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雨に濡れた少女をローブごとユーリの部屋へと運び込む。ユーリやモリス夫妻は宿屋の一階に住んでいる。
ベッドに横たえようとローブを脱がすと一層華奢な体躯が現れる。着ている服は上品で貴族が着るような服にも見える。
ふわりと花のような良い匂いがしたので、香水でもつけているのだろう。眠る少女には、とても似合っていた。
(貴族の子供かな?)
ベッドへと降ろし、掛け布団を掛け、念の為に毛布も掛けてみた。
初夏の今頃には暑いかと思ったが、体が冷えきっているので念の為だ。
少女をベッドに寝かし付け、余り離れたくは無かったが、言い付けられていた買い付けの為、部屋を出て行った。
買い付けが終り、大量の食材を背負って帰って来ると丁度ベンと会ったので渡そうとしたが、抱えられないと断られ、渋々厨房まで運んだ。
時計を見ると昼を過ぎた時間になっていた。食堂のピークが過ぎてしまっていたので、お手伝いが出来なかったとユーリは落ち込んだ。それをベンが頭をポンポンと叩いて慰めてくれた。
ユーリが部屋へ戻ってみると少女はまだ眠っていた。ベッドの脇に椅子を持って来て腰掛ける。
眠る少女の顔を覗き込んでみると顔が真っ赤になっていた。掌を額へ乗せてみる。
「熱っ!」
少女は顔を歪めて息苦しそうにしている。よく見ると小刻みに震え、汗もかいている。
急いで部屋を飛び出し、手桶に水を張り、タオルを持って来た。タオルを水に浸し、十分に水を絞ると少女の額に乗せてあげる。
すると、冷たかったのか一瞬、表情が和らいだように見えた。
何度かタオルを換えるが、直ぐに温くなってしまう。また、タオルを換えていると。
「……寒い…」
少女が譫言を呟いた。寒いと言う言葉を聞いた瞬間にユーリは服を脱ぐと少女が眠るベッドの中へと潜り込んだ。
うんうん唸っている少女の服も脱がし、互いに裸になるとユーリは少女を抱き締めた。
高熱に魘されている少女の体は熱く、汗でしっとりとしている。
魘されている少女は無意識に暖かいユーリの体にしがみついた。そんな少女の背中を優しく撫でる。
風邪を引いた時は、何故か不安でこのまま死んでしまうんじゃないかと感情が不安定になる。そして、非常に寂しく、人恋しくなり、甘えたくなる。
でも、ユーリには甘えられる人がいなかった。両親は妹しか構わないし、妹も看病してくれなかった。そのくせ、妹が風邪を引こうものなら、両親は付きっきりで看病し、どうしても妹から離れないといけない時にはユーリに看病させた。平日の学校がある時などは態々休ませて妹の看病をさせる事も屡々だった。
ユーリは少女の体を優しく掻き抱いて、少女から香る花の匂いを嗅ぎながら、いつの間にか一緒に眠ってしまった。
眩しさに一瞬眉を顰め、緩慢に目蓋を持ち上げると朝になっていた。
ぼんやりと昨日の事を思い出していると高熱を出した少女を抱き締めて眠ってしまった事を思い出した。
視線を腕の中に向けると少女はユーリに抱きついた状態で未だに眠っている。
少女の額に手をやると熱は下がっていた。ほっと溜め息を漏らし、少女が起きないようにベッドを抜け出すと脱ぎ捨てた衣服を着る。
眠る少女にも服を着せようとして、数秒考えてから自分の替えのシャツを着せてあげる。
少し大きいが、寝着としてならば十分だろうと考えた。
ベッドの少女をもう一度見て、眠っているのを確認すると少女の服を持って、そっと部屋を出た。
顔を洗い、歯を磨いて髪を梳かす。少女の服を洗剤を溶いた水桶の中に浸すとキッチンへと向かう。残っている食材を見ながら、今日は何を作ろうかと考える。玉葱、卵、バター、牛乳、プチトマト、レタスがあるので、オニオンスープとオムレツを作ろうと考えた。
まずは鍋を火に掛け、熱してきたらバターを溶かし、玉葱を入れてきつね色になるまで炒める。自家製のコンソメを注ぎ入れて、 煮立ったらアクを取り除き、味を整えてオニオンスープの出来上り。
