雨の日の青年(1)
しゃあしゃあと降りしきる雨の音は好き。なんだか水の世界に閉じ込められたみたいで素敵じゃない?水の世界が素敵かなんて聞かれたら、夢物語みたいで、とかそんな曖昧な答えしか浮かばないのだけど。
私はおばあちゃんのやっている、この古びた駄菓子屋を手伝って、雨の音を聞きながら、レジ前の今にも 折れてバキバキになりそうなイスに座りながら、あの人が向かいの椅子に腰かけて、深い夜空色の本を読んでいるのを見ているのが好きだった。
あの人は、いつも雨の日に現れる。
名前も年齢も分からない。分かることはいつも猫背気味で、おしゃれにはあまり興味がないのか、髪の毛の後ろ側がぴょこんと可愛らしくたっていること。あと多分大学生くらいの年齢かなっていうこと。多分ね。
それと「ありがとう」とおつりを受け取る時の優しい笑顔。
それだけでいつも私は、甘くて仕方のないキャンディーを口の中で転がしたみたいになってしまう。歯は甘ったるくて痛くて仕方ないのに。心は満たされていて、足下はふわふわだ。
釣り銭を渡すとき、彼の手に触れないかとドキドキする。触れてしまったら天にでもすぐ到着、天国行きの特急列車に一番乗りしてしまいそうになるし。触れなかったらその日は受験生がもうここしかないっていう試験に落ちてしまったみたいに、この世の終わりだって顔をして落ち込んでしまう。
だってこの時だけなのだから、あの人の瞳に映れるのは、あの人の声が聞けるのは。
今日もまた、雨音の中。あの人は夜空色の本を読んでいる。
「あっ」
思わず声がでた、回りのいかにも厳格そうなスーツを着たおじさま方の視線が刺さる。
だって仕方がないじゃない。見つけてしまったんだから、あの人の読んでいた夜空色の本。そう心の中で言い訳をして、何食わぬ顔で本棚に手を伸ばす。
「銀河鉄道の夜……」
作者は宮沢賢治。名前と作品くらい知っている。ほら、あのなになににもマケズって人、ものすごく負けず嫌いの人。
私は本なんて少女マンガと、少しの少年マンガでいいやって思っているどこにでもいる最近のJKなわけで、文庫本とか著名作家とかそんなの言ってしまえばどうでもいいやって思っている。
けど、あの人が読んでいたから。あの人と同じものだからってそんな単純な理由で、『銀河鉄道の夜』を買ってしまうのが、恋する乙女の特徴なのです。
結局読めやしなくて、後悔するのは知っているのにね。
「『銀河鉄道の夜』ってどうなの、面白い?」
学校の昼休みに親友のハルちゃんが、お馴染みの姫カットの短い方をゆらゆら揺らして尋ねてきた。ハルちゃんはちょっとイタイあの髪型が嫌みなく可愛く似合うからさすがだ。
「面白い……のかなぁ?」
曖昧な感じに答えると「なにそれ」と怪訝そうに睨むハルちゃん。カワイイの象徴、姫カットとのギャップがすごくて、私キュンとしちゃいそう。
煮え切らない私に、飽き飽きするみたいにため息をついて。恋愛経験豊富なハルちゃんは得意げに小さな胸を張る。
「ねぇ、その本を読む前にその彼に名前を聞く努力をするべきじゃない?いつかはお付き合いしたいんでしょ?」
「私、別にあの人と付き合いたいわけじゃないもん」
「えぇっ!?なんで?」
ハルちゃんは右手と左足を上げて変なポーズで固まってしまった。あーあ、これじゃあせっかくの美人さんな顔も台無しだ。
「付き合わなくても、話せなくたってもいい。見てるだけで、もう大満足なの」
「理央。アンタいつからその人の事好きなんだっけ?」
「……うーん。小学校四年生の頃からだから。七年間くらい?」
「よくもまぁ。見つめるだけの片思いを七年間も続けられるわね。その七年間の中で、彼に彼女が出来たんじゃないかとか、気にならなかったわけ?」
「あ。気にしたことなかった!」
「バカ」
ハルちゃんはそうやって呆れてため息を吐くけど。一つ言い訳をさせて下さい。だってあの人はいつもボサボサの髪の毛に、よれよれの服を着て全然センスが無い格好をしているんだよ。だからあんな恰好の人好きになるのは私くらいだろうって、油断してしまうのは仕方がないでしょ?
