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嫌作戦

 こっそりとベッドから起き上がり、肘でゆっくりとドアを開ける。

 体の芯から震え上がるような早朝の寒さの中、カチカチと音を鳴らす歯を必死に抑えながら歩く。


 滑らないようにフローリングの階段をしっかりと踏みしめ、足音を出来るだけ鳴らさないように降りる。

 

「優人……?」


「ひぃん!? ク、クロモ!」


 階段を降り切ったところで、洗面所からちょうど出てきたクロモに話しかけられる。

 眠そうに人差し指で目を擦り、喉の奥まで見えるほど大きなあくびをした。


「まだ朝の五時ですよ……一体どちらへ?」


「ちょっと近くのコンビ二まで散歩ね! 散歩、じゃ!」


 横をすり抜けるように走り抜け、あらかじめ設置しておいたサンダルを履く。

 半ばタックルの様に玄関の扉をこじ開け、先が見えない霧の中を走り始めた。

 手足の先が凍るように寒く、頬がかあっと熱くなる。


 ショートカットの室外機の音が鳴り響く路地裏を抜け、俊介の家の前で足を止めた。

 

「よっす、来たか。……疲れすぎじゃね?」


「ゲホッ……運動不足なんだよ、もう大丈夫だ」


 肩を上下に揺らすほど大きな呼吸をし、バクバクと音を鳴らす心臓を落ち着かせる。

 塀によりかかるように立っていた俊介が、手に持っていた紙の袋をこちらに差し出してきた。


「正直、お前じゃあの女子から逃げるのは無理だ。つーか家の鍵持たれてる時点で……な」


「そりゃ、わかってるけど……」


「じゃあ簡単な話だ。拒絶なんてしたら本気で殺されかねん、なら嫌われちまえばいい。」


 紙袋を両腕のギプスの上に乗せ、中を覗く。

 奇天烈な色をしたクソダサい服に、白い封筒に入れられた二人分の映画のチケット。達筆な文字で書かれた何かのプランらしき紙が丁寧に入れられていた。

 眉間にしわを寄せながら口を尖らせ、俊介に問いかける。


「なんじゃこりゃ?」


「嫌われるための道具。デートプランの紙入れてるだろ、取ってやるから読んでみ」


 俊介が紙袋の中に手を突っ込み、映画のチケットと紙を取り出した。

 ノートの切れ端のような紙を手渡され、かろうじて動く指の間に挟んでから読む。


「……馬鹿じゃねえの? 俺が滅茶苦茶恥ずかしいじゃねえか」


「両腕骨折して出かけるのはハードル高いだろうが、頑張れ」


「そこじゃねえよ」


 一通り読み終わった後、指に挟んでいた紙を弾く。

 封筒に包まれた映画のチケットを受け取り、口と指を使って器用に封筒を外した。


「学生二人分だから二千五百円ぐらいしたんだぞ。楽しんでこ……ブプフッ」


「笑ってんじゃねえ!」


 アニメには詳しくないが、平たく言えば、この映画はアレだ。

 魔法少女モノだ。少し前に流行った重いストーリーの深夜アニメではなく、女児などがステッキ片手に朝の楽しみにするような奴だ。

 女子高生、ましてや男子高校生が見るような物ではないだろう。少なくとも俺はそう思う。


 口を押さえてさも笑いを堪える俊介に蹴りを入れ、映画のチケットを袋の中に突っ込んだ。

 

「これ、さ。……まあ、嫌われるだろうな」


「そりゃな。男女二人で出かけて、魔法少女モノのアニメ映画見せられたら嫌うどころかキレると思う」


 口の中に溜まった湿っぽい空気を、呆れた感情と共に吐き出す。

 社会的尊厳と命、どちらかを取れと言われたら、もちろん命を取るが……

 再度溜息を吐き、愚痴の様にぽつりと呟く。


「学校の奴に見られたら、友達が居なくなるな……」


「なーに言ってんだ! 元々俺以外に友達居ないだろ!」


「はっはっは、こりゃ一本取られたな! こいつぅ~!」


 腰の勢いを使った、しなりのある強い蹴りを俊介のわき腹に決めた。

 どさりと地面に倒れ付す俊介を横目に、ふんすと鼻息を鳴らす。

 紙袋をしっかりと持ち、自宅に向かって歩き始めた。


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