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3話 友達


 こうして朝の騒がしい時間は過ぎ去り――うるさくしていたのは俺達だけだったが――誰もが待ち望んだであろう放課後がやってくる。

 テストというしがらみから解放された教室は、窓の外で鳴く蝉に負けず劣らずの喧騒に包まれていた。

 今はまだ昼時、試験期間の終了。それに加えて明日からの連休ときたもんだ。そりゃバカみたいに騒ぎたくもなる。そんでもって、今この教室で一番はしゃいでるであろう人物は――


「うぇーい! ようやっとテストが終わったぜぇぇい。明日から三連休なのに加えて試験休みもあるから大型連休の一丁上がりってな! んでもって夏休み!!」


 ――悲しいかな気心の知れた親友だった。

 一心不乱に騒ぎ立てる修也に、俺は現実というものを突き付けてやることにした。


「同時に、みんな大好き補習期間があることも忘れんなよ。俺は部活があるから結局足繁く学校に通う羽目になるけどな」

「だーっ! 水を差しやがんなよな。せっかく人がお休みモード全開の身体になってたってのによ」


 不服そうに唇を尖らせ手を閃かせる修也は、窓の外を眺めると突然何かを思い付いたように指パッチンを鳴らした。俺にはできない。


「そうだ、テストも終わったことだし、これからカラオケ行かね? テスト後はやっぱカラオケに限んぜ!」

「おっ、いいじゃんオケカラ! 私は行きたいを通り越して行くー! たーくんとかほりんは?」

「みんなが行くなら私も行こうかな。ふふ、カラオケなんて何年振りだろ」

「いや、年明けてすぐ行っただろ、この面子で」

「俺も特に異論はないかな。部活は週明けからだから時間もたっぷりあることだし」

「んじゃ決まりだな。満場一致ってやつだ……全会一致? まぁどっちでもいいか。とりあえずどっかで飯済ましてから――」

「お兄ちゃぁぁんっ! 約束通り詩の面タオル買いに行くよっっ!」

「――歌いに歌う……お前に可愛いお客さんだぜ、佑」


 見れば分かる、と口にはせず胸中で突っ込みを入れてから、臆面もなく上級生の教室に足を踏み入れた妹の頭に俺は鋭い手刀を食らわした。面あり、一本。


「あいたっ。ちょっとぉ、詩は暴力撲滅委員会役員なんだから、お兄ちゃんといえどこんなことしてただじゃ済まないんだからね!」

「なんだそりゃ。初めて聞いたぞそんなの。それより、もっと静かに入ってこい。あとそんな約束一ミリもしてねえ」

「えーーーーっ!」


 なんでなんでと俺の身体をぐわんぐわん揺さぶる。気持ち悪くなるからそれやめろ。リバースするぞ、お前に。

 ちょっかいをかける妹を無理矢理とめ、はぁと大きく溜め息を吐いて面を上げると、詩の姿を引き戸から心配そうに伺う少女の姿が視界に入った。

 女子にしては身長が高く黒髪ショートヘアのその子に俺は見覚えがあった。

 詩の友達の浅井あさい美佳みかちゃんだ。確か何回か家に遊びに来たこともあったはず。

 その女の子はキョロキョロと周りを見回してからおっかなびっくりとした足取りで俺達のもとまで来ると、


「ちょ、ちょっと詩ちゃん。上級生のクラスにそんな殴り込みするみたいに飛び込んでったらダメだよ」

「やぁ、美佳ちゃん。悪いね、妹が迷惑ばかり掛けちゃって」

「あっ、美佳ちゃんのお兄さん。迷惑だなんてそんな。むしろ面倒見てもらってるのは私の方ですよ」

「またまた、謙遜なんかしなくていいって」

「いえいえ、そんなことないです」

「またまた」

「いえいえ」

「ちょっとちょっと! 詩が迷惑掛けてる前提で話を進めないで!」


 俺達の間を物理的に割って入り、腕組みぷんすかと怒る詩をまぁまぁと果穂が宥めすかし、背後から詩の肩をガッと鷲掴みにした百奈が相好を崩す。


「ねえねえヤング諸君、私達今からテスト後の打ち上げと称してオケカラに行く予定なんだけど、暇なら一緒に行かない? えっ、行くって?! やったーイテッ!」


 委細かまわず話を進めようとする幼馴染みの頭に、俺は容赦なくチョップを叩き込んだ。面あり、二本。