あっ。でも、やっぱり。
「大丈夫。あの人に彼女なんて出来るわけがないって」
「……そんなにイケてない人なの?」
「確かにイケてはないけどさ……。うーん。そうじゃないけど、大丈夫。あの人に恋人が出来る訳ないから」
「ふーん……。じゃあ話は変わるけどさ、どうして理央はその本を買ったの?」
ハルちゃんは「それ」と、私の腕に大事に抱えられた『銀河鉄道の夜』を指さして言った。
どうして。どうしてだっけ?おじさま方の冷たい視線は覚えているけど。どうしてこの本を買ったのかは、よく覚えていない。たまたま見覚えがあるものを見つけたから、「あ。あの本だ」って衝動的に買いたくなっちゃっただけ、だったかな。
「別に、大した理由はないよ」
「嘘吐き」
「えっ」
私いつの間にか嘘を吐いていたみたい。初耳。当事者なのに初耳。
「本当はあの人と話す共通の話題が欲しかったんでしょ」
「えっ。そうなの?」
「普段少女マンガしか読まないくせに、いきなりそんな難しそうで固い小説買ってくるんだから、そうとしか考えられないでしょ」
「えっ。……あっ。あぁ……」
どうしよう、恥ずかしい。
自分が無意識に、必死になって隠していた心の裏側を、誰かにいち早く暴かれるなんて。私よりも先に暴くなんて。恥ずかしいことこの上ない。
どうしよう、顔が熱い。
「理央だって、その人と恋仲になりたい~って思ってたんじゃないの?」
見ているだけでいいんだ、なんて言っていても幼馴染には嘘はつけないね。
ハルちゃんの言う通りだよ。本当は、あの人に見られたい、話したい、傍に行きたい。好きになって欲しいってずっと考えてた。
どんなに綺麗に繕っていても、腹の底にはどろどろの欲望を抱いていて。お腹の中が本音と建前、裏表でごちゃごちゃ、ごちゃ混ぜ状態。これが本当の裏腹ってね。
なんてね。
あっ来た。私は心を密かに踊らす。
表情に出しちゃいけないから、顔が赤くなっていないか心配になって、余計変な顔になっていないか不安になる。
あの人は今日も相変わらず。Yシャツとジーパンのラフなスタイルで、あと後ろの髪の毛が跳ねたままでやって来た。髪の毛を梳かしてないのかな。後ろからちょいちょいとつつきたくなってしまう。
「これください」
ココアシガレットを差し出す腕からはタバコのニオイはしない。タバコ吸えないから吸った気分にでもなりたいのかな。そう予想すると目の前の人が可愛らしく見えて、胸が甘くときめいて仕方がない。
「三七円になります」
もたもたとした手つきでお尻ポケットから財布を取り出し、札束を丁寧にどけて小銭を探す手が好き。指の節々が角張っていて、すらりと長い。爪はきちんと切られていて、他人を傷つけないように配慮しているのがあの人の優しさの証みたいで好き。
十円玉四枚を私の手のひらに置いて、私は三円を彼の手のひらにお返しする。触れた指先から甘く痺れるようで、もしかしたら私の死因は感電死かもしれないなんて、馬鹿みたいなことを冷静に考えてしまう。
ほら、そんなことぐるぐる考えていたら、来るよ。私の大好きな瞬間が。
「ありがとう」
にこりと優しい笑顔。
それは営業スマイルかもしれないけど。それでも良い。今この瞬間だけは、あの人の瞳の中を独り占めできる。
「いえ……」
