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魔王の拾い子  作者:
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第1話 アーサー

 この世界で一番大きな大陸は、『王国』と『魔王国』に別れている。王を中心とする、人類の住まう『王国』。魔王を中心とする、魔物の住まう『魔王国』。

 長年対立している両国の間には、五つの山がある。しかし、魔王の移動魔法によって魔王国の中心、魔王都「ディスティル」までは一瞬だった。鐘の付いた不気味な大扉の前で番をしているのは、やはり人間ではなく魔物。ゴブリンだった。

「魔王様!お帰りないま……。スンスン。ん?人間臭い……」

 緑色の巨体は、辺りをきょろきょろと見回し訝しげに首をひねる。

「そりゃそうだ。ここに人間がいるんだからな」

 魔王が後ろで隠れていた少年を自分の前に出しながら言うと、ゴブリンは鼻の頭がつきそうなほど顔を近づけ、少年をじっと見つめた。

「ほう。人間にしては随分桁外れの魔力の持ち主だ。例の魔女狩りが行われた村の子ですかな?」

「あぁ。だが俺が行ったときには遅かった。こいつ以外はみんな死んでたよ」

「……そうでしたか。王都の者も酷なことをなさる。ようこそ、人の子よ。魔王都ディスティルへ。さぁ、中へ」

 ゴブリンが手に持っていた木槌で鐘を鳴らすと、大扉はゆっくりと開いていく。

 空は闇に包まれ、日の光は届いていない。紅い街灯だけがほうほうと街を照らしている。薄い霧が立ち込み、歩く者は魔物ばかり。本当に魔物の住む場所に来たのだと、少年は思わず喉を鳴らした。

「なぁ、どこに向かうんだ?」

 魔王の背に向かって問う。

「俺の城」

「そ、そんなとこに人間連れていっていいのかよ」

「お前はもう家族だからいいの」

 平然と言われたその言葉に、少年はどう言葉を返せばいいのかわからなかった。

「なんだ、照れてんのか?」

「照れてなんか!」

「おやおや~?お耳が真っ赤だよ~?」

 その声は、魔王の声ではなかった。後ろから聞こえてきたその声は、若い女の声。思わず振り向くが、後ろには誰もいなかった。

 しかし、突然ペロリと頬を舐められる感覚。

「うわぁ!!」

 再度後ろを振り返ると、そこには銀色の髪をした少女が立っていた。

「んー、これ君の血じゃないね。魔力の量が全然違う。ぞくぞくしないやー」

「は?お、お前誰だよ!いきなり舐めやがって!」

「リリィ。人間の、ましてや子供相手にんなことしたら驚くだろ。やめろ」

「はーい、魔王様」

 リリィと呼ばれたその少女は、クスクスと笑いながら少年の周りを回り始める。

「私、リリィ・ブランシェ。リリィって呼んでね。ふーん、人間でもこんなに魔力持てるんだぁ……。はぅ~君の血が飲みたいよぉ~。きっと、立てなくなるくらいぞくぞくする魔力の味なんだろうなぁ……」

 両頬に手を当てながらうっとりと見つめてくるリリィを少年は訳がわからないという顔で見ていた。

「リリィ、お前には畑仕事を頼んでいたはずだが?」

「それはヴィヴィとコウモリちゃん達がやってまーす。魔王様が帰ってきたみたいだったから、お出迎えに来ました!」

「そうか、ありがとう。だが畑仕事はお前達兄妹二人にに頼んだんだ。お前も仕事に戻れ」

「はーい。じゃあ君、また後で遊ぼうね!」

 リリィは満面の笑みを少年に向け、去っていった。

「お前はこっち。ここを真っ直ぐ行った先が俺の城だ」

 魔王の進む先を見ると、霧の中に建造物が見えた。街の中で一際大きく、街中が見渡せるほど高い場所に建っている。

「あれが……魔王の城」

「俺が生きてきた中でこの城に入った人間はお前で三人目だ」

「ガウリルは、何年生きてきたんだ?」

「三千年。人にとっては長いかもしれんが魔族にとってはあっという間だ。百年は一日のようにも感じる」

「じゃあ、城に入った人間の二人も、もう死んじゃったんだな」

「……そうだなぁ。良き人間だった。人間の命は、ロウソクのように短いな。もっと酒を飲み交わしたかった」

 そう語る魔王の顔は、どこか寂しそうだった。余程その人間とは仲が良かったのだろう。

「酒くらい、俺だって一緒に飲んでやるよ」

 少年はそっぽを向いて呟いた。だがその言葉はちゃんと魔王に届いていたようで、魔王は一瞬驚いたものの、すぐににっと笑い少年の頭をわしわしと撫でた。

「俺の城に置いてある酒はどれもガキにはまだ早い」

「な!ガキじゃねぇもん!」

「お前の成人の儀の時に、みんなで飲むぞ」

「っ……うん」

 少年は嬉しかった。こんなにも自分のことを考えてくれる人に出会えたことが。

 魔族の王でもいい。村の大人よりずっといい。

 ちゃんと自分を見てくれる。

 そのことがこの上なく嬉しかった。

 これからのことはまだわからない。でも少なくとも今までより楽しい暮らしが待っている。少年は嬉しさで勝手に緩む頬を魔王に見られないように、俯きながらついていった。


 十年後__

「今日は宴だ!飲め飲め飲めぇ!」

 魔王に拾われたあの日から十年の時が経った。あれから、人間につけられた名は捨てろと言われ、少年は「アーサー」と名付けられた。魔物との暮らしに最初は戸惑っていたアーサーも、今ではすっかり馴染んでいる。そして今日。アーサーは成人の儀を迎えた。

