表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/70

笑いは怒りの素

「……何首にかけてんの。お守り?」


「おう、いいだろ! クロモが渡してくれたんだよ」


 屋上の柵に寄りかかり、引っかくような痛さを持った寒風を体に浴びる。

 空は雲ひとつない快晴で、青空が山の向こう側まで広がっていた。これなら、今日の天気どころか明日も晴れが続きそうだ。

 隣であぐらをかいている俊介がパンを咥え、もごもごと口ごもりながら言った。


「お守りって、神社で祈願とかするからご利益があるんじゃないか?」


「こういうのは気持ちの問題だろ。こう、パワーが溢れ出るって言うか……」


「……気持ちねぇ……」


 俊介がパンを食べ終わり、ココア牛乳に手を伸ばす。

 俺もその場にあぐらをかいて深く座り込み、大きなあくびを空に放った。

 風は冷たいのに日差しは暖かく、眠気がじわじわと湧き始める。その眠気を振り払うように、無理やり声のテンポをあげて大きな声で言った。


「そうそう! 俺さ、もうすぐ腕治るんだよ!」


「マジ?! 長かったなー……ホント……」


 両腕に装着したギプスを俊介に見せると、彼が嬉しいのか悲しいのか中途半端な顔を浮かべた。

 ココア牛乳を地面に置き、重苦しい声で吐き捨てるように話す。


「夜の学校で命がけの鬼ごっことかさ……。ホント、逃げてばっかだったな」


「ああ、間違いなく人生で一番濃かった時期だな」


 懐かしむように目を細め、今までの記憶を振り返る。

 たしか、美術の課題で遅くなった時に受け止めたのが始まりだったか。両腕折るわ追いかけられるわ包丁で肩刺されるわで……。

 俊介が頬杖を付きながら、「まぁでも」と小さく呟く。


「どっちかって言うと、お前は両腕が治ってからが本番っぽいけどな。」


「ん、何で?」


「あの女子が行動を起こさない訳ねーだろ。両腕が治ったから、もっとお構いナシになるんじゃねえか?」


 骨折が治ったら、もっと遠慮なしになるか……。

 確かにそうかもしれん。いやけど、別に悪くは……。

 口を尖らせてうんうんと唸っていると、ココア牛乳の空箱を地面に置き、俊介がにやにやとしたあくどい笑みを浮かべた。


「お前、もしかして……ゲヘへヘ、あの女子のこと本気で好きになったのか?!」


「ばっ……やかましいわ!」


「隠すなって! ハハッ、うひゃひゃひゃひゃ!」


 立ち上がって下品な笑い声をあげる俊介の脛を、膝で思い切り蹴り飛ばした。

 痛みで悶絶しながら地面に倒れ伏しても、まだ笑い声をあげている。本当にこいつは……。

 次は顔面に膝蹴りを叩きこんでやろうと思ったが、必死に堪える。


「クソ……お前こそ、あれだ! あの白鳥って言う子がだな!」


「あ? ……あー、白鳥ね。多分だが、あそこの影に隠れてるぞ」


 俊介が、屋上に設置された巨大な室外機の陰を指差した。

 ゴウンゴウンと機械音を鳴らしているだけで、人が隠れているとは思えない。

 しかし、観念したように両手を上げ、にやけ顔を顔に貼り付けた白鳥さんがゆっくりと姿を現した。


「うおっ?! マジかよ!?」


「ほらな。あの野郎、退屈しないとか言ってずっと張り付いてくるんだよ」


 俊介が心の底から嫌悪感の篭った声を出し、眉間にしわを寄せる。

 何だか、アレだ。どことなくデジャブを感じる。気づいたら近くに居るという点が。

 

「先輩方、楽しそうっすね!」


「お前が来なきゃもっと楽しかったよ。帰れ」


 明らかな敵対心が篭った声で、さっさと何処かに行けと言わんばかりに右手を何度も振る。

 そんな態度は慣れっこなのか、彼女が綺麗に聞き流して近づいてくる。彼女が一歩近づく度に俊介の眉間のしわが深くなり、舌打ちの数が増えていく。


「いいじゃないですか、先輩方っていつも騒いで退屈しないんですよ」


 俊介の周りに、半径一メートル程度の円が見える。これ以上踏み込んできたら殺すという意思が込められた、恐ろしい雰囲気が漂っている。

 その円に、彼女が臆しもせず足を踏み入れた。


「この野郎! そんなに退屈したくねーなら不良共とでも遊び回ってこいや!」


「落ち着け俊介! 殴るのは不味いって!」


 右の拳を硬く握り締めた俊介に後ろから飛び掛り、どうどうと宥める。

 足と肩の筋肉に物を言わせて押さえ込んでいると、白鳥さんがカラカラと乾いた笑い声を出した。腹を押さえて笑っているのに、どこかほの暗いものを感じる笑いだ。


「アハハハハハハハハハ! いやー、先輩方ってホント面白いですね!」


「てめぇ! この、今すぐぶっ殺してやる!」


 笑い声を聞いた俊介の怒りが更に増し、額に青筋が力強く浮かぶ。

 このままでは本当に殴り飛ばしかねない。背中でグイグイと俊介の体を押し込み、白鳥さんに忠告するように言った。


「俊介に付き纏うのは良いけど、注意してくれよ! 本当に殴り飛ばしかねないから!」


「良い訳ねーだろ! 付き纏うなんてストーカー案件だっつの!」


 足の筋肉に物を言わせて俊介を階段まで押し込む。

 その様子を笑いながら見ていた白鳥さんが、ぽそりと呟いた。


「不良なんて退屈なんですよ。どいつもこいつもクソみたいな身分に……」


 低く重く、暗い声で彼女がそう言った。

 その言葉の意味を問いただしたかったが、今は後ろで暴れる俊介を押し込む方が大事そうだ。

 階段を一歩ずつ、転げ落ちないようにしっかりと踏みしめて降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i360194
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