珍しい眠り
「ただい……」
リビングの扉を背中で開けた瞬間、ぐっと喉を絞めて声を止める。
いつも凛とした雰囲気を纏ってクマの一つも作らないクロモが、珍しくソファーの上で眠っていた。制服姿で鞄が横に置かれているのを見るに、帰ってきて寝転がったらそのまま寝てしまった、という感じだろう。
肩から鞄を降ろし、悪戯小僧になった気分で足音を消しながら近づく。規則的な寝息を立てて眠っているのをしっかりと確認し、クロモの体を観察した。珍しい機会なので、思いついたことは出来る限りしておきたい。
病人の様に白い肌に、力を込めればすぐに折れてしまいそうなほど細い手足。指の爪は男の無骨なそれとは比較的にならず、ネイルをしている訳でもないのにうっすらと光っている。腰の辺りまで伸びた黒髪がソファーからはみ出し、一本一本が艶々とした光を放っていた。
意外にも、タイツやストッキングは履いていなかった。スカートを限界まで長くしているので、わざわざ生足を見せるために履いていないということでもないらしい。うちの高校の校則でも冬はタイツ可とされていたはずだ。
「……まさか」
目を極限にまで細めてクロモの指先を見つめる。
カタカタと寒そうに、小刻みに揺れていた。よくみれば、体全体がほんの少しだけ震えている。
今は冬の真っ只中。たとえ日中でも、酷いときは十℃近くになることもある。それは室内でも同じだ。
スカートを極限まで長くして防寒といっても、流石に限度があるはずだ。現に俺も、学生服のズボンの裏にカイロを仕込んでいる。
「寒いなら寒いって言えばいいのに……タイツぐらい何時でも買うっての」
小さな声でそう呟き、ゆっくりと立ち上がる。
ズボンの裏に入れていたカイロを抜き取り、クロモの胸の上に優しく放り投げた。首をゴキゴキと鳴らし、二階の自室に上がる。
俺が普段使う掛け布団を指先で摘み、地面を引きずりながら一階のリビングまで運ぶ。足で布団を蹴り上げ、彼女の頭から足先まですっぽりと覆うように被せた。
「両腕が治ればなぁ……」
眠っている間に料理でも作ろうかと思ったが、完全に両腕が治っていない状態でそれをするのは危なすぎる。仕方なく先ほど地面に置いたままだった鞄を肩に掛けなおし、大きなあくびをしながら自室へと戻った。