「流石に強引すぎるぞ百奈。詩はともかく美佳ちゃんが展開についていけず戸惑ってるだろ。このままだと俺の手刀が漏れなく火を吹くぞ」

「いやそれ振り下ろす前に言えよ」と修也。


 どうしよっかと顔を見合わせる二人に、みんなで行った方が楽しいよ! と患部を押さえて促す百奈に同調するカップル二人。それには俺も同意する。カラオケに限らずこういうのは大勢で行った方が盛り上がるに決まってる。そういう意味も込めて、俺は密やかに上目遣いを送る詩に肯定の意を込めて頷いてみせた。すると即座に顔を綻ばせる詩は、


「そ、そこまで言うなら詩達も行ったげよっかな~。いいよね美佳ちゃん? 新しく覚えたアニソンも歌いたいことだし、あ、でも面タオル買っとかなきゃね。帰ってからおじいちゃんに突っ込まれるかもだから、終わってからでいいからお店には一緒について来てよ?」

「はいはい。分かったよ」

「ではすみませんが、お言葉に甘えさせてもらいますね」


 つり目がちながら威圧感は一切なく、律儀に頭を下げる美佳ちゃんの頭をポンポンと叩き、荷物を片付けようとすぐ側の自席に戻ろうとした矢先、俺は背中にある感触を覚えた。

 振り返る。とそこには面識のある顔。

 パッと見、中学生にも見える容姿をした氷室藍が、身長差から見上げる形で俺の顔をジッと黙視していた。

 見続けていたら吸い込まれそうになるその黒曜石のような瞳に、俺はある種の感慨を抱いていた。

 なんて美しいんだろうーーと。

 当然それは恋などといった恋愛感情とはまた違った何か。なんというか、もはや芸術の域だ、これは。


「わ、悪い。前方不注意だったみたいだ」

「ううん。わたしの方こそ。どうやら今日はよく人とぶつかる日みたい」


 あまり抑揚のない声でそう告げる氷室は、お辞儀のつもりなのか髪を僅かに揺らして俺の横を抜けて行こうとし、「あ」と果穂が上げた声が耳に届いたのか、ピタリ歩みを止めた。


「......なに?」

「えっとね、私達今からカラオケに行こうと思ってるんだけど、よかったら氷室さんも来ないかなーと思って」


 若干気後れしたような腫れ物に触るように尋ねる果穂に視線を投げ掛ける氷室は、数秒の間しげしげと彼女のことを観察したのち、真一文字だった口を開いた。


「今日はこのあと予定が控えてるから行けそうにないわ。ごめんなさい」

「あっ、ううん。気にしないで。急に誘った私も悪いし、とにかく謝るようなことじゃないから」


 せっかくのフォローも何のその、氷室は深々と頭を下げると、その後何を言うでもなく教室から去っていった。

 そして俺達の間を微妙な空気が流れるーーなんてことはなく、人一倍元気の有り余った修也がポンと果穂の肩に手を置いた。


「今回もまたナイスチャレンジだったぜ。グッジョブ果穂ちゃん」

「ナイスファイト!」と百奈がサムズアップをして賞賛を讃える。


 今の一連の流れについて簡単な説明をするとだ。

 果穂が氷室を気遣った。以上。

 ……だけの説明で終わらすと余計にちんぷんかんぷんだろうが、正直これ以上筆頭すべきことがない。

 いやまぁ強いて言うなら、果穂も氷室同様に転校生で(と言っても中学の頃の話だが)、別の意味で孤立した彼女を昔の自分と重ねた結果出た行動なんだと思う。

 だから事あるごとに声を掛けたりしてるが、あまりいい結果を得られないのは想像に難しくない。だけど、その行為全てが無駄ってわけじゃない。

 転校してきた当初は顔に能面でも付けたように無機質な彼女だったが、今は日常会話くらいなら成立するからな。

 人は成長するということを痛感する今日この頃。

 俺も成長してるのかな。成長してるとしたらどのくらいだろうか。あまり客観的に自己評価を下したことがないから分からないけども。

 こうして六人というまぁまぁ大所帯でカラオケに行くこととなり、あらかじめ話していた通り、道すがらファーストフード店で食事を済ました俺達一行は、大通り沿いにあるカラオケ店で夕方頃まで歌い尽くし、全員が全員満ち足りた顔をして店を出た。


