表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

4話 起因


 帰路の途中、住宅密集地域という中々に立地のいい場所にその店はあった。

 五十嵐剣道具店。

 今年で創業五十周年を迎えるそこは、こじんまりとしていながらも情緒があり、この地域で剣道をやってる人間はほとんどここを利用していると言っても過言じゃない。

 例によってうちも祖父の代からこの店を利用し、ガキの頃から通ってる俺にとってはすごく馴染み深い店でもある。

 ガラガラと音を立て引き戸を開けると、二番目に目に付いたのは種類豊富な剣道具の数々。……そう、二番目だ。聞き間違いなんかじゃないぞ。

 入ってすぐ俺の目に飛び込んできたもの。それは筋肉質な体型をした人物が汗水流しながら激しく体躯を動かしている異様な光景だった。

 ふっ、ふっと短い呼気を漏らし、そこここに汗を飛び散らせる姿は荘厳であり暑苦しいことこの上ない。これが初見の客であるならば、入る店間違えたかなと表の看板を再確認すること必至だ。


「――あらぁ? いらっしゃぁい。これはまた見慣れた組み合わせね。声くらい掛けてくれればいいのに」

「薫子ちゃんにちはっ! すごく真剣にやってたから思わず釘付けになっちゃってたよ」

「ウタウタに激しく同意っ。真剣に取り組むその姿には肝癌を禁じ得ないや」

「あの、もしかすると肝癌ではなく感嘆なのでは……?」

「お、よくぞ私のギャグを看破したねがーぽん。今のは君を試していたのだよワハハ!」

「あっ、そうだったんですね。見破れて良かったです」

「ヒュー、百奈ちゃんのギャグを見抜くなんてやるじゃん!」

「うふっ。何だかよく分からないけど、あなた達が楽しそうで何よりだわ。女三人寄ればかしましいってね」


 俺を蚊帳の外に置いてガールズが和気藹々と談笑に浸っている。

 ところでまた誰も突っ込まないけど、がーぽんって誰?


「ほらほら、佑ちゃんもそんなとこに立ってたら他のお客さんの邪魔になっちゃうでしょ。もっと中入って。何ならアタシの前にきて♡」

「他のお客さんつっても俺らしかいないですけどね」

「あぁ~ん、辛辣しんらつ! 痛いとこつかないでよもぉー」


 そういって内股で身体をくねくねさせる様は気持ち悪いことこの上ない。

 熱気のせいで冷房が効いてるのか効いてないのか怪しい店内の中程まで進む俺は横目に薫子さんを見た。


 この汗水流していた人物、五十嵐いがらし薫子かおるこさん。本名、五十嵐薫さん。

 口調こそ女子のものではあるが、薫子さん自体れっきとした男性だ。

 今年で二十八歳を迎える薫子さんは、父親が早々にご隠居生活に身を置いたため、長男である薫子さんがこの歳にして店長を任されていた。

 俗に言うオカマ、いやオネエである。因みになぜ薫じゃなくて薫子と呼んでいるのかというと、それは本人たっての強い希望があったからに他ならない。


 冷房が効いているにもかかわらずどこか蒸し暑くすら感じる店内では陽気なBGMが支配していた。それはレジ近くの机に置かれた液晶テレビから流れる映像が原因だろう。

 40インチの液晶テレビの中では、一番中央の位置に薫子さん以上にガチムチの男が一人、その左右に金髪の女性が一人ずつ付き、そしてその後ろに何人もの外国人の男女がタンクトップといった動きやすい服装で激しい運動をしていた。一目見て分かる。これは一世代前に流行っていたエクササイズの動画に相違ない。

 エクササイズというよりはもはや筋トレの域だが、それはさておき、元々筋骨隆々な身体をしているというのに更なる高みを目指そうというのかこの人は。


「そんなに身体を絞って何目指そうとしてるんですか」

「別に何も目指しちゃいないわよ。手待ち時間が長かったから時間を有効活用していた、だ・け。というか、ほんっっといいわねこれ。十年以上前に流行ったものだけど、もっと早くに知っておきたかったわァイダッ!」


 突如野太い悲鳴を上げる薫子さんの背後に注目すると、そこには暖簾の奥から出てきたであろう女性、智恵美さんが不機嫌そうな顔で腕組みをしていた。

 薫子さんの実の姉にあたる智恵美さんは、文字通り大人の女性の魅力ムンムンで男がほっとかない美人なのだが、いかんせん智恵美さん本人はこれっぽっちも異性というものに興味がないらしく、この人が薫子さんをどつき回している光景をよく見る。日常茶飯事というやつだ。そして例によって今回も――


「ちょっと智恵美姉さん、痛いじゃないの。少しは加減してよ」

「じゃかあしい! 私がこのたぎるような暑さの中、外回りの仕事に出てたって時にテメエはなにエクササイズに精出してやがんだ。ああ?」

「もうっ、そんなにカリカリしないでよ。怒るとせっかくの美人が台無しよ? それに智恵美姉さんもいい加減いい歳なんだから、営業なんかやめて、早くいい人見つけて永久就職目指しましょ」

「てめえにゃ関係ねえだろったく、目ェ離すとろくなことしやがらねえなこいつは。……ん? なんだ、今日はえらく賑わってると思ったら見慣れた顔触れが揃ってンじゃねえか」


 俺達の存在に気付いた智恵美さんにこんにちはと全員が挨拶する。

 まぁゆっくりしていけと手を閃かせる智恵美さんは弟に対して以外は割りと温厚な人なのだ。歳の差はそれなりにあるが、智恵美さんからはどことなく姉御肌を感じる。

 ラフな格好かつ薄着で決めた智恵美さんはナチュラルにポケットからタバコを取り出すと口に咥えようとし、ここが店内であることを思い出したのか舌打ちした後しまい込み、代わりに机上に置かれたテレビのリモコンを手に取り操作した。

 その様子を見て取り何か言いたげな薫子さんだったが、智恵美さんの鋭い眼光になぜかマッスルポーズをして応えた。いや誤魔化したのか?

