雨の中
帰り道。ポツリと、乾いていたアスファルトの地面が黒く染まった。
勢いよく雨が降り注ぎ始め、出来るだけ雨に濡れないようにと急いで駆け始めた。
「おい、餓鬼……」
コンクリート壁の曲がり角を曲がった瞬間、どこかからガラガラと焼け爛れたような低い声が聞こえてきた。
足を止め、声がした方に顔を向ける。
電柱の影に隠れるように立ち、手に茶色の酒瓶を持った男が居た。遠目からでもわかるほどヤニで黄色く歯が染まり、腹はだらしなくはみ出ている。
身長は俺と同じぐらいだろうか。向こうの姿勢が悪いせいか、少しだけ俺が見下している感じだ。
「……おっさん、最近噂になってるぞ。もうこの辺りを歩くのは止めた方がいいんじゃないか?」
「俺が質問しようとしてんだよ! 勝手に口を開くんじゃねぇっ!」
酒瓶が思い切り地面に叩きつけられ、ガシャリ!と鋭い音を鳴らしながら欠片を飛び散らせた。
明らかにホームレスと言った感じの身なりだ。清潔さなんて全く感じない。臭いも酷く、思わず鼻で呼吸するのを止めてしまうほどだ。
「お前より汚いメス餓鬼を探してんだよ。俺がせっかく育ててやったのに、恩知らずな餓鬼だぜ……」
「知らねえよ。つか、何で学生にそんなこと聞きまわってんだ?」
瞼を細め、目の前の男を睨みつける。
そいつが鼻から息をふんと出し、馬鹿にするかのようにこちらを見下した。それから、さも当然と言わんばかりの口ぶりで話す。
「あの餓鬼が居ねえと俺がとんでもないことになんだよ。子どもが親に尽くすなんて、当たり前だろ?」
「……ああ、そうかい。」
向こうは俺がギプスを着けているのを見てか、若干こちらを見下している。
これ以上は雨に濡れるだけだと思い、ゆっくりと携帯を取り出してから、出来る限り喉に力を込めて低い声を作った。
「次にこの辺りで見かけたら、どんな理由であれ通報するからな。」
脅しとしては少し弱い気がするが、ほんの少しだけでも効果があれば十分だ。
通報と言う言葉を聞いてもにたにたと笑い続ける男に少しぞっとする不気味さを感じたが、再び踵を返し、家に向かって走り始めた。




