2 長老
「ほ、本当に良いのですか………?戦争ですぞ………?」
「ええ、任せてください」
別に「喜んで!」という意味ではまったくない。
俺だって戦争は嫌だ、しかも代表となるのはもっと嫌だ。
なら話は至極単純、この世界の人間がどのようなものかわからないが、とりあえず俺が向こうの人間代表と話し合いをしてみればいいのだ。
「できることならこの森には近づかないで欲しい
こちらも人間の世界には近づかない」
これを言えばおそらく納得してくれるだろう。
向こうもいざこざは嫌いだろうし。
「そうですか……あぁ………良かった…………これで安心できました………」
「え…?」
そう言いながら涙を流して上を向く長老の石化している部分が徐々に消えていく。
「なっ!?体が!」
「いえ、良いのです、放っておいてください。実はこの肉体、10年前の戦争の時、既に死んでおったのです」
――――――――長老は、こうなるのが分かっていたかのように
「ただ、自分がいなくなった後の森のことがとてつもなく心配になったので自分に魔法を掛けました。『この森を任せられる者が現れるまで肉体が壊れないように』という魔法を」
――――――――目を閉じてその日のことを確かめるように
「しかし、10年待ったのですが現れることがありませんでした。そんな時、あの事件が起こったのです。実は私が対処すればどうにかなるのですが、それでは私がいなくなった時に困ってしまう」
――――――――この森の長老として、この森の未来だけを思い続けて
「その為、すでに屍となっており、条件を満たす貴方を転生したのです。思ったよりも良いお返事が聞けたので安心しましたよ」
――――――――今まで守ってきた森を俺に託し
「そうだ、忘れていました。サウスさん」
長老と狼は頷きあうと、狼は大きな咆哮をあげる。
すると狼は小さく、ビー玉程の大きさにまで縮んでしまった。
「こ、これは?」
「この儂の魔力を圧縮したものです。どうぞ、お飲みください。魔力が得られるはずです」
――――――――全てを任せ、俺を信じ
「ではサウスさん、全てを託しましたぞ、後は頼めますな?」
「ええ、お任せください」
「感謝いたします……」
――――――――ゆっくりと眠るように長老は力尽きた
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託されて、信用されて、全てを渡されて
やっと実感が出てきた。
"これからこの森の長老になる"
目の前で静かに横たわるこの蛙は何年も自分を犠牲にしてここを守ってきた。
それの人(蛙)が全てを俺に託し、亡くなった。
ならやるしかない。
この人(蛙)が何をしてきたかなど、俺にはわからない。
だが出来る限りのことを全力でやる。
それしか俺には出来ない。
手の中で光る魔力の塊を飲み込んだ後、俺はこの森の住人を探す為に歩き出した。
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「国王様!ご報告がございます!」
正午を少し過ぎた時、大臣の長く退屈な話を聞き続け眠気に耐えられなくなったタイミングで、会議中にも関わらず1人の兵士が扉を開け、声を荒げた。
「なんだ貴様!この会議がどれ程重要か分かっておらんのか!!」
長い説明を続けていた大臣が顔を真っ赤にしているが、
「いえ、重々理解しておりますが、緊急事態なのです!」
兵士は罵声をものともせず話を続ける。
「ネルラの森にて長らく鎮座していた巨大な魔力を持つ魔物の反応が無くなりました!」
「なんだと!?」
これはなんという好機なのだと、この会議に参加している誰もが思った。
なぜなら今回の会議の内容が、
"ネルラの森の所有権をどこが持つか"
だったからだ。
それは、森の中から取れる鉱物に問題があったのだ。
あの森の鉱物は、世界で1番質が良く、あの森でしか取れない。
本当であれば、森が領域内にある"アルバス国"が所有権を持つのが当然なのだが、莫大な資金源である、あの森の所有権を簡単に許される程、他の連合国は甘く無かった。
世界一の加工技術を持つ"キニシア国"
森の開拓を手伝う代わりに、利益の30%を要求した"ナト国"
森に巣食う魔物を討伐する代わりに、利益の25%を要求した"ターロ国"
ちなみに、海上に国がある"ランムス国"
1番領域が広い、ここ"エストガニア国"は、どこが領域を持つか見に来ただけである。
そんな中、急に出てきた巨大な魔者の消失の話。
アルバス国の大臣は焦り、3ヵ国の大臣は喜び、ランムス国の大臣はさっきと変わらない顔で4人を眺めていた。
10年前に一度だけターロ国出身と思われる傭兵2万人が森を襲撃した事件があったが、その魔物を中心とした強大な魔物の抵抗により、失敗に終わった。
それ以来、アルバス国でさえ、森の資源に手を付けようとしなくなった。
その魔物が力尽きたという報告。
喜ぶに決まっている。
10年も待たされたのだから。
それでも今日のこの会議で所有権が決まるとは思わない。
戦争が起こるか、密輸が始まるか。
とにかく社会的問題が1つ増えることには変わりない。
また仕事が増えるということを覚悟しつつ、
エストガニア国王、『キールザール2世』は改めて意識を深い海の中に沈めたのだった。