「はぁ~、楽しかったぁぁあ。楽しすぎるあまり、私喉が潰れるまで歌っちゃったよー」と突っ込み待ちのつもりなのか大仰に笑う百奈。

「喉が潰れちゃったら、今頃声が出てないと思うよ」とすぐ横でマジレスするのは果穂だ。

「うへぇ、シャウトしすぎで喉イテ。けどま、すっげェ盛り上がったよな。またこの面子で来ようぜ」と心底楽しそうな修也。

「うんうん、詩も来てよかったよ。誘ってくれてありがとねみんな」とタメ口の詩だが当然誰も気に留めたりはしない。

「私も楽しかったです」と物忠実ものまめやかに答える美佳ちゃん。

「そうだな、また来よう。夏休みあたりにでも都合合わせられるといいな。とりあえずこれからどうする? 俺と詩は剣道具店に足運ぼうと思うけど」

「なら私はたーくん達についてこっかな。どうせ帰る方向おんなじだしね」


 意味もなくくるくると回り、ピタッと俺と詩の横に引っ付く百奈。

 肩までしかない髪がさらと揺れ、汗臭さなど微塵もないフローラルな香りが鼻腔をくすぐる。夏だというのに、不思議と暑苦しさはこれっぽっちも感じられなかった。


「どうしようか? 修也」

「まぁ俺達は帰っか。そっちとは逆方向だしな」


 んじゃ次は終業式前になと手を振って帰路に就こうとする修也に、どうせシューヤンは月曜日には学校でしょーと無慈悲でしかない野次が飛ぶ。その追い掛ける声を無視して退ける修也は大股でずんずん歩き、代わりに果穂が振り向いて愛想笑いを浮かべながら小さく手を振った。


「あの、私も同じ方向なのでついて行っていいですか?」

「ん、もちろん。断る理由も権利も俺達にゃ一切ないし」

「そうそう、堅苦しいのはなしだよみーぽん! ーー苦楽を共にしたみーぽん、じゃなかった、苦楽を共にした美佳達は既に熱い友情と固い絆で結ばれていると言っても過言ではなかった……」

「……なぜに語り口調!?」


 一テンポ置いてから、詩が代表するように突っ込んだ。


「そ、そうですよね。私ったら他人行儀にばかり接して。納豆に卵をかけたような空気にしちゃってごめんなさい」

「うむ、分かったならよろしい」

「気を取り直していこー」


 納豆に卵をかけた空気ってなんぞやと思ったが、誰も何も訊かなかったので俺もそれに倣いスルーした。

 どうでもいいけど納豆卵ってうまいよな。


「そんじゃま、いつまでもここにいるのもなんだし、私達も行きますか」

「……」

「? どったの、たーくん。いつも以上に難しい顔なんか張り付けちゃって」

「ああ、いや。何でもない」


 否定から入った俺の言葉に、相も変わらずえびす顔で上体を傾ける百奈に俺はホッと胸を撫で下ろす。俺の僅かながらの機微の変化は、どうやら悟られるまでには至らなかったようだ。

 ただでさえ短いスカートをひるがえし悠々自適に歩を進める百奈の後を鬼退治に向かう仲間のような足取りで歩いていると、好きな相手にちょっかいをかける男子のように俺の脇腹を突っついてくるやつがいた。美佳ちゃん、なわけはない。となるとあっさり消去法、言わずもがな詩だ。


「うひょー、青春を謳歌してまんなぁ、兄貴ィ」


 お前は学生気分の抜けない舎弟か何かか。

 うるさいと詩の頭を軽く小突いてから、俺は歩く速度を速める。

 世間は明日に控えた七夕の日に存外浮かれ気分のようだ。かく言う俺もその空気にあてられた一人のようで、盲目がちになってるのは否定できない。


 日が長く夜の帳が降り切るまでにはもう少し時間はあるが、七月だというのに風は妙にひんやりとして、それが俺の思考をより冷静なものへと昇華させた。


次回一週間後くらい

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