彼と彼女の
セラが働きに来て、半年が経った。彼女は、第一王子の側近と言われるルドルフの紹介だった。
「知り合いの妹がさ、働きたいって言うんだ。これまで家から出たこともないような世間知らずだから、君のところで面倒見てくれないか?君のところなら、マリーがいるから安心だし」
部屋に呼ばれたと思ったら、そんな話を持ちかけられた。
「家から出たこともないようなお嬢さんがなんでまた働こうなんて思ったんだ?どこぞに縁付けばいいだけだろう」
俺の言葉に、ルドルフは苦笑した。
「自分には政略上の価値もないし、かといって女では兄の仕事の手伝いはできない。迷惑をかけるより自立したい。って聞かなくてなあ…一応、常識も教養もあるんだが、どうにも兄のお荷物になってるという気持ちが強いらしい。実際は、兄が可愛がりすぎて外に出したがらないだけなんだが」
「メイドが足りないから、それでよければ構わないよ」
そんなわけでやってきたのは、ふわふわと可愛らしい少女だった。残念ながらメイドの仕事は全く経験がなく、ほとんど役に立たなかったが、奥方教育は受けていたようで、領地経営の書類整理や計算の方に才能を発揮した。といっても預かりの貴族の娘を領地に連れて行くわけにもいかず、屋敷に来る分だけだったが、屋敷での執務時間が半分になった。
ルドルフの話からは激しい性格なのかと思っていたが、実際は余計なことは言わず、有能で気配りのできる子だった。元の身分は知らないが、妻に来てくれたら、と思うほどに。
ある日、執務室で2人きりになったときに思い切って聞いてみた。
「なあセラ、そろそろ年頃だと思うんだが、結婚は考えなかったのか?」
「私は立場が微妙ですから。相手探しも難しいでしょうし、いい縁があれば兄が紹介してくれると思います」
「兄弟は、兄が1人なのか?」
「いえ、何人かいるのですが、私を気にかけているのは長兄くらいですね。私の母は兄の侍女だったので、それもあるのでしょう」
「…それは悪いことを聞いた」
国王以外の多妻を認めない我が国で、腹違いの娘などいいものではないに決まっている。嫁ぎ先がないというのも、正しい認識ではある。
「…なぜ、そんなことを?」
「ああ、セラがよかったら、俺の妻にならないかと思ってな」
ん?俺は今何を言った?セラが驚いているが…
「…私の奉公先を考えたとき、そういったことも、想定されていたのでしょうね…ルディの同期と言われましたし。…兄上からすれば、私の願いも見合いの口実だったのでしょうか…」
セラがブツブツ考え始めた。ん?今…
「なあ、セラ、普段ルドルフのことをルディと呼ぶのか?」
なんだ、兄の知人ってだけじゃないんだな…彼が相手だと勝てる気がしないんだが…と思ってたら、想定外の答えが返ってきた。
「ええ、血縁ですから」
「血縁…具体的には?」
「すみません、そこを話していいものかどうか…兄に一度連絡を取ってみます。旦那様との結婚を受けていいかどうかも」
「え、それって…」
「私の背景を知って、それでも私でいいと仰るなら、先ほどの話はお受けします。ただ、今はお話しできないことが多すぎて…申し訳ありません」
セラは、手紙で連絡を取ると言った。それから半月後、王城の大舞踏会の知らせが届いた。日付は二ヶ月後。セラにパートナーを申し込んだ。
「申し訳ありません、その日は実家から出るように言われていまして…エスコートは、ルディになるそうです」
セラが本気で申し訳なさそうなので諦めた。が、ふと思ったことを聞いてみた。
「ルドルフとの結婚は考えなかったのか?」
セラは面食らったあと、こう言った。
「あの人は、愛する婚約者がいらっしゃいますよ?」
なんでも、ぞっこんらしい。あの切れ者が溺愛するあまり囲い込んでいる婚約者とは…見てみたいな…
そんな舞踏会当日。セラは数日前から実家に戻っている。家のことも何も教えてくれなかった…鬱々としていると、周りの噂が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか?この舞踏会でとうとう末姫様がおいでになられるそうだ」
「幻姫だろ?王太子殿下が気にかけておられる。結婚相手が決まると噂もあったな」
末姫、か…その時、王族の入場が始まった。次々と名前を呼ばれ、入ってくる。
「ルドルフ・フォン・ローエンバウム公爵閣下、セラフィナ・フォン・ローゼンバーグ殿下」
え?俺は顔を上げた。セラは、ルドルフにエスコートされると言ってなかったか。まさか。
そこにいた末姫は、間違い無く、セラだった。
末姫、セラフィナ殿下。王が唯一ご自身で望まれた妃、エレナ様の忘れ形見。母であるエレナ様が早くに亡くなったので後ろ盾がなく、王太子殿下が気にかけていらっしゃる。悪意を警戒した王太子殿下により、外部との接触が極端に減らされていることからついたあだ名が「幻姫」。確か、エレナ様はルドルフの母の妹に当たるから、血縁も間違いない。…想像より近いが。本人の言う通り、「複雑な立場、かつ兄の言う通りに嫁ぐことになる」も納得だ。
驚きで動けずにいたが、男たちが群がるのを見て我に返り、なんとか近づいた。
「驚きましたか?」
知っているセラとは違う口調で喋る。
「…まさか、殿下とは思いませんでした」
普段とは逆に俺が敬語になる。
「…やめますか?」
セラの瞳が揺れる。俺は、跪いてセラの手をとった。
「私は、殿下を満たすほどの何も持ちません。ですが、許されるのならば、殿下の隣に立ちたい。貴女がなんであろうとも、何を背負っていようとも、私が望むのは貴女の隣です」
そして。
俺は、王太子殿下の前に呼ばれた。
「フィナを望むか」
「はい」
「花嫁道具も持たぬ娘にか?」
「そんなもの、こちらで用意します」
そして。
私は、家族を手に入れた。
誰よりも、幸せだと断言できる。
まあ、
「旦那様」
と呼ばれるより、
「リオ」
と呼ばれる方がよほど幸福だというのは俺だけの秘密だということにしておこう。