1 異世界転生
木漏れ日が降り注ぐなか、俺は目の前の巨大な狼を見つめて続けていた。
正確に言うとするなら、見とれていたになるんだろうけど。
見たこともない程大きな体に、光を受けて銀色に見える白い体毛、そして俺の腕を押さえつける力強い前足………
押さえつける………………?
はい、そうなんです。
気がついた時にはもうこの状態でした。
大の字になって寝そべる俺の両腕の上に力強い前足があり、まったくもって腕が動かないのだ。
それでもこちらを見続ける狼。
襲ってくる気配がないのでとりあえず動かないでいるのだが、さすがにこのままでいるのも俺が辛い。
(オマエハ……"サウス"ト呼バレテイタ者デ間違イナイナ……?)
「うおっ!喋った!」
(問ニ答エヌカ……"サウス"ナノダナ?)
「あ、はい、そうです……」
これは多分俺のキャラクターネームのことを聞いているんだろう。
ちなみに"サウス"という名前は大西という名字の西の読み方を変えたものだ。
FPSにハマったときから使ってる名前なので、かなりの愛着がある。
(ソウカ、ナラスマナイコトヲシタ、許セ)
「え?」
(ココカラ南ノ方角ニ少シイケバ長老サマガオラレル、スグニ会イニイクノダ)
そう言いながら俺の拘束(前足)を解いてくれるが、いろいろつっこんでもいいのかな?
まあ、つっこんだらなにされるかわからないからつっこめないんだけど。
解放された体の感触を確かめながらゆっくりと立ち上がる。
(立って歩くのっていつ以来だろう………)
末期癌と宣告されてからは、ほとんど寝たきりだったので立つことができただけでもかなり嬉しい。
数ヶ月ぶりの"歩く"という行為えを楽しみながら進むこと約200M。
石で作られた椅子に座った蛙の石像が円を描くように並んでいる奇妙な場所に行き着いた。
(少シココデ待ッテイロ)
そういうと狼は前へ進み、頭を下げた。
(長老サマ!ツレテマイリマシタ!)
するとどうだろう、石像の内の1体が動き始めたのだ。
「すまんなぁ、わざわざ連れてきてもらって……」
(イエ、長老サマの申シ出トアレバ喜ンデ動キマス!)
「そうか、変わらんなぁお前も……」
長老と呼ばれているそれは、体の所々が石になっており、体の左側がほとんどない蛙だった。
まず、左肩から先がない、左肩がついていたであろう断面には石がついている。
そして横腹、腰、脚と左側はほとんど石で補われていた。
「気になりますかい?」
「は、はい……すいません………」
まじまじと見ていたせいか、気付かれていたようだ。
「10年程前にこの辺りで大きな戦争がありましてな、その時の傷があまりにも酷くてこういう処置をしたのですよ……」
「戦争、ですか」
「そう、多くの血が流れ、多くの生物が命を奪われたのです………」
石化した断面を擦りながら悲しそうに呟いた。
(ソレヨリモ長老サマ、サウスニ説明ヲシナケレバ………)
それよりもって言うなよ……めちゃくちゃ悲しい話してんだから……
「そうだったそうだった、サウスさんに話があったんですよ」
「はい、何でしょうか?」
「サウスさんは自分が何故ここにいるかわかっていらっしゃいますかい?」
「自分がここにいる理由ですか?」
「そう、ここにいる理由です」
さっぱりわからん。
ほんとに気がついたら目の前に狼がいたんだから。
「おそらくサウスさんも理解しているとは思いますが、貴方は一度死んでおられます。それも、ここじゃない世界で」
「ええ、それは自分でも分かっています」
「ならば話は速い。貴方がここにいる理由、それはこの儂が貴方を転生させたのです」
__________________え?
なんでそんなに簡単に言ってんの?
いや、かなり速くに死んじゃったからまだ生きられるっていうのは嬉しいんだけど……………
「勝手に転生したことは儂も悪いとは思っております。だが、儂にはどうしても貴方が必要だったのです」
「ど、どういう意味ですか……?」
長老は最初に出会った時よりも小さく、弱く見えた。それでも何か大切なことを伝える為にゆっくり深呼吸をした。
「先ほどもおっしゃったように、我々は一度戦争をしております。あれから10年たちますが、元の生活に戻れた者はほんの一握りでしょう。
しかし1週間前、この森の付近で人間が現れたのです。
1人2人なら問題はないのですが報告されたのは200人程………
入り口を視察しただけで帰って行ったのですが、もし森に入って来た時は我々も対処をしなければなりません。
すると人間たちは攻撃をして来るでしょう、となると和平交渉も無く戦争に持ち込まれます。
そうなれば我々は為す術もなく全滅に追い込まれるでしょう」
__________________え、じゃあ、なんで戦争経験の無い俺を転生させたの?
「儂が貴方を転生させた理由はただひとつ。
我ら魔物の先頭に立ち、導いて欲しいのです」
うわっ、放り投げてきた。
「えっと、それは何故僕なのですか………?」
「ええ、貴方は元の世界で優秀な軍人と有名だったので」
「いったい誰と間違えられたの!?軍人じゃないんだけど!」
「いえ、貴方で間違いありません」
この人(蛙)が言ってるのってあれか?
戦争系ゲームで世界王者になったときの結果のことか?
「ともかく、我らには貴方にすがるしか道がないのです!」
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少し時間をください、と言い、ゆっくり歩きながらいろいろ考える。
まず、戦争ということは、死んだらもう生き返れないということだ。
俺を転生させたあの人(蛙)なら蘇生もできるだろうが、確実に成功するとは限らないので保証がない。
さらに、相手は俺と同じ人だ。さすがに俺も気がひける。
そもそも、俺がやってたのってゲームなんだよなぁ……
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いや、でも?
俺ってもう死んでる訳だから?怖くはないんだけど……
しかも?生き返らせて貰った恩もあるし?
まあ、見殺しにもできないし?
断ったらどうなるかもわからないし?
う~ん……
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「さて、お答えをお聞きしたい」
「やれるだけやってみます。任せてください」
この日、俺は新たな世界で生きていくことになった。