「お前も飲んでるかぁ~?あーさー?」

 顔を赤くし、ふらふらと歩いてくる魔王に、アーサーは呆れ顔でため息をつく。

「全く。あんたは酒が入るとすぐ酔っちまうんだから」

「あぁ~?酔ってなんか、ひっく。ねぇよ~」

「足元ふらふらでよく言う」

「いいからお前も飲め飲め。今日はお前のための宴だ。お前のために皆集まってんだぞ」

 周りを見渡すと城内は街中から集まった魔物でいっぱいだ。皆アーサーを祝うために料理を作ったり、酒を準備してくれた。そのことはアーサーの心にもちゃんと伝わっている。

「あぁ。知ってるよ。……ん。酒も上手い」

 紫色の酒を飲むアーサーの横で、魔王は水をがぶがぶと飲んだ。

「ぶはぁ……。あー、水飲んだら頭が冴えた。アーサー、ちょっとついてこい」

 魔王はアーサーをつれ、大広間の中央で咳払いをし、マント翻し皆に聞こえるよう大きな声で話始めた。

「聞け!我が同胞達よ!今宵はこのアーサーが成人を迎えためでたい日。そして我が前より考えていたことを皆に伝えるいい機会だ。近々、アーサーを魔王国の王にしようと思う!」

「……は?ちょっと待てよ!」

 アーサーは突然言われたその言葉に動揺を隠せなかった。城内もざわつき始める。

「静まれ。何、我だけで決めようなどとは思っておらん。アーサーも成人となったばかりでまだまだ子供だ。そこで、決定権を七大臣に任せる。七大臣のうち一人でもアーサーを次期魔王にすることに反対という意見が出た場合、アーサーを王にすることをやめよう」

 七大臣とは魔王の幹部。魔物の中でも力ある者達のことだ。敵襲があった時に皆を守ったり、農業や商業を営んだりなど、幅広く活動する。それ故に魔物達からの信頼も厚い。

「まず、リリィ。お前の意見を」

「はい。異存ありません。アーサー様は知恵も力も充分にあると思います」

「ヴィヴィ」

「はい。私も異存ありません。アーサー様が王となられたならば、愛する妹と共にその身を守ることを約束しましょう」

 リリィの兄、ヴィヴィ・ブランシュは大袈裟な仕草をつけながら、賛成の意を伝えた。

「アリス=ワンダランド」

「ありすも、アーサーが王様になるのさんせい!アーサーは優しいから、きっとすてきな王様になる」

 機械人形のアリスは両腕で抱えていたうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めながら、天使のように笑う。

「ジグニール」

「私も賛成です。少々不安なところもありますが、そこは我々で支えていきましょう」

 冷氷竜ジグニールは口から冷たい息を吐きながら、頭を下へ下ろす。

「シターニャ」

「うんうん、僕も僕も!大賛成!勘だけどね、アーサーは王様になる人って思うんだー!」

 獣人のシターニャはぴくぴくと耳を動かしながらその場で跳ねている。

「クラン」

「はい。私もアーサー様はこの国の王に相応しいかと」

 ダークエルフのクランは床に膝をつき頭を下げる。

「最後にリベルタ」

「私は王たるガウリル様に忠誠を誓った者。その王が決めることに意見などございません」

 蜘蛛女リベルタも胸に手を当て深々と頭を下げた。

 これで七大臣全員の意見は「賛成」となった。

「七人とも賛成ということで、アーサーを次期王に」

「待てって!何で俺が……。魔族の血も入ってない、ただの人間の俺が!どうして魔王国の王に選ばれるんだ」

 アーサーは我慢できなくなり思わず叫んだ。人間の自分が魔王国の中で生きていることにも疑問を持っていたのに、今まさに王にまでなろうとしている。それは踏み込んではならないのではないだろうか。

「血は関係ない」

 魔王は真っ直ぐアーサーの目を見る。アーサーは暗示にかかったかのようにその場から動けなくなった。

「魔族だから、人間だからで決めてない。確かにお前は人間だよ。魔力が他の人間より多いだけだ。でも、お前は他の人間とは違う。俺達を受け入れた。お前は俺達を信じてくれたんだろ?ここにいる奴らもお前を信頼してるから、新しい王に選んだんだ。お前なら、今の王都との関係をいい方に持っていけるんじゃないかって」

「それは……あんたの方が」

「俺はできない。根っからの魔物だからな。産まれも育ちもここだ。王都の奴と対話することは不可能だ。だが「人間」が魔王国の王になったと広まればどうなる。可能性は見えてくるだろ?」

「……つまり、俺が王になって王都の王と対話して、両国の仲をいいものにすればいいのか?」

「そうだ。それが魔王国の長年の望みだ。協力な力を持っているだけで同胞達は無意味に殺された。俺達に敵対心はないのにな。数は減ったがまだ仲間は殺されている。殺されずとも奴隷にされる奴もいる。それを黙っていられるほど、俺も器は大きくない。だから、俺の代わりにやってくれるか?」

 魔王の真剣な目付きと、回りからの期待の眼差しがアーサーを見つめる。唾を音を立てて飲み込んだ。

「……そんなに期待されてちゃ、断れないだろ。いいよ。俺、この国の王になる」

 拳をぎゅっと握り締めて、大きな声でそう宣言する。

「よーしよく言った流石俺の息子だ!!」

 魔王はアーサーの頭を、髪がぐしゃぐしゃになるくらいに掻き回した。周りは拍手に包まれている。

 こうして、アーサーは魔王国の次期国王となることが決定した。

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