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あっ

「東校舎で物陰っつったら、一階上がった図書室ぐらいか!」


 左足を軸にして急停止し、東校舎の中央階段を一段飛ばしで駆け上がった。稲光が断続的に校舎内を照らし、互いの姿をぱっぱっと映す。

 俊介が走りながらショルダーバッグから鍵の束を取り出し、図書室の扉に捻りこむように鍵を差し込んだ。ガリンと音を鳴らして引き戸の扉が開き、鉄の味がする涎を飲み込む。

 本棚の影に滑り込み、稲光の光すらも届かない影に座り込む。


「さっきから場所がバレてるのが気に食わん、絶対に何かあるはずなんだ……優人、何か付けられてないだろうな?」


「前の盗聴器みたいな精密機械類なら、とっくの前に壊れてるはずだ。ギプスも服も全部びしょ濡れだ。」


 少しだけ乾いたが、依然として服とギプスの中はずぶ濡れだ。肌と服の隙間はむんむんとした湿気が篭り、着ているだけでかなりの重石になる。

 足跡や水の跡なんて分かりやすい痕跡は残していないし、そもそも暗すぎて見えないはずだ。

 互いの間に暗く篭った空気が流れ、苛立ちという刃が秒針の音と共に襲い掛かってくる。

 

「一体何が……チッ、静かにしろ」


 俊介が小さく舌打ちし、地面に顎が付くほど勢いよく、静かに這い蹲う。廊下の外からカツコツと落ち着いた足音が再び響き、全身の毛がぶわっと逆立った。

 室内に、稲光とは違うブルーライトを含んだ目の痛くなる光が差し込む。自然と涙が目から溢れるが、もはや瞬きすらできないほど全身が緊張している。


「貴方」


 扉がガタガタと大きな音を立てて揺れる。鍵が掛かった扉を無理やり開けようとしているようだ。次第に音が激しくなり始め、


「おい……マジかよ……」


 バキン!と鉄が割れる、高く鋭く酷い音を鳴らしながら扉が開いた。いくら錆びて古くなっているとはいえ、そう簡単には壊れないはずなのに。

 バクバクと再び鼓動を鳴らす心臓を深い息で抑え、ズリズリと本棚の影を這う。

 怖い。なのに、どこか迷うような気持ちを感じる。

 灯火の切れたゴールのない迷路を永遠に彷徨っているような気分だ。


 バスンと鋭い音を床板に振動させながら、目の前に煌く包丁が突き刺さり、首筋にひやりとした冷たい感覚が舐り上げるように走った。

 

「私の何がいけないんですか?! 何が、何が?!」


 柔らかい手で後ろから首を強く絞められ、舌が自然と空気を求めるように口の外へ飛び出す。足を捻って地面を何度も叩くが、酸素が足りずに上手く力が出ない。

 思考が水を入れたように薄まり始め、ぴくぴくと震える眼球の動きを必死に堪える。


「舐めんじゃねぇぞ! こちとら背中向けた人間落とすぐらいわけねぇんだよ!」


 首を締め付けていた手が離れ、肺の中に必要な酸素を必死に吸い入れる。目の前に刺さっている包丁を足で蹴り飛ばし、稲光のタイミングに合わせて状況を確認した。

 俊介が背後からクロモに抱きつき、スリーパーホールドで思い切り首を絞めている。彼女も必死に抵抗し、俊介が背中から本棚に思い切り叩きつけられていた。 

 雪崩の様に本が崩れ落ち、グラグラと本棚が勢いよく揺れる。


「こいつ脳回路ぶっ壊れてんじゃねえのか?! 力強すぎだろ!」


 俊介がクロモの首を絞めたまま叫び、再び本棚に叩きつけられた。その勢いで図書室の長机の上に吹っ飛ばされ、椅子を引き倒しながら倒れこんでいる。

 

「クロモっ!」


 何度も叩かれてグラグラと揺れた本棚が、崩れ落ちた本の比重の関係か、クロモの方に轟音を立てながら倒れた。

 一瞬目を閉じてしまうほどの埃が舞い上がり、ゲホゴホと喉の中に入った異物を吐き出す。

 

「……あーあ、本棚の下敷きになってやがんの。一応生きてはいるみたいだけど、気絶してやがんな」


 俊介が本棚の近くにしゃがみ、棚の下を確認した。腕を突っ込んでからそう言い、あくびをしながら立ち上がった。

 扉に向かって肩を回しながら歩いていく俊介を呼び止める。


「おい! クロモはどうするんだよ?!」


「知らん。どうせ死にはしないし、明日になったら誰かが助けにくんだろ。それとも、このクソ重い棚を俺に持ち上げろってのか?」


 俺と俊介の単純な力比べならば、俺の方が圧倒的に強い。腕相撲で鼻歌を歌いながら勝てる程度だ。もちろん、両腕が無事なときの話ではあるが。

 痛みをやわらげるために深い溜息を吐き、肩を持ち上げながら首を捻り、両腕のギプスを固定しているバックルを外す。


「俺が持ち上げる。」


「……おい、は? 冗談だろ? 百キロ近くあるんだぞ?!」


 ぶらぶらと力なく揺れる両腕の指に力を込め、倒れている本棚の端を掴む。

 

「待て、待て! わかったから、手伝うから! お前、ホント無茶するよな……」


 俊介が壁に埋め込むように設置された本棚から頭程度の分厚さがある辞書を取り出し、両手に抱えるように持った。

 

「お前が持ち上げた瞬間に俺がこの辞書を挟む、わかったか? マジで無茶すんなよ?」


「両腕骨折に刺し傷程度だろ? 大丈夫、大丈夫だ……」


 肩を少しだけ上下に揺らし、本棚を掴んでいる指に力を込める。

 冬の癖にだらだらと額から流れる冷や汗の感触を感じつつ、薄く開けた唇から何度も鋭い呼吸をし、一気に全身に力を込める。

 ベキベキと両腕から伝わると共に、声にならない悲鳴が声帯を突き破って飛び出してくる。関節を一度反対に曲げられ、再び正常な状態に戻される痛みを繰り返しているようだ。

 棚を持ち上げる高さが増す度に全身がミキサーでぐちゃぐちゃにされるような痛みが走り、指先に汗が滲んで震え始めた。


「がうぐぐうっ――――あっ」


 脳がぐつぐつと煮えたぎったマグマの様に熱くなり、その熱さが両の頬を埋め尽くした瞬間。

 ぐるりと眼球がひっくり返り、本棚から汗の滲んだ指先が滑り飛んだ。

 ゴトリと頭を地面に打った音だけが無常に響き、意識がブラウン管のテレビの様に、プツリと音を立てながら切れた。



迷走

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