貴方だから
帰宅路、暗い空の中を必死に走る。
今日の天気予報では一日中晴れとなってたので、雨具は持っていない。雨が降り始める前にとっとと家に帰り、クロモに帰るよう言おうと急いでいた。
「ただいま~! クロモ、クロモ……?」
高校三年というのは色々と忙しい時期と暇な時期があり、大抵の場合二年の俺より早く帰宅路に着くことができる。
リビングから漏れ出る明かりと彼女の声を、少し楽しみにしていた節もある。
靴を乱雑に脱ぎ捨て、電気の点いていない暗いリビングの中に入る。
リビングから見えるキッチンの中央で、彼女が長い髪で顔を隠しながら立っていた。
髪のせいで表情はわからず、ぶつぶつと何かを呟いている。
「だ、大丈夫か……?」
一歩近づいた瞬間、家のすぐ近くで稲光が輝いた。
一瞬だけリビングの中を光で埋め尽くし、クロモの手元にあった刃物が銀色の光を反射させる。
本能と言うべき何かが頭の中で警鐘の音を打ち鳴らし、彼女から一歩後ずさる。
「……私は……いらない子ですか?」
その言葉だけがやけにハッキリと耳に届き、クロモが一歩近づいてくる。
全身から冷や汗が噴き出し、再び一歩後ずさる。
「あなたが手に入らないのなら……あなたは……貴方……?」
ヤバイ。
今まで時折見せていた、あの冷たく恐ろしい雰囲気など比にならない。
リビングの扉を開き、玄関へ続く廊下にゆっくりと振り返らずに歩く。
「……あはは。」
稲光が光ったタイミングを見計らったかのように、クロモが包丁を振り下ろしながらこちらに向かって駆けて来た。
包丁が頬を掠め、じわぁっと頬が熱くなり、痛みが走り始める。
「クッ……ソ! クロモ、落ち着け!」
歯を食いしばり、腕に着けたギプスで彼女を壁に抑えつけた。
頬の傷よりも鋭く重い激痛が両腕から走るが、そんな痛みを気にしている場合ではない。
「あぁ……何て優しく、逞しい……貴方が愛おしく、だから貴方と……!」
恍惚とした表情を浮かべる彼女が、俺の右肩に包丁を突き刺した。
熱さと痛さが混じり合ったドス黒い何かが頭の中を埋め尽くし、体が一直線に貫かれたかのような電撃が走った。
「っ……んぐ! オラァ!」
クロモのことを軽く押し、その場に倒れこませる。
肩に刺さった包丁はそのままに、息を切らしながら外へ飛び出した。
靴を履くことすら出来なかったが、今はただ逃げることが先決だ。
降りしきる冷たい雨の中、ドス黒い血の跡を残しながら、暗い冬空の中を駆けた。