耳が熱い。自分が今情けない顔をしているのは、自分が一番分かってる。
でもどうしたって止められない、胸を心地よく締め付ける痛みも、手先の淡いしびれだって、全部全部どうしようもなく愛おしい。だってそれは、今自分が全力で恋をしているっていう証拠だから。
あの人と私の接点はここで終わる。それから私はバキバキの椅子に腰を下ろして、あの人は向かいの小さな子ども用の椅子に座る。ココアシガレットを一本口の端でくわえながら、古くてよれよれになった皮のカバンから『銀河鉄道の夜』を取り出す。
伏せる瞳。長いまつ毛が落とす影。暇そうに口元で上下にぶんぶん、スイングするココアシガレット。すべてが好き。好き、大好き。
膝の上で、温まったあの人と同じ夜空色の本をそっと抱き寄せる。
何しているの。今が声をかける又と無いチャンスよ。この時のために、今日までずっと『銀河鉄道の夜』を読んでいたんじゃない。まぁ、ジョバンニがようやく銀河鉄道に乗ったところまでしか読めていないんだけど。
でもね、なんだか怖いんだ。私が声を掛けてしまったら、壊れてしまう気がするの。この水の中の世界を。
しゃあしゃあと空から降る優しい雨の音と、ぺらり、ぺらりと、時たまあの人がページをめくる音しかしない。私の夢見た幻想世界。ここを壊してしまうなら、ただ見ているだけで十分だ。
おかしいね。だってほんの一瞬前までは、どうやって話しかけようか、そればっかり考えていた筈だったのに。見ているだけで十分なんて、今は心の底から思えるんだから。
私は無機物、夢の製造機になる。足は地面にくっ付いて一歩も動けないし、声だってあげれないけど。 それでいいの。あの人が目の前にいるだけで、幸せなんだ。
でも今日は、そうもいかなかった。予想外の邪魔が入ってしまったのだ。。
どおおおおおおおおおおおおおおおん。
けたたましい音が鼓膜を揺らし。一瞬にして視界が白に染まった。
「きゃっ!?」
近くで雷が落ちたんだ。そう言えば今日、台風が接近して来ているんだったっけ。あの人に会える事しか考えていなかったから、すっかり忘れてしまっていた。
あの人は驚いたように椅子から立ち上がり、ウチの引き戸をがらがらと開けて戸口から顔を突き出して外の様子を見回した。
あの人の羽織っていたジャケットが、雨に濡れて肩のあたりがじんわりと濃い色に染まっていく。
なんだかその様子を私はどこかで見たことがあるような気がして、大急ぎで頭の中の世界に問い合わせる。
頭を窓の外に出して、流れていく景色を見ている。そしてその人は濡れたように黒い上着を着ていて。
私は今銀河鉄道に乗っている。がたんがたんと体には僅かな振動が伝わって、窓の外には眩いばかりの粉々になった星々が、乳の中に浮かぶ細かい油の球がひゅんひゅんと、白い一線を描いては遠くの彼方に消えていく。前の席には窓から頭を突き出すように外を覗いている青年。上着の色は濡れたような黒色ではなかったけれど。
私は誘われるように呟いていた。
「……カムパネルラ」
「えっ?」
あの人がきょとんとした、少し間抜けな顔をこちらに向ける。
あれ。私、今、何を言った?
慌てて口を押える。唇に触れる指先が冷たい。
今更口に封をしたって、外に出てしまった言葉達は戻らない。
あぁ。いっそのこと数秒前にタイムスリップしてしまえばいいのに!