お好みでパセリを入れたりするが、ユーリはパセリが苦手なのでモリス夫妻の分だけに入れる。
次にボウルに卵と牛乳と塩胡椒を入れてよく混ぜ、卵白を丁寧に取る。フライパンを火に掛けて、バターを溶かす。卵をフライパンへと注ぎ、ゆっくり混ぜて、固まって半熟になったらフライパン傾けて形を整え、縁で少し焼いてから更に盛り付ける。レタスとプチトマトを添え、少しトマトケチャップを掛けてあげるとオムレツの完成だ。
「おはよう、ユーリ。今日も良い匂いね」
「おはよう、ユーリ。腹減った」
「おはよう。ガンツさん、ナンシーさん」
タイミングよくガンツとナンシーがキッチンへと入って来た。朝の挨拶を交わして二人はテーブルに座る。ユーリはテーブルの真ん中にパンを置き、二人の前に出来立てのオニオンスープとオムレツを置いた。
「「「いただきます」」」
しっかりと両手を合わせてから食事に手をつける。ナンシーがオニオンスープを一口飲んだ。
「美味しい。コンソメが入ってるのね。玉葱がとても甘くて美味しいわ」
おっとりと微笑んで美味しいと言ってくれるナンシー。最初はコンソメを飲んでビックリしていたが、色々な料理に使えると伝えると更にビックリしていた。
「卵がふわふわと柔らかいな」
一口食べながらスプーンでつんつんと残りのオムレツを突いているガンツ。
お行儀悪いですよ!と言うと気恥ずかしそうにパンを取って食べ出した。
「そう言えば、昨日言ってた子供はどうなったの?」
口の中のオムレツをお茶で流し込むと思い出したようにナンシーがユーリに問う。
「今は、私のベッドで寝てる。昨日は熱を出してたけど、今朝になったら下がってたわ。朝食が終わったらミルク粥でも作って持って行ってあげるつもりよ」
「そうか、ユーリのミルク粥は美味しいからな」
ガンツやナンシーが熱を出した時に作ってあげた事があった。それ以来、熱を出した時はユーリにミルク粥を作って貰うのが楽しみだと言っていた。
食後のデザートに昨日こっそりと作っておいたプリンを二人に出してあげると甘くてプルプルしているのをビックリしていた。
二人がキッチンを出ていくのを見届けて、使った鍋やフライパン、皿等を洗い、漬け置いていた少女の服を洗濯して干しておく。
まだ眠っている少女の為にミルク粥を作る。
ミルク粥とプリンを持って、部屋へ入ろうと扉を開けると少女は起きていた。
ベッドから起き上がり、窓の外をぼんやりと見ていたが、ユーリが部屋へ入るとこちらに顔を向けた。
銀色の髪は依然としてボサボサだが、それでも梳かせば、サラサラした髪だろう事は分かる。意識の無かった少女の顔は怜悧に見えたが、こうして見るとパッチリの二重の菫色の瞳は玲瓏で人懐っこい。
「おはよう」
見ず知らずの人なのだからと、なるべく警戒されないように優しく笑い掛けてみるユーリ。それを見た困惑気味だった表情が一気に崩れ、破顔一笑する。
「おはようございます」
声が多少掠れているのは、昨日から何も飲まず食わずだったからだろう。檸檬が入った水差しからコップへ水を入れて、少女に渡す。お礼を言って受け取った少女は一気にコップの水を飲み干した。余程喉が渇いていたのだろうとまた水を入れて、コップを差し出す。
「ミルク粥作ったんだけど、食べる?」
「食べます。いただきます」
凄い勢いで食べきったので、プリンもどうかと尋ねると食べると言ったので、渡す。
一口食べて、大きな瞳を限界まで見開いた少女はその後、噛み締めるようにゆっくり食べ始めた。やはり、女の子は甘いものが好きらしい。
たっぷり時間を掛けてプリンを完食した少女は手を合わせてご馳走さまでした、と言ってくれたので、お粗末様でした、と返しておいた。
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