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服屋から帰って来たユーリはガンツとナンシーに声を掛ける為に食堂に顔を出した。
ユーリが食堂に入って来た事で常連客が色めきだった。
「お?ユーリが飯作るのか?」
「ユーリちゃんの飯、旨いんだよな」
「今日は何作ってくれるんだ?」
ユーリは、たまに厨房に入って料理を作る事があった。異世界の料理を見た事がない彼等は最初はおっかなびっくりして食べていたが、食べた事のない料理に直ぐに夢中になった。また食べたいと思うがユーリは、なかなか食堂にやってこない。その為、常連客は毎日のようにやって来ては『幻の料理』を食べられる機会を狙っている。
「ごめんなさい、ガンツさんとナンシーさんに用があって来ただけなの」
そう言われて、色めきだった常連客は一気に落胆したように肩を落とした。
その様子を苦笑しながらやり過ごして、厨房へ入っていく。
「ガンツさん、ナンシーさん、ただいま」
厨房では忙しそうにベンとガンツが動き回り、ナンシーは料理が出来上がるのを待っている。
「おかえり、ユーリ」
料理から目が離せないガンツがフライパンを動かしながら答える。
「おかえりなさい、ユーリ」
おっとりと微笑んで答えるのはナンシー。料理を乗せる皿を準備している。
「おかえり、ユーリちゃん」
盛り付け終わった料理をカウンターへ運ぶベンも答える。
カウンターで料理を受け取ったヴィオレットもおかえりと声を掛けてくれる。
「忙しそうだけど、手伝う?」
「ここは大丈夫だから、私達のお昼御飯を用意してくれない?」
困ったようにナンシーが言う。丁度、二人が帰って来たのはお昼時の繁盛時だった。いつもこの時間は忙しいのでお昼御飯を作っている余裕がないので、ユーリが作るのが常であった。
「わかった」
厨房から出て、居住スペースへと取って返したユーリはエプロンを着けるとキッチンに立った。
テーブルで大人しくオレンジジュースを飲んでいたアンリが椅子から降りてユーリの隣へやって来た。
「僕も手伝いますか?」
「え?…じゃあ、ミニトマトを洗ってくれる?」
「はい!」
元気に返事したアンリに取り出したミニトマトを渡す。洗って貰っている間にユーリはフライパンにオリーブオイルとニンニクを熱する。
ニンニクの良い匂いがし始めたので、玉葱と挽肉を加えて炒める。挽肉の色が変わり火が通ったのを確認してホールトマト、コンソメスープを入れ沸騰するまでトマトを潰しながら混ぜ合わせる。
調味料を入れ蓋をせずに暫く煮込み、たまに水分を飛ばすように混ぜていく。
大分煮詰まったら、一旦火を止めて麺を茹でる為に大きな鍋を取り出しているとアンリがミニトマトを洗って持って来てくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして、他にやる事ありますか?」
「後は麺を茹でるだけだから大丈夫…それじゃあ、そろそろ出来るから食堂が空いていたらベンさんとヴィオレットさんを呼んできてくれる?」
「はい!行ってきます」
新たな仕事を仰せつかったアンリは元気に駆けて行った。それを見送り鍋に水を入れ、煮立たせると塩を入れ、麺を茹でる。
麺が茹で上がる時間の間に先程のミートソースを再度火を入れて温める。
茹でたパスタを取出し、温めたミートソースをかけてチーズをふりかける。
アンリに洗ってもらったミニトマトを半分とレタスを短冊に切って添える。
丁度、アンリがベンとヴィオレットを読んできてくれたので、三人分をテーブルに乗せた。
「今日は何なの?」
ヴィオレットが緑色の瞳をキラキラと輝かせながらユーリに聞いている。
「今日はミートソースパスタよ」
皿を持ち上げて繁々と見ていたベンが、皿を下ろしてフォークを持つ。それからチラリとユーリを見た。
「ああ、こうやって…」
食べ方が分からなかった事に直ぐに気が付いたユーリがアンリのフォークを持つとくるくると麺を絡めていく。
「「「おおーー」」」