あの人の口元がゆっくりと、スローモーションで動いていく。
怖い。その先を聞きたくない。
耳をふさいで、土の中で骨になるまで朽ちてしまいたい。
すうっと、息を吸い込む音。ドキドキと激しいビートを刻む私の心音。
ぎゅっときつく目を閉じた。何もかもを遮断してしまいたかった。しかし、微かに聞こえてきたのは。
「…驚いた。貴女はいつからジョバンニだったのですか?」
クスクスと楽しそうな笑い声だった。
優しく緩められる目元に、それだけで、タイムスリップしなくて良かった。なんて、すごく身勝手なことを思ってしまう。
『ありがとう』以外の言葉を初めて聞いた。思っていた通り、優しくて落ち着く声色。
「……えっとその」
初めて社交辞令以外で掛けられた言葉。それなのに私の口からは上手い返答はいっこうに出てこなくて、喉の奥で溜め込んだ言葉達が、くるくる、からから、空回り。
「あ……。突然話しかけてごめんなさい。『銀河鉄道の夜』が好きなのかなと思って、思わず……」
「い、いえ!好きです、大好きです!『銀河鉄道の夜』!」
もしも今隣にハルちゃんがいたとしたら、きっと絶対零度の視線を向けられるんだろうな。
嘘です。ごめんなさい。好きかどうかの問題以前に、文章が難しくて全然読めません。
「そっか」
でもあの人が嬉しそうに微笑んでくれたからいいや。笑顔がキラキラと光って眩しい。あの人の笑顔は発光体だったのか、新発見だ。
あぁ、もう駄目。心臓が体内を暴れ回っている。体中が楽器に成ってしまったみたい。全身が勝手にどくんどくんと鳴って煩くて仕方がない。
「でも驚いたな。失礼ですけど、貴女みたいな若い子がこの本を読んでいるなんて思わなかったので。嬉しいです」
あ。私は別にこの作者が好きでとか、小説を読むのが好きでこの本を手に取った訳じゃなくて。ただ貴方とお話がしてみたくて、ただの話題集めのためにこの本を読み始めただけだから。そんなに期待を込めた瞳で見ないで下さい……。
「あの、やっぱり話しかけたこと迷惑でしたか?」
「いえ!そんなことないです!だって私、ずっと貴方のこと見てて!」
「えっ?」
「あっ」
気まずい沈黙。私と彼はお互いに顔を赤く染めて俯いてしまう……というのが少女マンガのお決まりの展開なのだけれど。
「あぁ、そうか。君は幼い頃からここで店番のお手伝いをしていましたもんね。それじゃあ常連の僕が気になって当然だ」
あはははと能天気な笑い声。もしかして彼、恋愛ごとには相当ニブイのかもしれない。
「俺は雨宮、雨宮達と申します。貴女の名前は?」
「えっ。あっ、理央、前田理央です!」
「前田理央さん……。可愛らしい名前ですね。何回も顔を合わせていて『初めまして』って言うのもおかし
いですけど。これからよろしくお願いします前田さん」
微笑みながら目の前に差し出される手は、いつも小銭を渡される手で、丁寧な手つきで本のページをめくっていく繊細な手で、いつも私を甘く痺れさせる魔性の手だった。
私は震える手でなんとか彼の、いや雨宮さんの手をつかんだ。
あっ……と思う。
骨の節々が凸凹していて硬い。皮もなんだか厚くてざらざらしている手。おまけに死人のように冷たい。
そっか…この手が、今まで何度も私を天国へと導いたあの人の手。
思っていたよりも硬いし、すべすべのもちもちでもない乾燥肌の手だったけど。それでもやっぱりこの手は、私の体中に甘い電流を流して、幸せな気持ちにさせる、魔性の手なんだなと私は思った。
雨宮さん。雨宮達さん。
口に出すたびに蓋が開いてゴロゴロ転がっているゴミ箱も、落書きだらけのシャッターも、道端で酔いつぶれて寝ているおじさんだって、全部全部カラフルな色に染まって可愛く見えちゃうから、恋って不思議。
どうしてこんなにも、世界が幸せに見えるんだろう。今なら弾丸にこの心臓が撃ち抜かれても、無傷でいられる気がする。
幼馴染のハルちゃんには「名前を知ったくらいで浮かれすぎ」って馬鹿にされてしまったけど。
名前しか知らない。住んでいる場所も、職業も、何歳年上なのかも知らないけど。
