3 最初の仕事
あてもなく、さ迷い歩くこと30分程。
最初に目が覚めた時よりも体が軽く感じてきた。
さっき飲み込んだ魔力の塊のせいだろうか。
気分が悪くなるとか、頭が痛くなる等の悪影響が出ると思っていたから、かなり拍子抜けだった。
まあ、まだ全然魔物が見つかっていないんだけど。
そこから更に10分程歩いた所で最初の魔物を見つけた。
大きな木の近くで横たわる大きな猪の周りを飛んだり跳ねたりしている。
おそらく元の世界で「ゴブリン」と呼ばれていた空想上の生き物だろう。
言葉を発していないので、そこまでの知能は無く、体も120cm程と、かなり小さい。
しかし、猪の腹には大きな槍が5本程刺さっており十分な戦闘力があるように見て取れる。
つまり、迂闊に近づいてはいけないということだ。
20m程手前の木に隠れ、様子を見る。
ゴブリンは、気が済んだのか、腰についている小さな紐を取り出し、猪の牙に引っ掻けると、引きずり始めた。
(集落でもあるのか?)
俺はゴブリンの姿が見えなくなるタイミングで、静かに距離を詰めては隠れるを繰り返した。
時折、何かの気配を感じ取ったのか後ろを向くことがあったが、気付かれてはいないと思うし、気付くことすら無いと思う。
すると、木を伐採して作った広い土地に、土で出来たドーム状の家が見えてきた。おそらくここがこのゴブリンの住む集落なのだろう。
ゴブリンサイズの小さな門の前に猪を置き、ゴブリンは中に入っていった。
しばらくすると5体のゴブリンを引き連れて帰って来た。
全員がナイフ(らしきもの)を持っていることから、ここで猪をバラバラにするのだろうか。
……………………………………コンッ!!
(いや、全然違ったわ、猪じゃなかったわ!)
威嚇射撃のような意味を込めて投げたのだろう、俺が隠れている木の1本横に俺の頭の高さにナイフが刺さっていた。
しかも凄い勢いで。
(まともに食らったら頭蓋骨に穴が増えるだろな……)
などと率直な感想をのべたりしているが、頭の中は冷静で、
1 何故バレたのか?
2 どうやってやり過ごすか
この2つのことを考えていた。
まあ、良い答えなんて出るわけ無いケド。
おそらく次のナイフは当てにくる。それは間違いない。
向こうのゴブリンの投擲の腕は十分だし、場所もバレている。
後ろに引けば投げてはこないが、横に移動しようとしたらきっちりと撃ち抜かれるだろう。
なら仕方ない。ここでとるべき行動は1つ。
全力で前に走るのだ。
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ーー
ゴブリンは目の前の光景が信じられなかったし、後悔もした。
"最初の一本を威嚇ではなく当てるべきだった"と
この人間は、木の裏から勢い良く飛び出したので、通る位置を予測して投げたのだが、ナイフは自分の目の前で落ちた。その人間は威嚇の為に投げたナイフを木から抜き、自分のナイフを投げる手元を狙って事前に投げていたのだ。
当然ナイフ同士がぶつかり下に落ちる。
そして次のナイフを取り出す前に手を握られたのだった。
こうなってはどうすることもできない。
さらに周りの仲間達はまだ自分のように上手く投げることができない。
その為、20mの距離を人間が走る間にナイフが当たることは無かった。
死ぬことになると覚悟しつつ、ゴブリンは最初の一本を後悔し続けた。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ほんと、何年ぶりに全力で走ったのだろう。
移動に車とか使ってたからほんとに高校以来だろうか。
まあ、いまはそんな事どうでもいい。
いま重要なのはこの目の前のゴブリン達だ。
言葉が通じれば問題ないのだが、急に襲われたら俺では対処しきれない。
中でもこの白い髭を生やしている初老を迎えたような奴に襲われたら1番ヤバい。
最初に威嚇投擲してきたやつなのだが、俺を目の前にしてなお、威嚇し続けている。
後ろのゴブリン達は少しずつ後退りしているが、こいつだけはまったく引こうとしない。
(なんて奴だ……)
同じゴブリンでもここまで闘志があるとまったく別の魔物に見えてしまう。
とりあえず握っている手を放し、声をかけてみる。
「あ、えっと………急にこんなことしてすいません。ダメ元で聞くんですが、俺の言葉が理解できたりしますか?」
「何故謝る」
「え?」
「強者が敗北者に謝る、これは侮辱でしかないということを知らないのか?」
さっきまでの威圧感を抑え、目の前のゴブリンが俺に説教をしてきた。
「あ、はい、ごめんなさい……」
とりあえず言葉が通じたので良しとしよう。
「えっと1つ聞きたいことがあるんだけど、いいですか……?」
「なんだ」
「えっとまずは俺が何か言う度に威圧するの止めてくれません?」
「…………」
無言で肯定し、左手に隠し持っていたナイフを片付けてくれる。
「止めてくれるなら良いんです。じゃあ本題に入りますね」
何か言うたびに威圧されていたのでは、凄い話しにくいので早急に止めてもらった。
「ここには君たちの族長みたいな偉い方がいたりしますか?」
「ああ、いる。だが、そんな事がお前に何か関係あるのか?」
「ええ、とても重要な事報告があるのです。その1番偉い方にあわせてくれないか?」
「なんだと!?」
「お願いします、本当に重要な話があるんです」
「…………………」
初老のゴブリンは目を閉じ、色々と考え始めた。
ここで、もし会わせて貰えないとなると他の魔物を探せばいいので問題はないが、出来る限りの戦力が欲しかった。
「わかった、ついてこい。但し、その報告には儂も参加させてもらうぞ」
(良かった………)
「はい、お願いします」
条件付きではあるが、族長に会わせて貰えることになった。
「リーフィ、先に族長に報告してこい、儂はこの人間を案内する」
「了解です」
初老のゴブリンは、仲間の1人を呼び、族長に報告させた。
どうやらこのゴブリンは、絶対に俺から目を離さないようにするらしい。
まあ、別に問題ないから良いんだけど。