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王侯貴族達との謁見に疲労困憊のユーリだったが、白鹿亭に帰ろうとしたら侍女に呼び止められて、豪華な部屋に連れて来られた。勿論、アンリも一緒だ。広いリビングにあったソファに腰掛け、侍女が用意してくれたお茶を飲みながら、これから何が起きるのか待っていた。
「ユーリ、このお菓子美味しいですよ」
「本当?私も食べてみようかな」
アンリがいつもと変わらない穏やかな笑顔でユーリにお菓子を進めている。ユーリも一つお菓子を取ろうとしたが、アンリがユーリの口許に一口サイズのマカロンを差し出している。少し考え、自分で食べられると言おうとしたが、断られる事を察知したのかアンリが形の良い眉を下げて悲しそうにしたので、断るに断れなくなってしまった。
「えっと…いただきます」
アンリの小さな指に摘ままれているマカロンをパクリと食べた。するとアンリの機嫌が治ったのか今度は嬉しそうに笑う。
ユーリはアンリから貰ったマカロンを咀嚼しながら少し考えると一つのチョコを手に取った。それを今度はアンリの口許に持って行く。するとアンリはきょとんとした表情でユーリとチョコを見比べ始めた。
「美味しいよ」
そう言葉を掛けると頬を真っ赤にさせてアンリがユーリの手からチョコを食べた。餌付けって、なんか良いなと思いながら、顔を真っ赤にさせているアンリを見ていた。
それからは誰も来ないので二人は食べさせあいっこしたり、色とりどりの蝶の姿をした精霊と戯れたりながら暇を潰していた。ユーリはニコニコしながらアンリの真っ赤な頬をつつき、アンリはそれを恥ずかしそうにしながらも抵抗しなかった。端から見れば立派な仲良しな恋人の雰囲気を醸し出しているのだが、誰も見ていないせいか、それを指摘できる者は居なかった。
暫くしてから、やっと扉が開きアーサー達が入って来た。すかさず立ち上がろうとしたが、それを手で制されたので座り直した。
アンリは部屋にアーサー達が姿を現した瞬間から機嫌を悪くしたのか無表情になっている。
入って来たのは、アーサーとフィーとウィルだった。何故か暗い表情のアーサーはソファに崩れ落ちるように座り、それを隣に腰掛けたフィーがソファから落ちないように整え、ウィルがそんな二人の背後に立っている。ユーリはウィルだけ立っているのが気になってチラチラと視線を送る。それに気付いたウィルが自分はこのままで良いのだと言ったので、視線を送るのを止めた。
「はぁー」
顔を両手で覆い、肺にある空気を全て出しきる勢いで深い溜息をついたアーサー。それを隣でフィーはチラリと見てから対面に座るユーリとアンリに視線を移す。アーサーの心情が分かるだけになんと声を掛けて良いのか迷い、結局声を掛けられずにいた。
幼少の頃から周りの人達にちやほやされながら育っていったアーサーは、いつの間にか誰にも興味を示さない子供になっていった。それでも外面の良い彼は子供時特有の人懐っこさを装ってい、大人達を冷静に見ていた。
それは幼い時分から汚い大人達の行いや権力に目の眩んだ大人達に擦り寄られいったからだ。打算的な行動をする大人にアーサーは人知れず心を閉ざし、上部だけの笑顔と誰にも心情を知られまいと隠すようになった。
そんなアーサーが、初めて恋をして初めて興味を引かれた相手がユーリだった。そんな彼女を自分の物にしたいと思ったが、それを精霊が壊したのだ。この状況をどう飲み込んで良いのか分からない彼の憂鬱が長く深い溜め息となってしまっても仕方無いのかもしれない。
そんな事とは知らないユーリは不思議そうな表情で対面の三人わ見ている。隣に座るアンリはやはり無表情でこれでもかとユーリに引っ付いている。
「それで、どうして私達はここにいるんでしょうか?」
「君には是非にアーサーの妃になって欲しいんだけどね。アーサーは優しいし、お金だって持ってるし、容姿だって整ってる。こんな優良物件は他にいないと思うんだけどね。どうかな?」
いつもは面倒臭がりのフィーが珍しくアーサーを持ち上げる発言をしたので、アーサー本人とウィルが驚いた表情をしている。それに気付いたフィーが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「どうしたんだフィー?熱でもあるのかい?」
「落ちていたものでも食べたのですか?」
「五月蝿いな。話が進まないから黙っててくれる?」
本気で心配する二人をフィーが睨み付けて黙らせる。アーサーは私は王太子なのにと小声で反論していたが、フィーはその声をシャットアウトした。
「君はアーサーの初恋なんだ。その恋を応援したいのは友人として当たり前だ。それに君は精霊の加護を受けた存在だ。そんな存在が我が国の国母としてあってくれれば、他国への牽制にもなる」
「精霊はユーリの事を政治に捲き込むなと言外に言っていたと思うのですが」
自分達の国ケントルム王国にユーリの存在がどれだけ有益なのかを語るフィーに一層冷ややかな無表情のアンリが反論する。
フィーは一見無表情のアンリの瞳な冷たい怒りの感情を読み取り絶句する。これ程幼い少年に似つかわしくないその感情にフィーは狼狽した。恐らく彼は何か隠していると感じたフィーは追求したら恐らく自分が危うくなると思い、考えるのを放棄した。
「では、君についてはどうだい?」
アーサーはアンリに話し掛けた。アーサーはアンリとクリスティーナの婚約の事を言ったつもりだったが、アンリの中では既に終わった話だった為、何の事か分からず小首を傾げた。
「アンリ、クリスティーナの事じゃない?」
ユーリには直ぐに分かったようで本当に分からずに首を傾げたままのアンリに声を掛けてみた。それを聞いたアンリは首を傾げたまま暫く考え、アーサーが言っているのは、自分とクリスティーナの婚約の事だとやっと理解した。
「それは、もう済んだ話です。僕は彼女とは婚約しません。一方的な恋慕に振り回されるのは、迷惑です」
冷たく言い放った言葉はアーサーとクリスティーナに向けて言っているのを察した三人は気不味げな表情をした。
確かに精霊に二人には手を出すなと忠告された。されたが、それでも相手に対する感情が忠告されたからといってたちどころに消えてしまうわけではない。暫くはアーサーとクリスティーナはユーリとアンリを諦めるべく、お見合いだったり、社交だったりと行動しなければならない。自分の中で折り合いをつけていくしかないのだとアーサーは感じた。
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