瓶は重力に従う
「あのさ、確かにコーラ買って来てくれたのは嬉しいんだけどさ……」
「んん? どうした、ちゃんとコーラ買って来てやっただろ?」
学校が終わり、部活をしている連中もそろそろ帰り支度を始めようとする時間帯。
山の向こうに夕日が沈みかけ、どこかの家からカレーのいい匂いが漂ってきた。
屋上の柵によりかかり、地面に置いたままのコーラを見つめる。
「瓶のコーラはさ、飲めないじゃん! 重くてギプスに乗せれないんだよ!」
そう。
多少の重さのものならば、ギプスの上に乗せて持ち運ぶことができるのだ。じんわりと熱くなるように痛みはするが、その程度ならば我慢できる。
これがペットボトルならばいざ知らず。瓶タイプのコーラとは見た目よりもかなり重いもので、持つことができないのである。
「……ぷふっ。いやいや、間違っちゃってさ~、ごめんなぁ?」
口に手を当て、おかしそうに笑いながらペットボトルのコーラを飲む俊介。
ピキリと額に青筋が浮かべ、脛を思い切り蹴り飛ばした。
「いってぇ!」
「お前のコーラ寄越せ、ペットボトルの!」
脛を押さえたまま地面に倒れる俊介。蓋の閉まったペットボトルを足で挟み、うばい取るために力強く引っぱる。
負けじと反抗する俊介と暴れまわり、屋上の地面をゴロゴロと転がり回った。
「俺のコーラだっつの!」
「やかましい! 普通のコーラ二つ買ってくればよかった話だろ!」
ペットボトルのコーラ一本を取り合う二人の男達の姿は、傍から見ればかなり変な風に見えただろう。
互いに運動をしない人種のため、数分も立てばぜぇぜぇと息を切らし始めた。
いつまで続くのかと思いつつ、殆ど意地で戦っていた時。
「スペシャルキーック!」
「あっ! お前!」
俊介が、地面に置いたままのコーラ瓶を蹴り飛ばした。
かなりの勢いで蹴ったため、屋上を囲うフェンスの方へ勢いよくと転がっていく。
フェンスの下に空いている小さな隙間をギリギリで通り抜け、屋上から下へ落ちていった。
「うげっ……この下って何あったっけ?」
「校舎裏だろ……多分誰も居ないと思うけど」
二人でゆっくりと立ち上がり、フェンスの下をこっそりと覗く。
金色に髪を染めた奇想天外な人物が、屋上の方をじっくりと睨んでいた。その男の目の前には、何かぶるぶると震えて怯えている女性も居る。服の色から推測するに、一年生だろうか。
「……三年の不良だ。ギリギリ当たってないけど、驚いたって感じか?」
俊介が静かにそう呟いた後、男のすぐ傍を指差す。
パリパリに砕け散ったコーラ瓶が見えた。コーラの黒色も、かすかに見て取れる。
「あっ、逃げた」
その不良がこちらを睨んでいる間に、怯えていた女性が逃げ出した。
大声で何かを叫び、不良が女性を追いかけるために走り始める。
「……よし、逃げよう。」
「そうだな。帰りにどこかで食べるか?」
「すまん、パス。今日はクロモがレバニラ炒め作るって言ってたから」
「ほんとレバニラ炒め好きだな……じゃあまた今度行くか」
首をゴリゴリと回しながら、屋上を降りるための階段へ向かう。
少しだけ、背筋に渦巻くような嫌な予感が走ったが、無理やり心の底へ押し込めた。




