クマさん
「いい加減にしてっ! 毎日毎日お酒とギャンブルばかり、これじゃ生活もままならないの!」
「生活保護貰ってんだから十分だろ?! 俺の行動に口答えすんじゃねえよ!」
光の漏れる扉の隙間から、お父さんとお母さんの声が聞こえる。
二人の声が聞こえないように、ぎゅうっと布団で体を覆った。それでも、僅かに怒鳴り声が入り込んでくる。
部屋の隅で小さく縮こまり、手に合わない大きな懐中電灯を握る。昔、お父さんが海のお仕事で使っていたらしい。
懐中電灯のスイッチを両手で動かし、股の間に挟んで固定する。淡いオレンジの光が照らした物は、何度も何度も読み、古びた絵本。
「………り………親権……!」
その絵本は、子供が読むにはまだちょっと早い大人な絵本。
少し不器用だけど、優しくて力強いクマさんが、女の子と添い遂げるお話。森の中でお友達のウサギさんと過ごしていたクマさんが、女の人を助けたところから始まるお話。
ちょっぴり切ないけれど、とても楽しそう。陽気に過ごすクマさんとウサギさん達は、眺めているだけでも陽気な気分になれそう。
その本を読んでいるだけで、まるで物語の中に入ってしまったみたい。
内容は全て知っているはずなのに、いつも最後まで読み進めてしまう。結末はどうなるんだっけ。最後、クマさんと女の子はどうなるんだっけ。
「ああ、おい、クソ餓鬼! お前が居るからこんなことになりやがったんだ! 腹立つ顔しやがって、クソが!」
いきなり布団を捲られ、お父さんに勢いよく頬をぶたれる。
じんじんとした熱が頬に走り、目の奥から自然と涙が漏れ出した。
「小汚い餓鬼が汚え本を読むと、更に匂いがひでえんだよ!」
お父さんが私の絵本を無理やり取り上げ、力任せに引き裂いてしまった。
ゴミ箱の中へ乱雑に放り込み、右手に持ったお酒を飲み干し、ベッドの上へ寝転がる。すぐに寝息を立て始めたのを聞いてから、ゴミ箱の中の絵本へ手を伸ばした。
引き裂かれた絵本は、もう読み取れそうにない。どんな最後を迎えたのか、思い出すことも出来ない。
私も、クマさん達に会えればな……。ご飯を作って、楽しく話して、一緒に散歩したりして……。本当に、羨ましいなぁ。
「……」
パッと、瞼を開く。
無言のまま上体を起こし、額にじっとりとかいている汗を拭った。少し座っただけなのに、いつの間にか寝てしまっていたらしい。外は暗闇に包まれ、時計の時針が9を指していた。
ふと。腰の上に布団が載っていることに気づく。
ほんのりと暗い色の青に、水色の水玉模様が入った掛け布団。男性の少し角ばったような匂いが、少しだけ漂った。
共に中に入れられていたカイロを掴み、手の中で擦る。
クマさんは居ないけれど、不器用で優しくて、力強い人なら居る。
布団を両手でぎゅうっと抱きしめ、顔を深々とうずめる。暖かい腕に包まれるような匂いがして、ほっと安堵の溜息が出る。
私は何時まで一緒に過ごせるか分からないけれど、神様が許すギリギリまであなたと過ごしたい。
あの女の子も、きっとそうしたはずだから。