感心したような声を上げる三人に苦笑した。麺を巻き付けたフォークをアンリの口許に持っていってあげるとぱくんっと食い付いた。もぐもぐと咀嚼していく毎に青い瞳が輝いていく。きちんと飲み込んでからアンリはユーリに顔を向けて、
「美味しいです!」
と満面の笑顔を見せてくれた。それが嬉しくて、またくるくると巻き付けると口許に持っていく。
「ユーリちゃん、給餌する親鳥みたいだよ」
「可愛いから良いじゃない」
二人もくるくるとフォークを動かしながら、ユーリとアンリを微笑ましそうに見ていた。
三人が食べ終わった皿にはミートソースが残っていて、勿体無さそうにベンが見ている。
ユーリは三人に各々パンを渡す。怪訝そうな顔をする彼等にユーリがこう言った。
「残ったソースをパンで食べたら残らないよ」
パンを一口位の大きさに千切るとソースを掬い、またアンリの口許に持っていく。それを何の疑いもなくぱくりと食べる。
「これも美味しいです」
嬉しそうに笑うアンリにユーリも嬉しそうに笑った。また、パン千切ってソースを掬って口許に持っていく。二人はにこにこしながら、食事を続けている。
「また、やってるし…」
「仲が良いわね」
ベンが呆れたように言うとヴィオレットが微笑ましい光景に目を細める。
「別に良いんだよ。仲が良いんだねって思うよ?でもさ、なんか親子って言うか…甘々な恋人同士の雰囲気みたいで居た堪れないんだよ」
両手で顔を覆ったベンの耳が真っ赤になっている。
「そう?私もたまにするけど?そもそもベンも奥さんとやった事あるでしょう?」
「あるけどさぁ~」
冷静なヴィオレットはパンを一口千切ってソースを掬って食べる。
「うん、美味しい」
「……取り乱さないね」
「ふふふ。ありがとう」
「褒めてないよ…」
げんなりするベンだったが、奥さんと恋人同士だった頃に確かに食べさせ合いっこをしていた。やっている間は恋人と一緒で嬉しくて自分達以外の他が見えていなかった。
だが、今はどうだろう。当時の自分達の行動を客観的に見れる環境で思ったのは羞恥。
ただそれだけだ。何故、こんな簡単な事が見えていなかったのか、不思議だ。
「美味しいかったです」
「そう、良かった」
多幸感とは危険な感情だとこの時に気付いたベンだった。そして、疑問を口にする。
「誰?」
「僕はアンリと言います」
「アンリ君か、可愛い子ね。私も早く欲しいな」
にこにこしながら、ヴィオレットがアンリを見ている。ヴィオレットには長年付き合っている恋人がいるが、最近なかなか結婚の話をしてくれなくて悩んでいる。
「ヴィオレット、ガンツさんとナンシーさんと交代しないと」
「え?もう、そんな時間なの?」
ちょっと名残惜しそうにしながらもキッチンを出ていく二人。ユーリはそんな二人を見送り、汚れた皿を片付ける。
新たに麺を茹でる。茹で上がるまで皿を洗うユーリの隣にアンリがやって来て、洗った皿を拭き出した。
「アンリ、座ってて良かったのに」
「僕がやりたかっただけですから」
良い子だな、と思いながらアンリの頭を撫でてあげると幸せそうに笑った。
麺を皿に盛り付けているとガンツとナンシーがやって来たのでテーブルに出す。
「その子が?」
ふんわりと微笑んだナンシーが椅子へと座る。
「はい、アンリと言います」
優美に会釈する姿が様になっているアンリ。その姿に見蕩れるガンツとナンシー。
きょとんとした顔を二人に向けたアンリに我に返る。
「ガンツさん、ナンシーさん…暫くアンリを此処で一緒に暮らしても良いでしょうか?」
痛切な表情で二人に懇願するユーリはアンリを背後から抱き締めた。抱き締められたアンリは首まで真っ赤になって俯いた。
「あらあら」
「いいぞ」
了承の返事が直ぐに貰えた事にユーリは呆気に取られていた。不思議そうに首を傾げたユーリをアンリが見上げた。
ガンツは補足するようにまたユーリに語りかける。
「俺達はユーリを信じてるからな。変な子供を家にはあげんだろう」
ユーリを信頼しているからこそ、二つ返事で受け入れてくれた二人にユーリは嬉しくなった。
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