テレビ画面が普通のチャンネルに切り替えられる。すると陽気な音楽から一変、室内はより一層騒がしくなった。それにつられテレビに視線移動するとあるアイドルのライブが中継されているところだった。

 俺が聞き覚えのある曲だなと思った時には、既に隣の女子三人が姦しく騒ぎ出していた。


「キャー! カノカノー! カノカノー!」

「わ、わ。カノカノちゃんだ。そっか、今日七夕ライブ前夜祭だったね」

「平日から行われるって凄いね? 凄いね! ウタウタとみーぽんはライブに行ったことあるんだったよね? 今度都合さえあえば私もおともしたいな~」

「それはもう是非! 一緒に行きましょう、先輩」

「カノカノー! カノカノー!」


 一体どこに隠し持っていたというのか、俺が気付いた頃には右手にペンライトを握った詩がアイドルが歌う曲に合わせてタイミングよく振っていた。


 ――櫻井さくらい香乃葉かのは

 総理大臣の名前は知らなくても櫻井香乃葉の名前を知らない人はいない。

 それほどまでに有名な超国民的アイドル香乃葉の愛称カノカノに憧れ、詩自らウタウタと呼んでと百奈に希望したくらいだ。

 見ての通り香乃葉の大ファンである詩は美佳ちゃんと共にライブに行った経験もあり、以前俺も誘われたこともあったが、俺自身そこまで興味があったわけじゃないから(詩の前じゃ口が裂けても言えない)適当な理由を付けてそん時は断った。

 今回の七夕ライブも激しく参加したがってたが、高倍率すぎるライブの抽選に美佳ちゃん共々落ち、結局ライブチケットが手に入らず今こうして遠い地――ライブ会場は東京ドームのようだ――から一人ブンブンとペンライトを振っている。

 まぁ確かにテレビで観る彼女はアイドルなだけあってすごいキラキラしてるし、歌唱力も絶大、ここまで大人気なのも頷けるわけで、ってなんで上から言っちゃってんだ俺は。こんなこと考えてたらマジで詩にしばかれそう。


 そんなことを思っていたところ、途端に室内が暗くなる。

 停電か!? と一瞬身構えるも、テレビは相も変わらず映像を垂れ流してるからそうではないようだ。

 視界の隅で巨大な影が揺れる。いつの間に移動していたのか薫子さんがどういうわけか室内の電源を切ったようである。

 一体何の意図があって……あー、なるほど。そういうことか。詩のためにライブ感を出してくれたのか。

 サプライズというほどのものでもないが粋な計らいと汲んだ智恵美さんもこの行為には特に言及はせず、ガラス窓から思いっ切り夕日が差し込むものの、これはこれで味があって悪くない。と同時に今が営業中であることも忘れちゃいけないがそれに突っ込むのは野暮以外の何物でもないだろう。

 途中ジャンプまでして盛り上がる詩。それと女子二人。テレビに映るファンと丸っ切り動きがシンクロしていた。レベル高いなおい。つうか最前列に一人すごいやつがいやがる。

 サイリウムを指の間に差して(バルログって言うんだっけ)独特の動きでぶん回している。だが目立ちすぎてるわけでもなく周りとすっかり同化するという凄技付きだ。

 こういうやつって人生を謳歌してるよなと他人事丸出しの思考を働かせていると、俺の手にふと何かが触れる。

 暖かい。それに柔らかい。なんて感想を抱いた瞬間、今度は俺の手が脈絡なく握られる。

 ふっと顔を横に向けると、そこには何を言うでもなく、見るともなくテレビ画面を見る百奈がいた。

 急なことに戸惑いの色が浮かぶも、身体はすっかり正直なようで心臓が早鐘を打つ。

 この行為の意味を探るべく彼女のことを目視し続けていると、見上げる形で百奈が俺を見た。

 暗がりながら百奈の頰はどこか上気し、瞳は僅かに潤んでいるように見えなくもない。

 夕焼けでこうなってる……わけじゃないよな。視線を合わせてから数秒、はにかむ百奈はライブの曲が終わるのに合わせてそっと手を離し、周りに悟られないようにするためか俺から距離を取った。


…………これは。


 いくら鈍感に定評のある俺といえどある程度の察しくらいは付く。


 明日は七夕。

 国が正式に認めた恋仲を深め合う日。

 俺には無縁のものだと思っていたが、それはここまでキッカケがなかっただけで、掴み取るチャンスさえあれば俺はそれに背を向けず真っ向から立ち向かってやる。それくらいの勇気なら、流石の俺だって持ち合わせている。


次回 一週間後以降

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