それでも、雨の日になると雨宮さんはいつも適当な駄菓子を一つ買いに来てくれて、「ありがとう。前田さん、今日もお疲れさま」って言ってくれるようになった。
あの人が私の名前を呼んで、私のことを気遣ってくれている。そんな些細なことだけで私は天国への超特急列車に乗車してしまうの。
雨宮さん、雨の日に縛られないで、晴れの日だっていつだって、この駄菓子屋に足を運んでくれればいいのに。
なんてね、冗談。私は知っている。それはできない。雨宮さんは雨の日にしか現れない。
あぁ、早く雨の日にならないだろうか。もういっそのこと雨雲が私達の住むこの街全体を包み込んでし まって、毎日が雨だったらいいのに。そしたら、雨宮さんに毎日会えるのに。
私どんどん欲張りになっている。
長年分からなかった名前が分かって。自分の名前を覚えてもらって、顔を合わせる度にくだらない戯言が言い合えるようになった。ほんの前に比べたら、目まぐるしい程の進歩だ。
それなのに、もっと笑顔が見たい、もっと名前を呼ばれたい、もっとお喋りをしていたい、もっと近くに行きたい、傍にいたい離れたくない。
欲望が止まることを知らないで、腹の底からどんどん、どんどん湧き出てくる。
雨宮さん。雨宮さん。早く会いたいです。
「そんなに会いたいんなら『銀河鉄道の夜』読んどきゃいいじゃない」
ぎっくり。
明らかに動揺する私に「呆れた」とハルちゃんのため息。そりゃないぜ……。
「ほーら。やっぱり結局読んでないんじゃない!普段からマンガばっかり読んでるのが悪い」
「なっ。そんなこと言ったらハルちゃんだって同じでしょ!」
「残念。私は月一で小説は読むから」
「えっ、マジで!?」
これは意外。ハルちゃんは小説を読むよりも、窓辺の席でミルクティーでも飲みながら音楽鑑賞の方が似合いそうなのに。あと黒のニーハイソックスも似合いそうね、絶対領域がセクシーだよ、ハルちゃん。あっ、今ドン引きの表情で睨まれた。
「……まったく。どうせアンタの事だから読む事はないと思って。私先に読み終わっちゃったからね」
「ほんと!?ねぇねぇどんな内容だった?教えて!」
「バーカ。ちゃんと自分で読まなくちゃ意味がないでしょう?それに雨宮さん。だっけ?あの人も私の言葉なんかより、アンタの言葉が聞きたいはずだよ」
「それはそうなんだけど……」
「もしかして。アンタ雨宮さんと話せる仲になったから別に読まなくてもいいや、とか思ってるんじゃないの?」
ぎく、ぎく、ぎっくり。
「思ってたりしますね……」
「やっぱり。でも本人に『銀河鉄道の夜、好きです!大好きです!!』って言っちゃったんでしょ。嘘はダメですよ?理央ちゃん」
「分かってるよ……でもさ、この話どこが面白いのかさっぱり分からなくてさぁ……」
「そうなの?あっ。もしかして銀河に鉄道なんて走ってる訳ないじゃん~。変なの~。みたいにファンタジーが受け入れられないタイプ?」
「ううん。違うよ。私妖精とか幽霊とか信じるタイプだし。と言うか会ったことあるし?」
ちょっとここらで私って霊感あるんですアピール。露骨にアピールしてみる。
でもハルちゃんはまったく気にする様子がなくて。どうせ嘘なんでしょって言いたげに「ふーん」と気だるげに返事をして、姫カットの短い部分を指先に巻き付けて遊んでいる。端から本気にされていないなんて、私悲しいよ。
「この話ってさ、ちょっと疎遠になっちゃった幼馴染と主人公が不思議な世界で旅をする話でしょ?世界観は好きだけど、ただ二人の旅模様を見ているのに飽きちゃってさ。年頃の乙女ならもっといろんな要素が読みたいでしょ?例えば恋愛事とかさぁ~」
ねぇ。と同意を求めて、横目でちらりとハルちゃんを覗き見る。
どれだけ有名な文学作品を読んでいても、私の頭の中にあるのは結局、女子中高生向けのドキドキ、 キュンキュンの恋愛模様なのです。そう、旅模様よりも、恋愛模様。上手い、私。
「……そうね」
あれ。同じ年頃の女の子なら同意してくれるかと思ったのに、ハルちゃんは興味が無さそうに、そう一言返しただけだった。