。

 息を吸い込んで、口を開く。


「……」


 けれど、再び閉じてしまった。そのまま、彼女の顔から視線を逸らしてしまう。

 恥ずかしい、ではない。怯えてしまったのだ。

 優柔不断な甘ったれには、思い通りに言葉を発することすら出来なかった。両腕が折れていることを言い訳にして、頭の中で同じ思考が何度も何度も回り巡る。

 逃げてばかりの自分には、お誂え向きの結果だった。


「……そう、ですか。」


 クロモは悲しむでもなく怒るでもなく、眩しいほどの笑顔を浮かべた。

 そしてそのまま、クルリと扉の方に振り返る。


「わかりました。……けれど、せめて、友達では居させてください。」


 そう言った後、彼女は走り去って行った。

 タタタタと勢いよく階段を駆け下りていく音が、静かに耳の中に響いた。




「……は? 何してんだ、お前」


 俊介がどこからか姿を現し、深いしわを眉間に刻む。口からは怒りの篭った吐息を漏らし、大股で近づいてくる。

 視線を地面に向けたままの俺に掴みかかり、聞いたこともないような声量で声を張り上げた。


「何やってんだって聞いてんだよクソ野朗!」


 俺の胸倉を上に持ち上げ、思い切り体を揺さぶる。

 それでも、抵抗する気にはなれなかった。


「逃げてばっかでいいと思ってんのかてめぇ! あいつにとっちゃ今のが最後なんだよ、最後のチャンスなんだよ!!」


 瞬間、腹の底から煮えたぎる怒りが込み上げ、俊介の体を思い切り振り払ってしまう。それから、喉の奥が枯れそうなほどの声量で声を張り上げた。


「うるさいっ!! 俺は、俺は、俺は……どうすりゃいいんだよ……」


 ペタリと、全身から力が抜けたように座り込む。

 どうすればいい、なんて分かりきっている。今すぐにでもクロモを追いかけて、気持ちを伝えるべきなのだ。

 それが出来ない。それが出来そうにない。

 わけも分からずに、目から熱い涙が溢れ始めた。


「……分かってんだろうが、自分で。人間はな、決断から逃げてばっかじゃ駄目なんだよ。いつか、絶対に重要な決断をしなくちゃいけねえんだよ」


 俊介が呆れと哀れみの篭った目で、俺のことを見下す。

 

「今日は家に帰れ。……そして、次に俺の事に電話をかける時、絶対に覚悟を決めておけよ。じゃあな」


 俊介がそう言い放ち、屋上を出るための扉へ歩いていった。

 静かに響く足音を聴きながら、頬に涙を伝わせた。





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