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殴不知思考放棄

 映画のチケットを電灯で照らしながら見つめ、ほぼ家族連れしか入っていない第九ホールに入る。

 クロモはずっと腕に抱きついているし、周りの家族からじっと見られるしでとんでもなく恥ずかしい。

 チクチクと痛む腕と心を深呼吸で治めつつ、自分の席を探す。


「……A列かよ。」


 スクリーンに一番近いA列は、大音量を楽しめるのはいいものの、常に映像を見るために顔を上げていなくてはならない。

 席を決めたのは俊介だ。こういうところにもあいつの抜かりない嫌がらせが行き届いている。

 怒りを通り越して若干の呆れの感情を抱き、尖らせた口先から少量の溜息を吐いた。


 濃い赤色のシートに深く座り、その横の席にクロモが座る。

 今更すぎるのだが、俺が女性と映画を見に来ていると思うと、何か感慨深いものを感じる。


「ままー……」


「シッ! 視界に入れちゃいけません!」


 最前列というのは、意外にも人の目に留まるものだ。

 入場者の大半がこちらを面白そうに眺め、時折少女の可憐な問いかけにプロボクサーの如く鋭い親の言葉というパンチが返ってくる。

 そのパンチは大体俺の顎に決まって一発KOだ。辛い。


 よくわからない企業の広告が流れ、ホール内の電灯が消える。

 計画通り行けば、横に居るクロモに嫌われるはずなのだが……何だかやけに楽しそうに辺りを見回してソワソワしている。

 

「私、映画館は初めてなのですが……」


「……嘘やん。」


 映画館が初めてなんて今時あるのか? 田舎ではないけど都会とも言えない、地方都市在住なのに……。

 遊び盛りの十代後半の時期に初映画館とは、彼女はかなり裕福な家の生まれなのだろうか。こう、外界と完全に切り離された箱入り娘みたいな……。

 

 云々と唸っている内に、ホール内に甲高いアニメ声が響き始めた。

 色相関という概念を壊す勢いのヤバイ色の髪をした少女が、レンガ造りの道を歩いて学園に向かっているシーンだ。

 そんな何気ないシーンにも目を輝かせ、食い入るようにスクリーンを見つめるクロモ。


 嫌われるどころか、思いっきり見入ってるし……。

 計画が音を立てながら崩れていく様子が心の中でくっきりと見えた。


「……! ……」


 先ほど聞かれた作法というのを守っているのか、頑なに口を開こうとしない。眉や口を動かしてコロコロと表情を変え、見ていて飽きない。

 別に俺としてはいいんだけれど……何だろう。もどかしいというか、反応に困る。

 視線を自分の太ももに向けてしばらく考えていたが、頭を横に振って思考を全てかき消した。


 俊介の金ではあるが、せっかくの映画だ。

 食べ物も何もないが、楽しまなければ損である。


 思考のレベルを無理やり小学生時代にまで落とし、頭の中を空っぽにしてスクリーンに目を向けた。


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