怪しげな日本地図
「携帯盗られたのは本当に辛い……」
「ご愁傷様。ま、とっとと家に帰って戸締りするんだな」
学校からの帰り道、俊介が慈悲の欠片もない声でそう言い放った。
平謝りのように頭を下げ、かなり本気の声色で懇願する。
「今日俺の家に来て遊んでいってください。お願いします」
「……まぁ、いいけど。泊まりはせんぞ」
二日連続で俊介の家に泊まるのも忍びなく、かと言って一人で自宅に帰る気概もない。
哀れんだのか、目を細めて見下すような視線でこちらを眺めてくる。
もうこの際恥は捨てる。命の方が大事だ。
口から漏れ出た白い息が空に昇っていくのを眺めていると、いつの間にか自宅の前に着いていた。
スクールバッグの中から銀色の鍵を取り出し、玄関の扉の鍵に差し込む。
「ん、おい……」
「どうした?」
俊介が何か口走ろうとした瞬間、鍵穴が『ガチャリ』と音を立てた。
ドアノブを引くと、蝶番が錆びた金属が擦れ合う不快な音を鳴らしながら開いていく。
「鍵閉まってるってことは、あの女子……いや、なんでもない」
「変なこと言う奴だな。あ、鍵閉めといて」
家の中に入り、黒色のスニーカーを乱雑に脱ぎ捨てる。
リビングに誰も居ないことを確認してから、二階にある自室に向かって階段を駆け上がっていった。
一日ぶりの自室に、肩の筋肉を軽くほぐしてからベッドに座り込む。
俊介が周りを警戒しながら部屋に入ってきた後、自分の鞄の中から例の盗聴器発見器を取り出した。
コンセントやパソコンの電源周りをしばらく念入りに探していたが、小さく安堵の溜息を吐いてから鞄の中に発見器を放り込んだ。
「何やってたんだ?」
「念のためだよ、念のため。この漫画読ましてくんね?」
「げぇっ。それ読むのか? 後で感想聞かしてくれ」
俊介が手に取った漫画は、最初こそ面白いものの、途中から何故かゴリゴリのBL展開がねじ込まれている不思議な作品だ。
心の中でほくそ笑みつつ、スクールバッグを適当に置いてベッドに潜り込んだ。
ヌルリと、枕とシーツが湿っているような感触が伝わってきた。
目を細めて訝しみ、足で布団を蹴り上げてずらし、枕とシーツを電灯の元に照らす。
「おおうっ……おおう……うん……」
「どうした優……うわぁ……」
枕とシーツに、明らかな染みが出来ていたのだ。
当然、俺はこの布団に日本地図を描くなんて馬鹿な真似はしない。そもそも、この染みからはアンモニア臭がしない。
じゃあこれは何かと聞かれたら……うん。
きっと母さんが、庭の花と間違って俺のベッドに水を与えてしまったんだろう。そうだな、うん。
「これってさ、どうみてもオナ――」
「やかましい! それ以上言うんじゃねえ!」
俊介の言葉を無理やりかき消し、シーツと枕を隠すように布団で覆った。
パソコンの前に置いてある椅子に座り、クルクルと回りながら平静を保っていた時だった。
『ガチャリ』




